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かつて、携帯電話にFMラジオ受信機能が搭載されていた時代があった。有線イヤフォンをアンテナとして、FM波を直接受信してラジオ放送を無料で聴取できる機能だ。通信料金も電池の消費も少なく便利な機能だが、スマートフォンの普及とともに、この機能を持つ端末は徐々に減少していった。
特にiPhoneをはじめ、多くのメーカーやキャリアがFMチューナーを搭載しない方針をとり、Androidスマートフォンでもハードウェア的には受信機能を備えつつソフトウェアで無効化されている場合が少なくない。
そんな中、スマートフォン上でラジオを聴く手段として急速に台頭したのが、インターネットラジオの「radiko(ラジコ)」だ。radikoは番組表の確認や聴き逃し番組をさかのぼって聴けるタイムフリー機能、居住地以外の放送局を聴けるエリアフリー機能などを持ち、国内のほとんどのラジオ放送局をカバーするようになった。多くのユーザーはスマートフォンでラジオを聴く際にradikoアプリを利用する習慣を確立したのだ。
●ネット配信とFMラジオを切り替えて利用できる「ラジスマ」の登場
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このような状況の中、日本民間放送連盟(民放連)は、FMラジオ受信機能の強みとインターネットラジオの利便性を一体化する試みとして「ラジスマ(radiko+FM)」を推進した。これはスマートフォンに内蔵されたFMチューナーとradikoアプリを連携させ、ネット配信とFM放送をワンタッチで切り替えられるようにすることで、場所や電波状況に応じて最適な方法を選択できるようにした取り組みだ。
ラジスマの優れた点は、FM電波の直接受信とインターネットラジオの両方のメリットを生かせる点にある。通信が可能なときはradikoでタイムフリーやエリアフリーを楽しみ、ネット接続が難しい場所ではFM放送を聴取し、災害時には放送波を頼りに重要な情報を得る。このようにFMの弱点をネットが補い、ネットの弱点をFMが補う形で、ユーザーにとって利便性の高いラジオ体験を提供しようとする考え方だ。
2019年にNTTドコモの「らくらくスマートフォンme F-01L」とauの「URBANO V04」の2機種に「radiko+FM」アプリがプリインストールされ、ラジスマ対応スマートフォンが市場に登場した。民放連はメーカーやキャリアに幅広い対応機種を増やすよう呼びかけていた。
●伸び悩むラジスマ対応端末
しかし、2025年現在においてはFMチューナーを積極的に搭載している機種は限られている。ラジスマ対応端末としては、シャープやFCNTのモデルを中心に販売された。2023年には「AQUOS R8」「AQUOS R8 pro」「AQUOS wish3」などが登場。2024年には京セラの「DuraForce EX」や富士通の「arrows We2」「arrows We2 Plus」「らくらくスマートフォン F-53E」などがラジスマ対応機種となっている。
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これらの対応端末は主に中・低価格帯の機種や高齢者向け端末が中心となっている。主要メーカーのフラグシップモデルではラジオ受信機能自体に非対応というのが一般的だ。対応機種はNTTドコモやau、ソフトバンク、楽天モバイルといったキャリア各社から販売されているが、その数は限られ、むしろ減少傾向にある。
●スマホメーカーのFMチューナー搭載状況
スマホメーカーのFMチューナー搭載状況を見てみると、メーカーによって対応方針が大きく異なることが分かる。
Appleは、iPhoneではこれまで一度もFMラジオ受信機能を公式には搭載していない。米国でハリケーン被害が相次いだ2017年には全米放送事業者協会(NAB)が「iPhoneのFMラジオ機能を意図的に無効化している」とAppleを批判し、有効化を要請する声明を出したほどだ。9to5MacによるとAppleは「(当時最新の)iPhone 7とiPhone 8には信号をサポートするためのチップとアンテナがないため、ラジオとして技術的に機能しない」と回答し、今後もFM受信に対応する計画は示していない。
サムスン電子は比較的FMチューナーを搭載する傾向が強いメーカーだ。特にミドルレンジ〜ローエンドのGalaxyスマホではFMラジオ機能が有効化されている例が多く、実際日本向けの「Galaxy A20」「A41」などはラジスマ対応端末として発売された。ただしハイエンド機では近年FM非対応が主流で、地域やモデルによって対応状況はまちまちだ。
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ソニーのXperiaは、かつて2017年頃まで多くの機種がFMラジオ受信アプリを搭載していたが、その後いったん廃止された。2023年発売のXperia 10 VでFMチューナーが復活したものの、2024年モデルでは再びFM非対応となり、FM機能の扱いが機種や年次で変化している。
GoogleのPixelシリーズは初代から一貫してFMラジオ受信に非対応だ。ハイエンドAndroid機種全般でFMラジオは姿を消しつつある状況である。
●ワイヤレスイヤフォンの普及とFMラジオの相性問題
スマートフォンのFMラジオ離れに拍車を掛けている要因の1つが、完全ワイヤレスイヤフォン(TWS)の爆発的な普及だ。市場調査会社Canalysによると、2024年第2四半期のTWS出荷台数は7670万台に達し、前年同期比12.6%増加。初めて50ドル以下の価格帯が市場の半数以上を占めており、ワイヤレスイヤフォンは高級品ではなくなった状況も示された。
この状況がFMチューナー搭載スマホにとって致命的な問題となっているのは、FMラジオ受信には有線イヤフォンのケーブルが物理的なアンテナとして必須であるという技術的制約だ。TWSなどのワイヤレスイヤフォンでは原理的にFM電波を受信できない。さらに、Apple、Samsung、Xiaomiなど市場シェア上位メーカーのフラグシップモデルではイヤフォンジャック自体が廃止されており、有線イヤフォンを使用するにはUSB Type-C/Lightningアダプターが必要になるケースが一般的となっている。
「イヤフォンを挿してFMを聴く」という行為自体が、現代のスマートフォン利用環境とは相いれなくなっているのだ。民放連も「ワイヤレスイヤフォンが普及する中、ラジスマのFM波受信にはイヤフォンケーブルをアンテナとして使うため有線イヤフォンが必須」と、この矛盾を認識している。
●ラジオスマホの現状:メーカー、キャリア、民放連の立場
「ラジスマ」が登場して以降、その対応機種は民放連の資料によれば累計89機種(キャリアが異なる場合は別カウント)にのぼっている。しかし実態としては、その普及が広く進んでいるとはいいがたい状況だ。
この背景には、スマートフォンに関わる各プレイヤーの方針や優先度の違いがある。メーカー各社からの回答を見ると、多くの企業がFMラジオ機能を「シニア向け端末」や「ミドルレンジ〜ローエンド端末」に限定して搭載する傾向が強い。
シャープは「FMラジオは高齢者層のニーズが高く、商品の主要ユーザー・コスト等の観点から総合的に判断して、現在はシニア向けスマートフォンにFMラジオを搭載している」と明言している。
モトローラに至っては「edgeシリーズ、razrシリーズなどプレミアムなセグメントの端末では実装エリアの関係、有線イヤフォンがUSB Type-C対応となることなどから(FMラジオ搭載は)見送る方向」と、より具体的な搭載判断の基準を示している。
興味深いのは、社名非公表を望んだあるメーカーが「現在はアプリを自由にダウンロードしてお好みのメディアアプリを使える環境が整っているので、フィーチャーフォン時代のワンセグやラジオに対するプリインストールニーズほどの高さは認識していません」と述べている点だ。スマートフォンにおけるラジオ機能のプリインストールという基本コンセプトそのものへの疑問が呈されているとも読み取れる。
一方、キャリア各社は端末選定においてラジスマ対応を積極的な要件としていない。KDDIは「端末メーカー様にて搭載要否をご判断頂いております」と明確に述べ、楽天モバイルも「採用製品の選定時における優先度は高くない状況」と率直に認めている。ソフトバンクやNTTドコモも積極的な姿勢は示していない。
こうした状況に対し、民放連は「ラジスマは『radiko+FM』アプリをスマートフォンにプリインストールするが、radikoは日本国内のみのサービスであるため、グローバル端末を展開するメーカーは採用しづらい」と普及の壁を分析している。さらに「ワイヤレスイヤフォンが普及する中、ラジスマのFM波受信はイヤフォンケーブルをアンテナとして使用していますので、有線イヤフォンを使用していただく必要がある」という使用感の上でのハードルも指摘している。
民放連が放送と通信の融合による新たなラジオサービスとして「ラジスマ」を推進する一方で、メーカーやキャリアはそれぞれの経営判断から消極的な対応にとどまっているのが現状だ。災害時の情報源としての価値は各社とも認識しているものの、それが積極的な搭載判断につながっていないという食い違いが生じている。
●災害対策としてのスマホラジオの位置付け
災害時のメディアとしてラジオが重要な役割を果たすことは広く認識されている。東日本大震災や各地の大規模災害では、通信インフラが途絶する中でもラジオ放送が重要な情報源となった例は多い。
こうした背景から、民放連は「ラジスマ」の災害時情報源としての役割を強調している。一方、端末メーカーの中には異なる見解もある。
例えばモトローラは「スマートフォンのFMラジオ機能は防災機能としては『あれば良いが必須ではない』(Nice to have)と考えております。災害時のスマートフォンの役割、期待としては電話機能、SNS/Webブラウジングによる情報通信機能がメインと考えており、ラジオはそれらよりは優先順位が低い」と明言している。さらに「バッテリーを消費せず手回しでも聞ける防災ラジオの方が需要は高い」との見解も示しており、スマホにラジオ機能を持たせる必然性に疑問を呈している。
放送と通信のどちらも機能不全に陥る可能性のある大規模災害時、情報入手手段を複数持つことの重要性は変わらない。スマホラジオはその選択肢の1つだが、専用の防災ラジオを別途備えるという選択肢も現実的だ。
●ラジオ業界の変化とスマホラジオの今後
ラジオ業界全体では、AMラジオ局の放送をFM波でも同時放送するワイドFM(FM補完放送)の普及が進んでいる。全国のAM放送局の多くは2028年をめどにAM放送を原則休止し、FM波への一本化を計画している。こうした流れの中で、ラジスマのようなFM受信機能を持つスマートフォンの存在意義は一定程度あるとも考えられる。
しかし、通信環境の大幅な改善もラジオ受信機能の必要性を低下させている要因だ。現在、主要携帯キャリアの4G LTEの人口カバー率は99.9%に達しており、ほとんどの場所でradikoなどのインターネットラジオサービスが安定して利用できる環境が整っている。こうした状況では、あえてFM受信機能を持つスマートフォンを選ぶ動機は弱まっている。メーカーにとっても、FMチューナー搭載のためのコストやスペース確保は、カメラ性能や処理速度など他の差別化要素に比べて優先度が低いのが実態だ。
ワイヤレスイヤフォンの普及や端末の小型・薄型化といった技術トレンドの中で、ラジスマの基本コンセプトが時代にそぐわなくなっている側面も否めない。
結局のところ、「ラジオスマホはどこへ行ったのか」という問いに対する答えは、技術の進化と消費者ニーズの変化の中で、その存在意義が限定的になっていったとことに尽きるだろう。一部のユーザー層や利用シーンでは依然として価値を持つものの、スマートフォン全体のトレンドからは外れつつあるのが現実だ。
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