▲作家の島田明宏さん【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】
今週末の第85回皐月賞の最大のポイントは、クロワデュノールが史上22頭目の「無敗の皐月賞馬」となるかどうかだろう。
昨年までの84頭の皐月賞馬のうち21頭が無敗だった。ということは、4頭に1頭が無敗だったわけで、意外に多いと感じるのは私だけではないはずだ。
2019年から昨年までの6年で、2022年のジオグリフを除く5頭が無敗で勝ったことが出現率を高める要因になっている。
話を進める前に、21頭の「無敗の皐月賞馬」のリストを以下に記したい。馬名の右の数字は皐月賞までのレース数(勝利数)である。
1941年 セントライト 1
1942年 アルバイト 1
1951年 トキノミノル 8
1952年 クリノハナ 3
1954年 ダイナナホウシュウ 10
1960年 コダマ 5
1964年 シンザン 5
1973年 ハイセイコー 8(地方6+中央2)
1974年 キタノカチドキ 6
1976年 トウショウボーイ 3
1984年 シンボリルドルフ 4
1985年 ミホシンザン 3
1991年 トウカイテイオー 4
1992年 ミホノブルボン 4
2001年 アグネスタキオン 3
2005年 ディープインパクト 3
2019年 サートゥルナーリア 3
2020年 コントレイル 3
2021年 エフフォーリア 3
2023年 ソールオリエンス 2
2024年 ジャスティンミラノ 2
戦前、2歳戦は行われておらず、1945年から46年の春までは戦争により競馬が休止されていた。グレード制が導入されたのは1984年で、「無敗の皐月賞馬」の出現率が急に高くなったのは2019年以降なので、1行空けて記した。
2歳戦がなく、3歳からデビューした戦前は無敗馬が多くてもよさそうだが、戦前に行われた6回の皐月賞のうち、無敗で勝ったのは初代三冠馬のセントライトと、のちにクリヒカリに改名するアルバイトだけだった。
その後もしばらく「無敗の皐月賞馬」の出現率が上がらなかったのは、レースを調教がわりに使うことがよくあり、そこで負けることも珍しくなかったからか。かつては「平場のオープン」に分類されるレースがあり、「無敗の皐月賞馬」となったのち史上2頭目の三冠馬となるシンザンも、日本ダービーに向かうステップレースとしてそれを使い、2着に負けている。
無敗のままビッグレースを勝つことに、より価値を見いだすようになったのは、シンボリルドルフが史上初の無敗の三冠馬となったころからか。その後も「平場のオープン」は行われていたのだが、ざっと調べたところ、1990年代には姿を消している。個人的な感覚では、シンボリルドルフ産駒のトウカイテイオーが、父同様「無敗の皐月賞馬」となり、そのまま「無敗の二冠馬」となったことで、無敗であることの価値とステイタスがさらに高まったように思う。
それから30年近く経った2019年を境に、「無敗の皐月賞馬」の出現率は以前と比較にならないほど高くなっている。その少し前から、ノーザンファーム天栄に代表される外厩で中間を過ごし、ある程度のレベルまで仕上げられてから帰厩するという形でレースに臨む馬が多くなった。前出のサートゥルナーリアとジャスティンミラノはノーザンファームしがらき、コントレイルは大山ヒルズ、エフフォーリアはノーザンファーム天栄、ソールオリエンスは山元トレーニングセンターを「第二の自厩舎」のようにしながら走っていた。
能力のある馬ほど使うレースを絞り、賞金を加算したら外厩でじっくり仕上げるようになると、キャリアが少なく、直接対決していない複数の無敗馬が出やすくなるのは頷ける。
では、「無敗の桜花賞馬」はどうなのか。こちらは全85頭のうち8頭だけ。無敗は約10頭に1頭の割合だ。皐月賞と同様のリストを以下に記す。
1941年 ブランドソール 1
1957年 ミスオンワード 5
1981年 ブロケード 3
1990年 アグネスフローラ 4
1991年 シスタートウショウ 3
2004年 ダンスインザムード 3
2020年 デアリングタクト 2
2021年 ソダシ 4
1行空けたのは皐月賞同様、戦争による休止、グレード制導入、外厩時代の始まり、による。皐月賞より無敗での優勝が少ないのは、牝馬はデリケートで好不調の波が大きく、桜花賞を勝つほどの馬でも安定して力を出しつづけることは難しいからか。今年は1番人気のエリカエクスプレスと、15番人気のトワイライトシティが2戦2勝で臨んだが、それぞれ5着、18着に終わった。
今年の皐月賞には、クロワデュノールとエリキングが3戦3勝、ジーティーアダマンが2戦2勝で臨む。
史上22頭目の「無敗の皐月賞馬」は誕生するのか。ヒリヒリするような緊張感を味わいながら、楽しみたい。