yujie - stock.adobe.com 中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
トランプ大統領の高関税政策が阿鼻叫喚ともいえる経済危機を引き起こしています。相互関税はほとんどの国で90日間の猶予が与えられたものの、報復関税を課した中国にはトータルで145%の関税が課されます。
これにより、中国の深刻な景気後退も視野に入ってきました。
◆投資の教科書が覆される事態…
4月11日には株価の急落に加え、米国債、米ドルが下がるというトリプル安が起こりました。安全資産とされてきた、アメリカの長期国債が売られるのは異例中の異例。通常、株式が売られる局面においては、リスクヘッジのために国債に買いが入ります。投資の教科書が覆される事態が起こっているのです。
東京大学名誉教授で著名な経済学者の岩井克人氏は、外交の専門誌にて、基軸通貨を持つアメリカが国際金融の中心で多大な利益を得ている一方、基軸通貨の仕組みを理解せずにドルの位置づけを変えようとしたニクソン・ショックに触れ、トランプ政権が「ドルの基軸通貨からの離脱が成功する可能性ははるかに高い」と書いています(「基軸通貨ドルと国際秩序」)。
◆合理的な説明が追いつかないトランプ劇場
SBIグループ傘下の資産運用会社レオス・キャピタルワークスの代表・藤野英人氏も、ビジネスマンであるトランプ大統領には、どこかに落としどころがあると考えられていたものの、どうやらそうではないことが明らかになってきたと、YouTubeで語りました。
つまり経済の専門家たちは、トランプ大統領の一連の振る舞いを合理性だけで説明することが難しいと見ているのです。合理的な秩序で支配されていた従来の資本主義社会は転換点を迎えており、常識は通用せず、狂乱ともいえる世界の到来すら予見されます。一寸先は闇、そしてその夜はいつ明けるのかも分からないという、とんでもない時代がやってきました。
日本では主力産業である自動車業界への影響が取り沙汰されています。アメリカは輸入車に25%もの追加関税を課す措置をとったためです。日本から輸入する場合、乗用車は2.5%、トラックは25%の関税がかかっていました。追加関税により、乗用車は27.5%、トラックは最大50%となるのです。
自動車産業はメーカーをトップとし、中小零細を含む数万単位のサプライチェーンが構成されていると言われています。主力市場であるアメリカで日本車が売れなくなれば、自動車産業界に激震が走るのは間違いないでしょう。
◆すでに景気後退局面にあった中国
しかし、高関税の影響を最も強く受けるのは中国。累計の追加関税は145%にもなるためです。2024年に中国がアメリカに輸出した総額は前年比4.9%増の5246億ドル。1ドル150円換算で78兆6900億円にものぼります。中国の輸出全体の15%程度を占めています。
中国は高関税が課される前からすでに景気後退局面に入っていました。2024年7-9月のGDPは前年同期間比4.6%増となって2四半期連続で伸びが縮小。住宅需要が減退して不動産不況が長引いており、地方政府の財政悪化が懸念されていました。鋼材やセメントの生産量も減少しており、消費意欲も失われています。
名門の自動車メーカーを脅かしていた、BYDなどの電気自動車も過剰生産気味。自動車業界は、中国産のEVが安値で市場に出回ることを警戒していたのです。
中国経済は内需の停滞を輸出の伸びでカバーしていました。アメリカの高関税はこの構図を崩壊させることになります。中国人民銀行は更なる金融緩和を模索する動きもありますが、消費者の間で住宅や自動車などの購入が一巡した今、新たな需要を喚起するのは簡単ではありません。
中国では実際の需要を見極めずに生産拡大に動くことも多く、それが輸出という出口を失えば国内に滞留し、デフレに苦しむことになりかねないのです。これは最悪のシナリオですが、アメリカとの貿易戦争が過熱していることから、それが現実のものになる一歩手前にいるように見えます。
小売業界を中心に、中国の景気悪化の影響を真正面から受けそうな日本企業は少なくありません。
◆中国進出で世界展開の足掛かりをつかんだユニクロは…
影響が大きそうな会社の一つがユニクロを展開するファーストリテイリング。会社側は、今回の高関税が2025年8月期下期の利益を2〜3%程度下押しすると説明しています。問題は来期への影響でしょう。
ユニクロの海外店舗数は1669(2025年2月末時点)。そのうち、中国大陸は922にも及んでおり、海外店舗全体の55%を占めています。そしてすでに中国の消費減退が業績に色濃く反映されています。2025年8月期上期の中国大陸は4%の減収、11%の減益でした。
中国大陸に香港、台湾を加えたグレーターチャイナの前期通期の売上高は6770億円で、1割近い増収でした。売上比率が高い中国はユニクロにとって重要な市場です。
中国はメンツを重視することから、アメリカにかけた関税を簡単に翻すとはあまり考えられません。この問題が長期化する可能性もあり、本格的な景気後退局面に入れば、大躍進を続けてきたファーストリテイリングの業績に冷や水を浴びせることにもなります。
◆中国への依存度が高い無印良品も…
無印良品の良品計画も中国への依存度が高い企業の一つ。2024年8月期における中国大陸を中心とした東アジア事業の売上収益は、前期比13.4%増の1945億円でした。東アジア事業は売上全体の3割を占めているうえ、2桁増で数字を伸ばしていました。
今期も好調で、2025年8月期上期の同事業の売上高は前期比15.1%増の1103億円。大型のECイベントであるダブルイレブン商戦や春節のオンライン販売が増収をけん引。特にスキンケア商品の好調ぶりが際立ち、中国における消費の停滞感を跳ね返す勢いがありました。
これも中国の格安商品に市場を奪われ、急ブレーキがかかる可能性があります。
中国は2021年に「化粧品監督管理条例」と「化粧品登録備案管理弁法」を施行し、化粧品関連企業の設立が簡略化されていました。これによって安価なスキンケア商品や化粧品が大量に出回ることになったのです。
無印良品はブランド力と商品クオリティの高さで、競合を引き離しています。しかし、深刻な景気後退局面に入れば、消費者は格安商品に手を伸ばすことになるかもしれません。
アメリカの関税は合理的なゴールが見えないことから、何が起こるかわからないという怖さがあります。グローバル企業の経営者は、コロナ禍に並ぶ難局に立たされているに違いありません。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界