
【鈴木芽吹が会心のスパートで涙の初優勝】
日本選手権10000mが4月12日に熊本えがお健康スタジアムで行なわれた。9月の東京世界陸上選手権を目指すうえで"負けられない戦い"となるレース。男子で春のナイター決戦を制したのは、前回4位の鈴木芽吹(トヨタ自動車)だった。
トップ集団は5000mを13分47秒で通過。外国人選手のスピードが上がらず、1周66秒ペースで緑に灯るウェーブライトに引き離されていく。残り12周で吉居大和(トヨタ自動車)が前に出るも、鈴木は冷静だった。
「今日のレースはそんなに速くならないと思っていたので、葛西さんを徹底的にマークして、とにかく勝負だけを考えていました」
鈴木は前回覇者でパリ五輪代表・葛西潤(旭化成)の背後にピタリとつく。ペースメーカーの前に出た吉居が抜け出すかたちになったが、葛西とともにじっくりと追い上げていった。
そして残り7周で追いつくと、アタックのタイミングを計っていた。
|
|
「正直、ラスト1周の勝負には持ち込みたくありませんでした。大和と葛西さんはそんなに動いていない感じでしたが、自分はかなり余裕があったので、一気にいきました」
9000mを24分56秒で通過後、鈴木の強烈なスパートが炸裂。ふたりを突き放すと、最後は右人さし指を突き上げて、ゴールに飛び込んだ。
「今回は本当にチャンスだと思っていたんです。勝てなかったら、もう一生勝てないくらいの気持ちで走りました」
雨でびしょ濡れになったカラダから、熱い涙がこぼれた。
優勝タイムは27分28秒82。2位は葛西で27分33秒52、3位は吉居で27分36秒33だった。
|
|
連覇を目指した葛西は、「正直、(鈴木の)ラストスパートはあまり警戒していなかったですけど、めちゃめちゃ速かった。先に仕掛けられて、リズムが崩れましたね。シンプルに力負けです」と完敗を認めた。
鈴木と同学年のチームメイトである吉居は、「3位以内をひとつ目標にしていたので、そこは達成できたんですけど、芽吹がよくて、今はとにかく悔しい気持ちです」と自己ベストでも涙を流した。
また、鈴木が葛西と同じくらいマークしていたという前回2位の太田智樹(トヨタ自動車)は27分57秒96の8位に終わった。「今回は合わせきれなかったですね。調整の部分でイマイチなところがあって、序盤から一杯いっぱいで、粘ることができませんでした」と苦しいレースを振り返った。
鈴木、吉居、太田の3人はトヨタ自動車の所属だが、鈴木だけはニューイヤー駅伝以降の流れが別だった。
吉居と太田は3月16日のエキスポ駅伝に出場している。吉居は1区でトップスタートを切り、太田は最長3区でダントツの区間賞。ふたりの活躍でチームは"日本一"に輝いた。一方の鈴木は3月中旬から母校・駒澤大の大八木弘明総監督が指導するクラブ、Ggoat(ジーゴート) の米国・アルバカーキ合宿に参加。日本選手権10000mに向けて仕上げてきた。
|
|
「ニューイヤー駅伝が終わってから、この試合に懸けてきたんです。1〜2月は質を上げずに量をしっかりこなして、アルバカーキ合宿から(佐藤)圭汰(駒大4年)、篠原(倖太朗/富士通)、田澤(廉/トヨタ自動車)さんと一緒に質の高い練習をやってきました」
鈴木は大学2年時(2021年)の日本選手権10000mで3位に食い込み、「世界の舞台」を意識するようになった。しかし、その後は故障に苦しみ、世界という目標がぼやけていたという。
「学生時代はチームに迷惑かけてきたので、とにかく三大駅伝で恩返ししたいという思いがありました。正直言うと、世界に目を向けられなかった部分があったんです。でも、昨季から社会人になって、そういう部分がなくなりました。自分の結果を追い求めて1年間やってきて、その成果を今日は出せたかなと思います」
鈴木は日本選手権の優勝で5月下旬に行なわれるアジア選手権(韓国・クミ)の10000m代表が濃厚になった。そこでワールドランキングのポイントを稼ぐことができれば、東京世界陸上がグッと近くなる。そして日本記録(27分09秒80)を上回る「26分台」へのカウントダウンが始まっているようだ。
「27分20秒台の選手が生意気かもしれないですけど、26分台は明確な目標になってきています。ただ今日はそういう日ではなかった。本当に狙うときにチャレンジする力はついてきています。レース展開で言えば5000mを13分30秒でラクに通過しないといけません。今後はゴールデンゲームズ(5月4日)の3000mと日本選手権(7月上旬)の5000mにも出場予定なので、短い距離のスピードを高めていきたい」
【金栗記念でGgoatのメンバーたちが好走】
鈴木は5000mでも東京世界陸上を目指しているが、同じく"世界"を目指すGgoatのメンバーたちが同日に行なわれた金栗記念選抜中長距離大会で存在感を発揮した。
まずは800m日本記録保持者の落合晃(駒大1年)だ。グランプリ1500mで大学デビューを果たし、自己ベストとなる3分44秒18をマークした。
アジア選手権の代表選考会になっていたグランプリ5000m3組には、先に鈴木がコメントで触れた3選手が出場。1年1カ月ぶりのトラックレースになった佐藤が13分16秒29で2着(全体5位)、実業団デビューとなった篠原が13分25秒30で4着(全体18位)、復活を期す田澤が13分34秒12の9着(全体28位)に入った。
優勝は残り150mで佐藤を逆転した森凪也(Honda)で、日本歴代10位の13分15秒07をマークしている。
佐藤は積極レースを展開してアジア選手権代表が有力となったが、本人は納得していなかった。
「3000mからペースメーカーの前に出て、ある程度は上げられたんですけど、負けては意味がありません。昨年は『The TEN』(米国西海岸で春に行なわれる10000mレース)が終わってから一回もトラックレースに出られなくて、本当に悔しい思いをしました。今季は最上級生になったので、結果で示していきたい。次は日本記録を目標に臨みたいと思います」
一方、5000mに出場したなかでチーム最下位となった田澤は、充実の表情で汗を拭った。
「昨季はケガもあり、コンディションがよくないままシーズンを過ごしました。今年も2月までは練習が全然積めていなくて、アルバカーキ合宿でやっと圭汰たちにつけるかつけないかくらいの練習がやれたんです。今回は勝負というよりも、レース感覚をつかむために出場しました。その目的は達成できたかなと思います」
10000mで世界陸上に2度出場している田澤だが、「26分台」を目指すために、今季は5000mで「12分台」を視野にスピードを磨いていく予定だ。
Ggoatのメンバーを指導している大八木監督は、教え子たちの活躍をこう評価した。
「芽吹は同じ練習をしていても、昨年より質の高いものがやれていました。(学生時代の疲労骨折など)あの大ケガから、ここまで成長して、本当に感無量です。
圭汰は3000mから自分でいきましたし、本当に成長したなと感じましたね。常に日本記録を狙うつもりでいると思いますし、5月3日のダイヤモンドリーグ上海大会に出場する予定もあるので楽しみです。
田澤はアルバカーキでいい練習をやっていたんですけど、目一杯だったので疲労がまだ取れていない部分がありました。これから上がってくるでしょう。
落合に関しては、1500mは初めてに近い感じでしたし、1000m以降に我慢ができていない。環境にもまだまだ慣れてない部分がありますが、これからスピードを磨いて専門種目の800mに持っていきたいと思っています」
今年9月には東京で世界陸上が開催される。落合は800mの参加標準記録(1分44秒50)まで0秒30差。アジア選手権代表が濃厚になった鈴木と佐藤だけでなく、田澤と篠原も今後のレースでポイントを上げていければ出場のチャンスは十分にある。
OB含め駒大のエリート集団であるGgoatが何人の日本代表を送り込むのか。学生三大駅伝で「29」のタイトルをもたらした名将・大八木監督の手腕に注目したい。