あれから5年。新型コロナパンデミックの現在地【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

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2025年04月07日 09:20  週プレNEWS

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イギリスの「COVID Memorial Day」の一景。イギリスでは、テムズ川沿いに「THE NATIONAL COVID MEMORIAL WALL」を設置し、記念日を3月の第一日曜日(2025年は3月9日)に定めることで、国を挙げて新型コロナパンデミックを顧みる機会を作ることを決めた

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第101話

最初の緊急事態宣言から5年の月日が流れた。新型コロナウイルスは今、どうなっているのか? 筆者の大きなテーゼでもある、感染症の「教訓」につながる「ナラティブ(物語)」を伝えていくために何ができるのか? イギリスや日本の動向、そして、大きく変容しつつあるアメリカの状況も踏まえながら、今の思いをつづる。

【写真】日本科学未来館に掲示したボード

* * *

■"あれ"から5年

――2020年4月7日。安倍晋三首相(当時)によって、最初の緊急事態宣言が発出された。本邦における「新型コロナパンデミック」の始まりである。私はそれを、「疎開先」の京都で知ることとなった(詳しくは35話を参照)。あれから、5年の月日が経ったことになる。

リアルタイムに流行している新型コロナ変異株については、この連載コラムでも何度か時事的に速報したことがある(4話、28話、57話など)。まずは、2025年4月現在の新型コロナ変異株の動向について、簡単にまとめてみようと思う。

今からおよそ1年前の2024年初頭、オミクロン株のJN.1という変異株が世界を席巻する(28話)。これを受けて、2024年秋冬のワクチンは、JN.1に対応したものとすることが推奨された。そして、本邦の大手既成メディアではほとんど報道されていないが、日本では2024年10月からJN.1対応ワクチンの接種が始まり、われわれG2P-Japanは、このワクチンを接種することによって、新たな変異株にも効く中和抗体がきちんと誘導されることを速報している(※1)

28話でも触れたが、2021年末のオミクロン株の出現以降、新型コロナの「大進化」は毎年冬に起こっている。2019年末に人間社会に顔を出した新型コロナは、その2年後の2021年末にオミクロン株(BA.1)へと変貌を遂げ(16話)、2022年末にはXBB.1.5という「組換え株」に(74話)、そして、2023年末には上述のJN.1が出現し、世界中で大流行した(28話)。

――それでは、2024年末はどうだったか?

上述のように、新型コロナの「大進化」は毎年冬に起こっていた。過去の事例から推察するに、年末に出現する株こそが、その翌年に大流行する「大進化」したウイルスである可能性が高い。

そして、2024年末にも、ちょうどこれまでと同じようなタイミングで、2022年末のように、XECというまったく新しい「組換え株」が出現したのである。過去の例を鑑みるに、「このXECこそが、2024年末の『大進化』の産物か?」と、目を皿にしてその動向をうかがい、いつものようにリアルタイム研究に勤しんでいた。

――しかし、XECが世界を席巻しようとした直後に、LP.8.1という、XECとは関係のないまったく別のJN.1の子孫株が出現し、それがあっさりとXECを追いやる勢いで増え始めてしまったのである。それ以降、LP.8.1をはじめとするJN.1の子孫株や、XECの子孫株が群雄割拠する状況が続いており、ほかの株を追いやって席巻する株の出現、つまり、「大進化」と呼べるようなビッグイベントが起きていない。

......というわけで、結果的に2024年末には、新型コロナの「大進化」イベントは起きなかった。東京では桜が満開の2025年春にも、そのようなイベントが起きる兆しはまだない。そして、このような春の訪れは、パンデミックが始まって以来初めてのことである。

これが「新型コロナパンデミックの終わりの始まり」を意味するものなのか、はたまたただの気まぐれなひとときの静謐(せいひつ)にすぎないのかを判断するためには、もう少し時間が必要な状況にある。

■「What is "the Day of Reflection"?(「反省の日」とは?)」

閑話休題。

新型コロナ変異株の解析という「新型コロナウイルス学者」としての本分に加えて、私にとって「感染症の教訓をどうやって後世に伝えていくのか」、つまり、「感染症のナラティブ(物語)」について考察することは大きなテーゼであり、折々に思い起こすべきフレーズだと思っている。この連載コラムでも、このトピックを何度か取り上げている(26話、85話など)。

今年の3月上旬、とある研究集会で、新型コロナの「専門家会議」の一員であったM教授の講演を聴く中で、イギリスが「COVID Memorial Day」を制定したことを知る。このコラムの冒頭の写真は、その記念碑たる「壁」を写したものである。

イギリス政府のウェブサイト(※2)には、「What is the Day of Reflection?(「反省の日」とは?)」という題の後に、以下の文章がつづられている。

――2025年は、COVID-19パンデミックの発生から5年目にあたります。
そして3月9日、英国中の人々が再び、「反省の日」に集います。
この日は、命を落とした人々、多くの犠牲者、そして、パンデミックが私たち全員に与えた影響を思い起こすときです。
この「反省の日」に参加する方法はたくさんあります。地域社会で追悼のための独自の方法を企画したり、地元のイベントに参加したり、自宅で自分なりの方法で追悼の意を表したりすることができます。自分に合った方法で参加してください。
「反省の日」のウェブサイトを検索して、追悼の方法を探してみてください。

そして、「反省の日」のウェブサイト(※3)には、この記念日を制定した理由も記されている。

――パンデミックが始まって以来、命を落とした人々を追悼するために適切な方法を模索してきました。そして、私たちの歴史の中で、この時節をどのように思い起こすかを探るために、英国COVID追悼委員会が設立されました。委員会は、遺族組織の代表を含め、パンデミックの影響を受けた人々との綿密な協議を行いました。そして、2023年9月、委員会は最終報告書を発表し、英国全体で毎年「反省の日」を設けることを提言しました。

私たちは、「反省の日」を毎年開催することで、国中の地域社会がひとつになり、命を落とした人々を追悼する機会を提供したいと考えています。

2025年3月9日、人々は、以下のことを行うために集います。
・パンデミックが始まって以来、命を落とした人々を思い起こし、追悼する。
・多くの人々が犠牲になったこと、そして、パンデミックが私たち全員に与えた影響について考える。
・医療・福祉スタッフ、現場職員、研究者の働きに敬意を表する。
・この前代未聞の時節に、ボランティア活動や親切な行為をした人々に感謝する。(いずれもDeepL翻訳、一部筆者改訳)

■「感染症のナラティブ」を紡ぐための現在地

イギリスではこうした動きがあるのに対して、日本ではどうだろうか?

実は、新型コロナパンデミックが人々の中でどのように記憶されているのかを知るために、昨年(2024年)、日本科学未来館(東京都江東区)に協力いただき、ちょっとした企画を立てた。詳細は貴館のウェブサイト(※4)を参照いただけたらと思うが、以下のような問い立てのボードを掲示し、来館者の声を聞いてみることにしたのである。

新型コロナウイルス感染症が流行したとき何が大変だった?

この経験を忘れないために、あなたや社会には何ができる?

付箋紙に各々の想いを書いてもらい、それをボードに自由に貼ってもらう、という形式にしていただいたのだが、ひと月の間に、なんと687枚もの付箋紙が集まった。これはつまり、日本科学未来館に来館してボードに貼ってくれた方々にとっては、それぞれの「感染症のナラティブ」が成立していて、「次のパンデミック」に備えるためにするべきことについて、それぞれの考えを持ち合わせていたことを意味する。

■「次のパンデミック」に備えるための世界の現在地

そもそも、「欧米に比べて、日本は新型コロナパンデミックの被害は少なく済んだ」と思っている人は多いのではと推察するが、さにあらず。

昨年(2024年)4月に更新を止めてしまったこのサイト(※5)によると、このときまでの新型コロナ感染症による死者数は、イギリスでは約23万人、日本では約7万人となっている。しかし、厚生労働省による昨年(2024年)8月までの累計では、本邦における新型コロナウイルス感染症による死者数は13万人を超えている(※6)。その被害は、欧米に比べて「桁違いに小さかった」というわけでは決してないのである。

――パンデミックのはじまりから5年。2025年のアメリカでは、麻疹(はしか)の流行が広がり、ワクチンを打っていなかったふたりの子供が麻疹で亡くなった。そして、政府の意向によって、ワクチンや感染症の研究には、崩壊の足音が聞こえ始めている。世界の科学を牽引してきたアメリカの姿に、明らかなかげりが見えている。

にわかには信じ難いことだが、2025年の世界は、少なくとも「感染症対策」という文脈においては、5年前の世界よりも明らかに後退している。「ノストラダムスの大予言」が跋扈(ばっこ)した20世紀末、あるいは、ジョージ・オーウェルの『1984年』のような世界が現実味を帯びて、ひたひたと足音と立てて近づいてきているようにすら感じられる。

そのような世界には果たして、「次のパンデミック」に備えるための、「感染症のナラティブ」などというものは成立しうるのだろうか。

※1:https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(24)00810-7/fulltext 

※2:https://dayofreflection.campaign.gov.uk/what-is-the-day-of-reflection-video-transcript/ 

※3:https://dayofreflection.campaign.gov.uk/about/ 

※4:https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250312post-545.html 

※5:https://www.worldometers.info/coronavirus/ 

※6:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250115/k10014694001000.html 

文・佐藤 佳 写真/iStock

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