
【層が厚いウェルター級で名を売るなら思いきったことを】
"日本中量級の星"がラスベガスで世界ウェルター級王者に挑戦状を叩きつけた。
現地3月29日、WBO世界ウェルター級王者ブライアン・ノーマンJr.(アメリカ)が挑戦者デリック・クエバス(プエルトリコ)に3回KO勝ちで初防衛に成功。戦績を27勝無敗(21KO)とした24歳の王者の元に駆け寄ったのが、東洋太平洋&WBOアジア・パシフィック・ウェルター級王者・佐々木尽(八王子中屋)だった。
「おめでとうございます、チャンピオン。私は佐々木尽、日本人初の世界ウェルター級王者になる男です。世界王者になる自信があります。少し休んだあと、誰が最年少の世界ウェルター級王者かを決めましょう。
日本は軽量級だけではありません。戦いましょう! ラスベガス、ありがとう!」
――Congratulations, champ! I'm Jin Sasaki, the man who will become Japanese first welterweight world champion! I'm confident that I'll become world champion! Please have a short break and let`s decide the youngest welterweight world champion in the world! Japan isn't just about the lower weight classes! Let's get the fight! Thank you, Las Vegas!(原文)
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熱心なボクシングファンならご存知のとおり、佐々木は豪快なKO劇を連発して注目度を高めてきた日本期待の有望株である。プロデビュー以来、19勝(17KO)1敗1分。抜群のパワー、クイックネスとともに、度胸のよさでも定評を得てきた。
世界的に層が厚いウェルター級のようなクラスで名を売りたいなら、何か思いきったことをしなければいけないー――この日、興行をテレビ中継したESPNの意向でリングインしてのマイク・パフォーマンスこそ叶わなかった。それでも、リングから去り際のノーマンに声をかけ、バックステージでのメディア対応時に挑戦状を読み上げることに成功。実は王者のマネージャーは「防衛した直後なのに」と少々立腹していたのだが、当のノーマン本人は「わざわざ日本から来てくれて感謝している」と好意的だった。
王者との初対面を終え、佐々木も笑顔が抑えきれない様子だった。
「(ノーマンは)めっちゃ、いいヤツだなと思いました(笑)。最初、"ナイスファイト!"って言ったら、向こうも認知してくれていたようで、言葉を発する前に"おー!"みたいな感じでした。そこで向こうからハグしてくれたんです」
八王子中屋ジムの中屋一生会長と佐々木が事前に英語の文章を考え、書家の方に清書を依頼した挑戦状をラスベガスまで持参した(英文の考案に筆者も協力したことはつけ加えておきたい)。クエバスが番狂わせを起こした時のために、宛名を変えた2通を準備。佐々木とその陣営の行動力は見上げたものであり、ノーマンも「ぜひとも日本で戦いたい」と述べていたくらいだから、アピールはうまくいったのだろう。
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佐々木は初夏に世界初挑戦を希望しているが、ノーマンが無傷&ほぼノーダメージで最新試合を終えたことで日程的には問題なさそうだ。実はノーマンは早期の統一戦を希望しているものの、IBF同級王者ジャロン・エニス(アメリカ)とWBA王者エイマンタス・ステイニョーニス(リトアニア)の2団体統一戦が4月12日にアトランティックシティで行なわれることが決まっているため、その勝者を待たなければいけないという事情もある。WBO王者が大一番の前に一戦挟みたいと考えたとすれば、日本で佐々木との防衛戦が選択肢として入ってくるのだろう。
夢のタイトル戦が迫っていることが現実的に感じられたのか、佐々木の言葉も普段以上に滑らかだった。
「ノーマンとめっちゃ、やりたいです。1カ月後でも2カ月後でも3カ月後でも。なるべく早いほうがうれしいです」
【世界ウェルター級のトップ戦線と佐々木の現在地】
佐々木はスーパーライト級で戦っていた2021年10月、平岡アンディ(大橋)戦では計量に失敗したうえ11回TKO負けを喫し、初の挫折を味わった。そうやってどん底を知ることで心身ともに成長し、2022年11月以降は7連勝(6KO)。まだ伸びしろを残した23歳の若武者は、世界ウェルター級の頂に手をかけようとしている。過去にシュガー・レイ・レナード、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオといった多くのスーパースターが主戦場としてきたウェルター級で世界王者となれば、日本人としては前人未到の快挙になる。
もっとも、陣営の頑張りで世界挑戦が決まったところで、ノーマンは簡単に勝てる相手ではない。93歳のボブ・アラム・プロモーターが率いるトップランクは多くの有望株を抱えており、そのなかでもノーマンは必ずしも目立つ存在ではなかった。2024年3月のジャネルソン・ボカチカ(アメリカ)戦では初回にダウンを喫するなど、しばらくは地味な存在であり続けてきた。
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ただ、度重なる両拳の故障もついに癒え、迎えたここ2戦は圧巻の連続KO勝ち。年齢的にも伸び盛りであり、テレンス・クロフォード(アメリカ)、エロール・スペンス(アメリカ)の離脱により層が薄くなったウェルター級で一気に注目株として浮上してきた。そんなノーマンが来日戦を望んでいるとすれば、ジャパンマネーへの期待感と、今の佐々木ならやりやすいと見てのことに違いない。
ノーマン対佐々木戦が早い段階で実現したとしても、実際には「王者断然優位」との予想が出されることだろう。威勢のいい言葉は多くとも、現実を直視する聡明さも持った佐々木は、もちろんそういった現実は理解している。
「すばらしいチャンピオンだと思っています。知名度以上に強いので、日本に来てくれるのだとしたらありがたいです。世界ウェルター級の4人の王者のなかでもエニスとノーマンはすごく強いと思っているので、だからノーマンに勝てば本物の世界ウェルター級チャンピオンと自信を持って言える。それだけの選手ですよね」
たとえ現状では相手のほうが実力上位だとしても、ウェルター級のような激戦階級でチャンスがあるのであれば、勝負をかけなければならない。少なくとも、佐々木には序盤のラウンドに何かを期待させるだけのパンチ力とスピード、そして今回もリング外であらためて示した度胸のよさがある。あとは始めたばかりのアメリカ合宿のなかで、少しずつでも経験値を積み重ねることができれば......。
「ノーマンは黒人特有のバネ、スピード、パワーがあり、そういう選手はなかなか日本にいません。だからベガスにいる間に身体能力が高くて強い選手とスパーリングをやって、慣れていきたいですね。(今年の目標は)日本人初のウェルター級世界王者になることです。待ってろ、世界!」
ラスベガスで挑戦状を読み上げたアピールは、まだプロローグにすぎない。たとえ世界挑戦の舞台が日本であっても、佐々木がウェルター級を舞台に追い求めるのは、ひとつのアメリカンドリーム。日本ボクシング史上の"オンリーワン"になるための戦いが、まもなく始まろうとしている。