【大学野球】父を超えるために! 東大のエース・渡辺向輝が導き出した"サブマリン"の方程式

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2025年04月11日 10:20  webスポルティーバ

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東大野球部・渡辺向輝インタビュー(後編)

 渡辺俊介(元ロッテほか)を父に持つ異色のサブマリン・渡辺向輝(東京大)が、アンダースロー論を語るインタビュー。後編では「あえて球速をセーブする」という驚きの投球術に迫った。

【球速を抑えて勝利をつかむ理由】

── 東京六大学リーグの試合後の会見を聞いて、ずっと気になっていたことがあります。渡辺投手はアンダースローで最速131キロが出るそうですが、あえて球速を抑えているような口ぶりでした。実際の試合では110キロ台後半の球速が多いですね。

渡辺 大学1年冬の合宿では130キロくらいが出ていました。近年の神宮球場のスピードガンだと数字が出にくいので110キロ台後半になっていますが、トラックマン(投球・打球を計測する弾道測定機器)の数値では120キロ台前半が出ています。ただ、スピードを出すにしても123キロまでと決めています。

── なぜですか?

渡辺 打者から見て、ストレートとシンカーがギリギリ見分けのつかないようにしたいからです。僕のシンカーは一度上がってから落ちる球なので、ストレートを速くしてしまうと、シンカーの変化の幅が小さくなるんです。ちょうどいい加減のシンカーは118キロ。これはトラックマンやラプソードで計測したのですが、ストレートとシンカーで縦に40〜50センチの差が出るのがちょうどいいんです。

── 速い球を投げるのが目的ではなく、あくまでも打者を打ち取ることが目的ということですね。

渡辺 スライダーもあえて2種類使い分けています。ストレートと見分けがつきにくい速いスライダーは、116キロくらいです。

── 球速差がそれほどないのに、渡辺投手の投球に緩急を感じた理由がわかったような気がします。あと、出力を落としているのは、てっきりコントロールをつけやすくするためかと思っていました。

渡辺 それもあります。力を抑えて投げるので、体をコントロールしやすくて再現性が高まります。体力的にも球数を多く投げられるので、試合でも200球くらい投げられます。

── 昨秋の法政大戦は151球で9回を投げきりました。

渡辺 あの日は調子が悪くて、7個も四死球を出してしまいました。ストレートをあまり投げず、スライダー、シンカーをメインに投げました。

── 法政大の強打戦が相手ですから、精神的な疲労が大きかったのでは?

渡辺 満塁機が何回もあって、「どうなるんだろう?」と精神的にすごく疲れました。次の日は力が入らなくて、何もできませんでした。

── チームはサヨナラ勝ちで、渡辺投手にリーグ戦初勝利がつきました。うれしかったのでは?

渡辺 東大野球部として勝つのが一番の目標であり、夢ですから。チームのために抑えることを最優先してきたので、うれしかったですね。ましてやサヨナラ勝ちなんてオープン戦を含めてもなかったので、はしゃいでしまいました。

【父から学んだ投球の本質】

── 逆に続く立教大戦では、逆転サヨナラ弾を浴びて敗れる苦い経験をしました。

渡辺 7回くらいまで完璧に近い内容だったので、「大丈夫かな」という気の緩みがありました。力を入れて投げてみたところ、急に棒球になって打たれてしまいました。

── やはり、アンダースローはスピードが出ればいいというものではないのですね。父・俊介さんも同様のことを言っていました。プロに入ってからもスピードを出そうとして失敗を重ねていたのが、背水の陣であるオリックス戦(2003年5月27日)でスピードを落としたら抑えられたと。

渡辺 その話は僕も聞いたことがあります。

── そうした俊介さんの歩みを見てきたからこそ、渡辺投手は「速い球を投げなくてはいけない」という呪縛から解き放たれているのではないですか。

渡辺 それはあると思います。ストレートの球速を抑えてシンカーと差をつけるという発想は、父の投球を見ていなかったら出ていないと思うので。

── 俊介さんとコミュニケーションをとる機会は多いのですか?

渡辺 子どもの頃は父が現役時代で、遠征が多かったので1年で3分の1くらいしか一緒に過ごせませんでした。家にいる時は、ゲームで遊ぶこともありましたね。基本的に野球も勉強も母がサポートしてくれていました。

── 勉強もするように言われていたのですか。

渡辺 母からは、父の職業を踏まえて「野球以外の分野で結果を残しておかないと、親のことで後悔するよ」と言われていました。

── それで東大に入学するとは、途轍もないですね。一方、海城高校で東東京大会初戦敗退の投手が、今や甲子園のスターやドラフト候補を相手に投げているのも、不思議な感覚なのではないでしょうか。

渡辺 わけがわからないです(笑)。朝起きたらすごいところに放り込まれて、どうしよう......という感じ。まだ気持ちが追いついていません。代打で大阪桐蔭の選手が出てくるだけで、「テレビでしか見たことないのに」と思ってしまいます。

【プロ志望届提出の条件】

── 東京六大学リーグは、投手も打席に入ります。失礼ながら、バッティングはあまり得意ではないように見えました。

渡辺 すごく苦手です(笑)。海城のチーム内でも下のほうでしたから。中学時代、父にバッティングを教えてもらったことがあったんです。投げることに関しては反抗期だったので、何を言われても「違う」と言い張っていて、バッティングなら素直に話を聞けたんですけど、言われたとおりにやったらますます打てなくなりました。

── 俊介さんもバッティングが苦手でしたからね(笑)。「交流戦で打席に立ちたくない」と話していたこともありました。ところで、大学最終年に向けてやってきたことを教えてください。

渡辺 古典的かもしれませんが、投げ込みをしてきました。この冬にコントロールがよくなりましたし、投げるなかで体も強化されたと感じます。

── 先発投手として長いシーズン、長いイニングを乗りきる体力をつけてきたということですね。

渡辺 1球あたりに使う体力の消耗量を減らしたいと考えています。腱の伸張反射を使う量を最大化して、エネルギー伝達のロスを最小にすることにこだわっています。

── 野球選手というより、東大生らしい言い回しですね(笑)。今春の活躍次第では、プロ志望届を提出する可能性もあるとか。

渡辺 昨年と同じような成績なら、ただ単純に自分のうぬぼれなので、プロ志望届は出せません。フィジカル的な伸びしろは小さいし、強いチームで野球をやってきた経験もありません。ただ、自分のなかで今年にどれくらいの成績を残せるのか、読めないところがあります。もし、期待してもらえるような結果を出せたら、プロ志望届を出そうと考えています。

── ということは、自分に対する手応えもほのかに感じているのではないですか?

渡辺 今やっていることが実を結んで、目指している技術をすべて習得できたら、(東京六大学の)他大学のエースにひけを取らない成績を残す要素はあると思います。

── 今春の「答え合わせ」を楽しみにしています。

渡辺 ありがとうございます。

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 膝を突き合わせた渡辺向輝はいかにも小柄で、大学4年生としては幼さも残る顔立ちが印象的だった。だが、顔つきはもちろん、時折挟むとぼけた語り口まで、父・俊介の面影を感じずにはいられなかった。

 すべて理詰めで積み上げてきたアンダースローの方程式。渡辺は今春、最適解を求めた答案を神宮球場のマウンドに提出しようとしている。

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