
キャッチボールの段階で、「異変」は起きていた。
今春センバツで優勝した左腕・奥村頼人(横浜)が、ボールを捕球して「えぐっ!」と声をあげる。その声を受けて、代わりにボールを受けた中村心大(早稲田実)も感嘆の声を漏らす。甲子園を沸かせた左腕が次々に驚きのリアクションを見せる。そのボールの主は、甲子園未出場の本格派左腕・江藤蓮(未来富山)である。
【ボールを潰すイメージ】
「ボールが垂れずに伸びていっていたので、それなりのボールは投げられていたのかなと思います」
左投手同士のキャッチボールについて聞くと、江藤はこともなげにそう語った。
ウォーミングアップ中、身長180センチ、体重83キロという江藤のたくましい肉体を見たプロスカウトが、こうつぶやいた。
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「見てよ、あの肩幅。骨格がすばらしいよね。骨格がいい選手は、いい筋肉がつくから」
江藤のボールを1球でも見れば、その資質の高さを察知できるはずだ。力感なく、左腕を叩いたボールは、捕手に向かって加速する体感の好球質。最速143キロという数字以上に、スピード感を覚える爽快なストレートである。
どんな感覚でボールを投げているのか。そう尋ねると、江藤は答えた。
「ボールをリリースする時、ボールを潰すイメージで投げています。この冬から意識し始めたところ、ボールが力強くなって、回転もきれいになってきました」
4月4日、奈良県内で実施されたU−18高校日本代表候補強化合宿の紅白戦で、江藤は大きなアピールに成功している。2イニングを投げ、対戦した打者6人をパーフェクトに抑える。カットボールで三振を2つ奪った。
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練習後の会見で、U−18代表の小倉全由監督(元・日大三監督)に好投が目立った左投手の出来について質問が飛んでいる。小倉監督は江藤と芹澤大地(高蔵寺)の名前を挙げたうえで、こう語っている。
「いいボールを投げますよね。とくにストレートがいいですねぇ。甲子園での経験値も大事だけど、ふたりはこれからが楽しみだなと思って、見せてもらいました」
【甲子園経験の強打者を圧倒】
今回の強化合宿参加選手のなかには、すでに進路を大学・社会人に定め、プロ志望届を提出しない意向の有力選手も多かった。だが、江藤は現段階で「プロに行きたい」と語っている。バックネット裏で見守ったスカウト陣の熱量も必然的に高くなった。
自身もサウスポーだったDeNAの河原隆一プロスカウティングディレクターは、江藤についてこんな感想を語っている。
「全身を使えるフォームで、ボールにキレがあるし、コントロールもいい。体ももっと強くなりそうですね。すごく楽しみな、いい素材だと思います」
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この日、江藤が対戦した6打者は、すべて甲子園出場経験がある強打者だった。ドラフト候補に挙がる赤埴幸輝(あかはに・こうき/天理)をショートゴロ、フリー打撃でサク越え弾を連発した田西称(たさい・とな/小松大谷)はセカンドゴロに打ち取っている。江藤は「意外とストレートで差し込めるんだなと実感しました」と語った。
長野県須坂市で生まれ育ち、高校は誘いを受けて未来富山へ。通信制の学校で、野球に打ち込んでいる。江藤は冗談めかしてこう打ち明けた。
「野球しかしてきてないので、こうして取材してもらっても、ちゃんと日本語を使えているのか心配なんです」
江藤自身はそう言うものの、技術論に対する受け答えを聞く限りは、野球に対する関心の深さを感じた。
今春、未来富山はチーム内に不祥事があり、関東遠征が取りやめに。4月8日に下される予定の日本学生野球協会からの裁定を待つ状況だ。ただし、江藤自身は不祥事に関与していないため、今回の強化合宿に参加している。
目標とする高卒でのプロ入りに向けて課題を聞くと、江藤はこう答えた。
「支配下で指名されるには、マウンド上での振る舞いや、もっと球の精度を高めないといけないと思っています」
目標とする選手像は宮城大弥(オリックス)だという。
今回の強化合宿は一般非公開で実施されたため、江藤のパフォーマンスを見られたのはごく一部の関係者だけだった。だが、いずれ江藤蓮の名前が全国区になる日はきっとくる。そんな予感がする。