4月13日に開幕した大阪・関西万博。万博史上最多となる160以上の国・地域、国際機関が参加することはもちろん、各国グルメを楽しみにしている人も多いのではないだろうか。
普段なかなか食べる機会のない伝統料理から、現地の人気メニュー、そして日本向けにアレンジされた一皿まで。会場には世界中の「おいしいもの」が集まり、まさに“食の万博”とも言えるようなにぎわいを見せている。
しかし、ただ「おいしい」だけで終わらせるのはもったいない――。
9日に行われたメディアデーに参加し、いくつかのパビリオンを巡って実際に料理を味わってみて、そう強く感じた。なぜこの料理を万博で出すのか? どんな思いや戦略が込められているのか? そうした“背景”を知ったうえで味わうと、同じ一皿でも受け取る印象がまるで違う。食から広がるストーリーに触れることで、万博の価値は一段と深まりそうだ。
|
|
●カカオの原種が眠る、“知られざるアフリカの国”
皆さんは「サントメ・プリンシペ共和国」という国名を聞いたことがあるだろうか。失礼ながら、筆者はこの万博で初めて知った。
サントメ・プリンシペはアフリカ大陸のちょうど赤道付近、西側にぽつんと浮かぶ島国。サントメ島とプリンシペ島、そしてその周辺の小島から成り立っている。多くの人にとって聞きなじみのない国だと思うが、実は“アフリカで初めてカカオが植えられた国”とされているそうだ。
そんなカカオを使って作られたクッキーを、名古屋市にある「カフェタナカ」が、サントメ・プリンシペと共同出展したパビリオン内で不定期で販売している。
サントメ・プリンシペは島国であるため、他の種類のカカオとの交配が進まず、良い意味で“取り残された”状態になっているという。だからこそ、ほぼ原種に近いカカオが今も多く残っているそうだ。交配が進んだ他地域のカカオとの違いは、「原種らしい力強さを残しつつ、木やフルーツのような芳醇な香りが際立っていること」だと、広報の横山麻子さんは話す。実際筆者もクッキーを試食してみたが、確かに力強いコクと香りを感じた。
|
|
しかし、こうした貴重なカカオの原種が、危機にさらされているという。「カカオの2050年問題」と呼ばれ、気候変動などの影響により、2050年までに現在のようなカカオ栽培が困難になり、チョコレートが今のように気軽に手に入りにくくなるかもしれないというのだ。
もちろん、サントメ・プリンシペも例外ではない。カフェタナカでは、現地の人々と協力しながら、カカオ畑の再生活動を行っている。また、貧困率が高い同国において、少しでも所得向上につながるよう、現地の女性たちにカカオを使ったお菓子作りを教え、収入を得る手段を増やす取り組みもしているという。
横山さんは「サントメ・プリンシペのカカオを通じて、国のことを知っていただきたい。そして、カカオが今後採れなくなるかもしれないという“2050年問題”についても、少しでも理解を深めるきっかけになればうれしい」と話していた。
●現地“風”ではなく、本場の味を追求
アレンジを最小限にとどめ、本場の味を追求した料理を提供する――そんなコンセプトを掲げているのがシンガポール館だ。
|
|
シンガポール館では、調味料をシンガポールからわざわざ取り寄せ、現地そのままの味を再現する工夫をしている。輸入する際に関税がかかるなど、手間もコストもかかったものの、「現地風ではなく、本場の味を」をモットーに、あえてその道を選んだという。
シンガポール館の料理やお酒を手掛けたのは、福岡を拠点に活動する料理人・眞貝友也さん。普段はイタリアンを手掛けることが多く、シンガポール料理をプロデュースするのは今回が初めてだったという。
2024年にシンガポールを訪れ、現地の料理を試食。何が日本人に合って、何が合わないのかを丁寧に探りながら、シンガポールの関係者とともに、万博で提供する料理を作り上げた。
苦労したのは日本人とシンガポール人との味の好みの違いだ。例えば、ココナッツミルクをベースにスパイスの辛みをきかせた濃厚なスープが特徴の麺料理「ラクサ」は、本来その上に「ラクサリーフ」というハーブを乗せるのが一般的。しかし、ラクサリーフはドクダミのような独特の苦みと香りがあり、日本人にはなじみづらいと判断した。その代わりにパクチーをトッピングすることにしたという。
ただ、こうした“ちょっとしたアレンジ”も、現地のシンガポール人に試食してもらい、「これならOK」と納得したものだけを採用している。
「料理とパビリオンの雰囲気でシンガポールらしさを味わってもらい、現地に行ったような気分を感じてもらうこと。それがきっかけで、実際に足を運ぶ人が増えればうれしい」と眞貝さんは話す。
食のアカデミー賞とも称される「Asia's 50 Best Restaurants 2025」では、シンガポールから7つのレストランがトップ50にランクインしている。国土の小ささの割には、グルメがぎゅっと凝縮されたシンガポール。その魅力を、万博を通じて伝えようとしている。
●現地と日本の“融合”で勝負
一方で、現地の味と日本の食材の“融合”で勝負しているのが、ハンガリーとルクセンブルクだ。
ハンガリー館の特徴は、前菜からメインディッシュ、デザートまで、フルコースでハンガリー料理を提供していること。ハンガリー料理をしっかり紹介しながらも、日本の新鮮な食材と掛け合わせることで、ハンガリーの伝統と、日本料理ならではの繊細な味わいや見た目の美しさを一緒に楽しんでもらうことを狙いとしている。
料理開発の際は、パプリカの豊かな香りや酸味と甘みのバランスといった、ハンガリー料理の核となる風味をしっかりと守りながらも、全体のバランスと洗練された味にこだわったという。辛さのレベルを調整するなど、日本人にも親しみやすい味に仕上げられている。
「この万博を通じて、ハンガリー料理の味はもちろん、ハンガリーらしい“歓迎の気持ち”も感じてもらえたら」と、ハンガリー館の関係者は話す。
ルクセンブルク館でも、伝統料理はもちろん、日本と現地を融合させた「フュージョンデザート」を振る舞っている。
このフュージョンデザートは、数百人のパティシエの中から選ばれた精鋭6人がそれぞれ考案したもので、開幕直後に提供されるのは「抹茶ミラベルケーキ」だ。ミラベルとは、ルクセンブルクをはじめとする欧州で親しまれている黄色いスモモの一種で、日本を代表する抹茶と、ルクセンブルクの果物が融合した一品だ。
このケーキを考案したのは、大阪出身で現在はルクセンブルク在住のパティシエの女性。9日に開かれたメディアデーで筆者も実際に味わったが、見た目は鮮やかで美しく、口に入れると驚くほどさっぱりとした味わい。鼻に抜けるフルーティーな香りが心地よく、食後の余韻まで楽しめる一品だった。
このフュージョンデザートは数週間ごとにメニューが入れ替わる予定で、何度来場しても新しい味に出会える工夫がされている。
●コンセプトや戦略に注目し、一味違った楽しみ方を
多くの国と地域が出展し、多彩なグルメを提供している大阪・関西万博。誰もが知るような有名国から、訪れたことがある人がほとんどいないような“未知の国”まで、万博の会場では多種多様なブースが並び、それぞれが独自のアプローチで食の魅力を発信している。
「何となくおいしそう」という印象にとどまらず、各国がどのように“味”を通じて自身のストーリーや価値を訴求しているのか――。
そうしたマーケティング戦略に目を向けることで、万博は単なる食の祭典ではなく、国際的なブランディング競争の場としても捉えられる。味の背後にある意図や設計に目を凝らせば、そこには今後の国際ビジネスを見据えるヒントがありそうだ。
(薬袋友花里、フリーランスの記者・編集者)
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。