
【満ちていたやさしさ】
東京体育館で開催されたフィギュアスケートの世界国別対抗戦(4月17〜19日)は、明るくて活気があり、友好的で和やかな雰囲気で終わった。
各国の応援ブースはにぎやかで、とにかく国柄が出た。イタリアやフランスは色使いも含め、おしゃれだった。ジョージアは懸命で、大会そのものを楽しんでいた。カナダはマスコットなのか、トナカイのぬいぐるみをぶんぶんと振り回し、アメリカはとにかく星条旗が大好きで、キャプテンのジェイソン・ブラウンがお祭り気分を盛り上げた。
"やさしさ"。その精神で満ちていた。選手同士が助け合い、その空気を観客が増幅させ、リンクでの熱につながる。殺伐とした空気が削り取られていた空間だった。
たとえば男子シングル、ショートプログラム(SP)で登場したフランスのキャプテン、ケビン・エイモズは冒頭の4回転フリップで転倒し、セカンドのトーループもつけられなかった。劣勢に立ったが、応援ブースと会場のファンの拍手で気を取り直し、トリプルアクセルに成功。スピン、ステップもオールレベル4だった。最後のルッツにはセカンドでトーループをつけ、みごとにリカバリーした。
演技後、エイモズは誇らしげな表情だった。
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ふだん、フィギュアスケートはリンクの上でたったひとり(カップルはふたり)きり、すべての人々の注目を浴びる。ほかの多くのスポーツのように、会場でたったひとり(1組)というのは珍しい。ボールスポーツは常に味方と対戦相手がいるし、スピードを競うスポーツではライバルがいる。また、SPは2分40秒〜2分50秒、フリーは4分〜4分30秒という限られた時間での一発勝負だ。
その重圧は計り知れない。
長い時間をかけてきた練習の日々が、一瞬で台なしになる。スケーターたちはつねに、その恐怖と対峙している。
それは国別対抗戦も変わらないが、個人戦ではないだけに、結果がすべて、という強迫感から解放されていた。失敗しても励まされ、成功すると喜びが増幅し、おのずと弾けるような演技になった。シーズン最後の大会、多くの選手が肉体的には疲労困ぱいにもかかわらず、自己ベストを更新したのはリンクの熱に感化されていたからだ。
【会場を埋めた観客も"演出家"】
「(疲れが)足に来ていると感じたのですが、滑っていて"楽しさ"を感じました」
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フリーの演技後、千葉百音はそう言って「楽しさ」を体に刻んでいた。
「完璧とはほど遠かったですが、いい表情で滑れたと思います。これから(五輪シーズンで)緊張することもあると思うんですが、この気持ちを忘れません。楽しむ、までできなくても本番に臨む時、感謝を忘れないように」
連日、会場を埋めた観客はフィギュアスケートの奥深さを楽しんでいたし、彼ら自身が"演出家"でもあった。手拍子だけでなく、見守る熱気も、すべてがフィギュアスケートをかたちづくっていた。
そして、村元哉中、高橋大輔の"かなだい"や、三浦璃来、木原龍一の"りくりゅう"の活躍で、カップル競技の人気が向上し、国別対抗戦の盛り上がりが増したことは大きな変化だ。
アイスダンス世界王者であるマディソン・チョック、エヴァン・ベイツ組は、会場のファンを魅了した。ミスがないというレベルではない。一つひとつのエレメンツを完璧に滑りながら、それが途切れなかった。だから無駄がないのに、ふわりとした余韻が残り、エレガントなプログラムを演出した。点数がかかった競技だが、彼らはその枠から脱しているように映った。
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【滑る楽しさを忘れずに】
一方、ペアではりくりゅうが世界王者の風格を高らかに示した。フリーは、ツイズル、スロージャンプ、ダンススピン、コレオシークエンスと次々に成功。最後まで楽しそうに滑りきり、安定したリフトは神々しさすら感じさせ、感動的だった。
演技直後、三浦がよろけて転びそうになり、木原は両膝をついて立ち上がれず、すべての力を絞り出していた。
「自分たちの練習は嘘をつかないって信じて。楽しんで滑ることができました。今シーズンはケガなく練習をやってこられたことが自信にもつながって」(三浦)
「最後は体力面できつかったですが、会場にたくさんのバナーが掲げられ、(チームジャパンの)チームメイトの応援があり、どうにか滑り切ることができました」(木原)
氷上で疲れきって動けなくなった大柄な木原を、小さな三浦が力を込めて引っ張った。三浦は、「かおちゃん(坂本花織)に、『大型犬の散歩』と言われました」とおどけていた。ふたりの愛される関係性こそ、「楽しむ」熱源になっていると言える。
「慣れてしまうと、新鮮さが失われてしまうもので......気づけば、結果を求めすぎていたと思います。僕たちは、苦労してようやく会えたパートナーなので、ふたりで滑る楽しさを忘れずに。それこそ、自分たちの楽しさなので」
木原は言った。「楽しさ」に行きつくのは簡単ではない。ふたりはめぐりめぐって、その境地にたどり着いたことで、これだけの演技ができるのだ。
大会結果は、アメリカが金、日本が銀、イタリアが銅だった。2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ五輪の団体戦にもつながる戦いだったが、選手も観客も会場にいた人はどこまで点数にこだわっていたか。
今シーズン最後の大会、"点数にならない"フィギュアスケートを堪能したはずだ。
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