
試行錯誤しているのだな......。
第1打席に立った真鍋慧(まなべ・けいた/大阪商業大2年)を見て、そう感じずにはいられなかった。始動時に右足をスッと投手側に差し出す、ノーステップ打法。大谷翔平(ドジャース)を彷彿とさせる打撃フォームに変わっていたからだ。
【「センター、クビや」】
真鍋は広陵高(広島)に在学していた2年前、高校通算62本塁打をマークしてドラフト上位指名候補に挙がった大型スラッガーである。ドラフト前に3位以内の指名でなければ大学に進学する意向を示した結果、あえなく指名漏れに終わっている。進学した大阪商業大では1年春からレギュラーとして起用され、通算22試合で25安打、2本塁打、打率.316と、上々のデビューを飾っていた。
ただし、打撃フォームは目まぐるしく変わっていた。1年春のリーグデビュー戦ではグリップを下げ、バットヘッドを三塁側ベンチ方向へと傾ける変則的な構えに。それが、6月の大学選手権では、オーソドックスな構えに変わっていた。さらに今春はノーステップ打法。この1年あまり、真鍋が自分の打撃を模索している様子がありありとうかがえた。
4月5日、関西六大学リーグ開幕戦・大阪学院大戦に臨んだ真鍋は、1打席目から乗りきれなかった。低めのストレートに手が出ない見逃し三振に始まり、四球を挟んで、変化球を空振り三振。さらに5回裏の守りでは、中堅守備でフライの目測を誤り、三塁打にしてしまう痛恨のミス。即座に高校時代から守ってきた一塁へと回された。チームは5対2と大阪学院大からリードを奪っていたが、4番に座る主砲は沈黙を続けていた。
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すると4打席目に入って、真鍋が動いた。ノーステップ打法をやめ、右足を軽く軸足方向に引いてから投手方向にステップする打法に変えたのだ。すると、軽く合わせたようなスイングでGOSANDO南港野球場のライトポール際に飛距離十分のファウルが出た。結局、この打席はライト後方のフライに倒れたものの、5打席目には左翼線に二塁打を放っている。
大阪商業大が8対2で勝利した試合後、真鍋の話を聞こうとダッグアウト裏に向かった。真鍋は大阪商業大の富山陽一監督から厳しいひと言を浴びていた。
「センター、クビや」
もちろん、真鍋の奮起を促すための言葉なのは明白だった。これまで大阪商業大の厳しい環境のもとで渡部聖弥(西武)など、数多くの選手がプロ球界へと巣立っている。
【一番しっくりくる打ち方で】
富山監督は報道陣の前で、真鍋を擁護するようにこう語った。
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「リーグ戦前のオープン戦で、右の肩甲骨にデッドボールを受けているんです。だから、打つ時にちょっと引っかかる感じがあるみたいで。でも、来週あたりにはよくなると思いますよ。ポジションは明日からファーストです。あの子に期待しているのはバッティングやし、慣れたポジションで100パーセントの力を出させてやりたい。ファーストなら高いボールも捕ってくれる(真鍋は身長190センチ)から」
続いて、真鍋本人にも話を聞いてみた。まず、試合中にタイミングの取り方を変えたことについて聞くと、真鍋は淡々と語り始めた。
「最初はノーステップでいったんですけど、なんかタイミングが合ってないと感じたので、すり足ぎみに変えました。もともとはすり足でやっていたので。ノーステップは最近、取り組んでいたんです。自分は前足が崩れてしまうクセがあるので、軸で回って頭を残すために練習していました」
大谷の影響を受けたのか? と聞くと、真鍋は「意識はしていません」と答えた。今後は「時と場合によってタイミングの取り方を変えていく」方針だという。
この1年間で頻繁に打撃フォームが変わっていることについても、真鍋は表情を変えずにこう答えた。
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「その時の自分の一番しっくりくる打ち方で変えていっています」
野球選手は繊細な生き物だ。バットの長さが数ミリ変わっただけで、打撃を崩してしまう打者だっている。変化することで、自分の持ち味が損なわれる恐怖はないのか。そう尋ねると、真鍋は決然とこう答えた。
「自分がいい方向にいくと思ってやっているので、怖いとは思いません」
フォームは変わっても、内面はブレない。その言葉には、揺るぎない信念がこもっていた。
大学で本格的に取り組み始めた中堅守備について聞いても、「自分のミスです」と反省を口にしつつ、こう続けた。
「こういう大事な試合でエラーしないように、もっと練習してできるようにしないと。チームにとっても自分にとっても、センターを守れたほうが幅は広がりますから。ファーストだけではダメだと思います」
富山監督から「クビ宣告」を受けても、真鍋は意気消沈することなく前を向いていた。事実、翌日の2回戦も真鍋は中堅手として出場している。
【先輩のプロでの活躍に刺激】
プロの世界に目を向けると、高校・大学を通じての先輩である渡部がセンセーショナルなデビューを飾っている。真鍋にとっても、刺激になっているのではないか。そう聞くと、真鍋は「ずっと結果をチェックしてます」と明かした。
「ほかの選手とは違うなと感じます。野球に対する意識の高い方だったので、すごく勉強になることばかりでした」
ここまでの大学生活は順風満帆だったのか、それとも「こんなはずではなかった」という思いが強いのか。そう尋ねると、真鍋は少し考えてから短い言葉を発した。
「もっとやります」
過去について尋ねた質問だったが、回答は現在を指していた。
大学4年までにどんな選手になっていたいか。そう尋ねると、真鍋は「まったく考えていません」と即答した。
「このチームで日本一になることしか考えていません」
過去にも未来にも興味はない。真鍋慧はただ今を見つめ、前進しようとしている。