
「このクルマから必要なものをすべて解き放つことができれば、おそらく彼(マックス・フェルスタッペン)を倒せることがわかっている」
第5戦サウジアラビアGPを前に、角田裕毅がそう語ったと報じている記事がある。
もちろん、これは悪意のある書き換えであり、誤報だ。
ジェッダにやってきた角田が木曜の囲み取材でメディアに対して語ったのは、むしろ逆のことだった。
「僕はこれまで4年間ずっとレーシングブルズのマシンに乗ってきて、初めてまったく違うマシンに乗ったので、(バーレーンでは)FP1とFP3を学習のためのプログラムにあてました。最初からマックスと同じように走れるとは思っていません。そこがこじ開けられないと、マックスを打ち負かすことはできませんから。まずはいい土台を作る必要があると思ってトライしていますし、今はマックスに挑戦できる状況になるのを待っているところです」
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もし冒頭のようなコメントをしているような思慮浅薄なドライバーなら、フェルスタッペンに勝つどころか、レッドブルに乗って実力を発揮することさえできなかっただろう。
多くのファンがこの2戦で見てきたように、角田はそんなドライバーではない。日本GPで急遽レッドブルに昇格した角田は、RB21という特殊なマシンと向き合いながら、一歩ずつその理解を深めようと努力してきた。
RB21を完全に理解しなければ、フェルスタッペンに対等な戦いを挑むことなどできない。
そしてそのRB21を完全に理解し、手足のように扱えるようになることがいかに難しいことかも、角田はよくわかっている。
今、彼が向き合っているのはフェルスタッペンと戦うことではなく、RB21であり、自分自身をいかに成長させるかということだ。
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だから、冒頭のような浅はかなコメントをするわけがないのだ。
【レッドブルの問題点がすべて露呈】
「まだ2戦しか走っていないということを考えれば、現時点でこれだけの自信を持つことができていることには満足していますし、これからさらに深めていける自信もあります。でも、このクルマをいかに走らせるか、どうすればいいパフォーマンスを発揮させられるかという点は、もっと理解を深めていかなければいけません。
セットアップやタイヤのウォームアップなど、このクルマがいいパフォーマンスを発揮させるためのウインドウも学んでいかなければいけません。そこはまだ半分も理解できていないと思いますし、そこをどれだけ理解できるかがカギなので、今は努力しているところです」
バーレーンでは、フェルスタッペンがマシン挙動の不安定さやブレーキ効率の悪さに不満を訴え続けていた。それに対して、角田はフェルスタッペン不在だったFP1で同様の問題を感じてフィードバックしていたものの、その後はそこに目を向けるのをやめた。
このチームで9年も走っているフェルスタッペンのようにマシンの詳細を詰めていくのではなく、今の自分が最優先に集中すべきはマシンへの理解を深めることだからだ。
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「マシンはスライドしていましたし、トライしたセットアップが思ったようにうまく機能しなかったり、マックスにとっては厳しい週末だったと思います。
でも、僕はまだこのチームではルーキーなので、いろんなセットアップを試してマシンに対する自信を深めていっている段階です。マックスのビルドアップの仕方とは違います。そこは完全に分けて考え、予選で最大限のパフォーマンスを引き出すことだけを考えていました」
角田は冷静に置かれた状況を俯瞰で見つめ、自分がやるべきことを理解し、実際にそれに取り組んでいる。だからこそレッドブル昇格後の2戦でRB21に馴染み、バーレーンではフェルスタッペンからそう遠くないところでフィニッシュして入賞も果たせたのだ。
バーレーンはハードブレーキングがいくつもあり、中低速・低速コーナーからの立ち上がりも多い。今のレッドブルが抱えている問題点がすべて露呈するようなサーキットであり、苦戦を強いられるのはある意味で当然のことだった。
【結果で実力を証明するドライバー】
しかし、ジェッダは真逆の特性だ。好走を見せた鈴鹿に似て高速コーナーが連続し、低速コーナーはひとつしかない。全開率も超高速のモンツァと並ぶかそれ以上で、76パーセントというシーズン随一の高さを誇る。
回生量は足りなくなり、決勝ではディプロイメント切れが多発する。そのような状況下では、ホンダのパワーユニットを搭載するアドバンテージも少なからず発揮できるはずだ。
ここまでの2戦は試行錯誤のなか、フェルスタッペンよりも重いリアウイングで走ることが多かった。しかし今週末は、軽いリアウイングで週末を通して戦い、安定したパッケージでマシンの習熟をよりいっそう進めてくれるはずだ。
「まだ100パーセントまでいけるとは思っていませんけど、間違いなく鈴鹿を終えてバーレーンのFP1に臨んだ時よりも自信は深まっていますし、着実にそこに向かって前進はしていると思います。
こういうことってすべてがスムーズに進むものではないと思いますし、サウジアラビアはサウジアラビアでレース週末のなかでビルドアップしていく必要があります。でも、先週のバーレーンよりも自信が深められるのは間違いないと思っています」
マシンの理解が100パーセントと言える時が来るまで、打倒フェルスタッペンを軽々と口にしたりはしない。角田裕毅は口ではなく、結果で実力を証明してくれるドライバーだ。
だからこそ、我々も一歩ずつ前に進んでいく角田とともに、その挑戦を見守っていくべきだ。