米国のトランプ関税が世界を揺るがしている。
2024年の米大統領選の公約から、ドナルド・トランプ氏は、米国の貿易赤字を減らし、減税などで経済を「再び偉大にする」と主張してきた。そして大統領に就任した1月20日から、次々と容赦ない関税措置を打ち出してきた。
特に打撃を受けているのが中国なのは間違いない。中国は現在、自国が「いじめられている」と主張し、米国の経済的「攻撃」に対して報復関税で対抗している形だが、それが混乱を大きくしつつある。
この米中の関税戦争はどこに向かうのか。現在、米国側の対中国の関税はひとまず小休止だといわれており、ボールは中国側にある状況だ。今、中国は情報工作などで世界に揺さぶりもかけている。このままいくと、日本にも大きな影響を与えかねない状況だ。
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まず、ここまでの流れを時系列で簡単に振り返りたい。トランプ政権は2月1日、隣国のカナダとメキシコに25%、中国からの全ての輸入品に10%の関税を課す大統領令に署名した。すると、中国はその関税措置がWTO(世界貿易機関)のルールに違反しているとして提訴。さらに報復として米国のエネルギーや大型自動車などに10〜15%の関税を課すと発表した。
●中国の「報復」をあおっていた
これを受けてトランプ政権は、石破茂首相との首脳会談後の2月10日、全ての国を対象として、鉄鋼・アルミニウムの輸入品に25%の関税を課すと発表。翌月の3月4日には、中国に対してさらなる10%の追加関税が発表された。
すると中国は、米国の農作物に対する10〜15%の報復関税を発表。対するトランプ政権は自動車に25%の関税を課すことを明らかにし、中国は新たな報復としてエネルギーや小麦などに25%の関税を課した。
米国からの関税攻勢はここで終わらない。トランプ政権は4月2日には「解放の日」と宣言して、全世界に「相互関税」を発表。一律10%の関税に、国ごとに独自計算した関税を加えた。
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ただ相互関税については、発表直後から仕掛け人の一人であるスコット・ベッセント財務長官が米メディアに次々と登場し、「全ての国にアドバイスしたいのは、報復しないことだ。落ち着いて、事態を静観し、どうなるか見守るべきだ。報復すれば、事態はエスカレートする。報復しなければ、これが最も高い関税ということになる」と何度も発言していた。
もちろん、中国が黙っていないのも織り込み済みで、あおっていたと見られている。見事に中国は、4月4日に報復関税を発表し、米国からの全ての輸入品に34%の関税を課すことになった。米国の独断的で戦略的な関税攻勢にまんまと引っかかったと言える。
というのも、トランプ大統領と彼の経済参謀らは、ベッセント財務長官、ピーター・ナバロ大統領上級顧問、ジェミソン・グリア通商代表部(USTR)代表、ハワード・ラトニック商務長官という、そろいもそろって、まれに見る対中国強硬派の面々だからだ。彼らのこれまでの言動を見ていると、中国が餌に食いつくのを待っていたと言っても過言ではない。
●「優位な交渉」を狙っていたが……
もっとも、関税に報復すれば、さらなる報復が待っているし、ぐっとこらえて報復しなかったとしても関税は消えない。トランプ政権側の思惑は、各国からの要請で話し合いに持ち込めば、関税に困っている相手から「お願いされる」立場で交渉の席につける。トランプ流のディールで言えば、優位な立場で交渉に臨める。
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にもかかわらず、ベッセント財務長官を無視して報復関税を発表したのは、世界で中国だけだった。そしてトランプ政権は各国との交渉のために90日の関税猶予を発表したが、報復した中国には追加の関税を発表した。
その後中国は、米国の追加課税に合わせて、34%→84%と米国製品への関税を高めていき、現在は米国が中国からの輸入に145%の関税を課し、中国は米国からの輸入に125%の課税をするところまで来ている。ここまで来れば、あとは関税が200%や500%になっても大きな違いはないだろう。
ちなみにトランプ流の交渉術は「マッドマン・セオリー」(まず異常な要求や発言で相手を怯ませてから交渉に入る)であるといえるが、彼の交渉のポイントは次の3点だ。「非常に攻撃的な要求から始め、交渉の初期条件を設定」「予測不能性を見せ、相手を不安にさせる」「交渉は勝つか負けるかで臨む」
米中交渉に話を戻すと、ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、米当局は70カ国以上に対して、米国の関税から逃れるために中国が自国製品を迂回(うかい)しないよう確認し、中国の安価な工業製品を受け入れないよう要請する予定だという。トランプ政権は完全なデカップリング(経済的な分断)を狙っており、日本政府関係者は「日本も対象になる可能性が高い」と戦々恐々としている。
●中国はなりふり構わず動画攻撃
このように見ていると、中国にとって今回の関税戦争は難しい戦いであると言わざるを得ない。中国の経済は国内の不動産と輸出に頼っているが、不動産バブルは崩壊し、輸出も振るわない。ここにきて、全体の14.6%を占める米国市場への輸出が滞ることになれば、その影響は甚大である。
ただ中国は、第1次トランプ政権で課された関税が、バイデン政権時も引き継がれ、トランプ再任でさらに追加されるのは分かっており、それに向けて準備してきた。米国以外の国に貿易の幅を広げたり、交渉でくみしやすく、訪問要請などにすぐに乗ってくる日本政府関係者らに擦り寄ったりしてきた。
それでも今回の関税の動きには動揺を隠せないようで、なりふり構わず「情報工作」まで行っている。
中国企業は現在、TikTokなどの動画によって、欧州の高級ブランドへ徹底攻撃を始めている。高価格で売られているブランド品の80%以上は中国でしか作れない、と動画などで吹聴し、欧州では包装しかしていないと主張。
関税によってこうしたブランド品もさらに高くなり、手に入らなくなるとでも言いたいのだろうか。とにかく、このような「多くの欧米製品は中国が作っている」という動画が突然、大量にばらまかれている。
たちが悪いのは、動画の中で「私たちの工場で作っている」と主張している中国人がうそをついていることだ。ブランド側が「動画で出てくる工場とはビジネスをしていない」と発表する事態になっている。
●日本も火の粉をよけられない
最後に、1980年代に?小平の英語通訳を務め、現在は北京を拠点とする「中国とグローバリゼーションセンター」副会長で、自らを「中国共産党の広報担当者」と呼ぶ中国専門家、ビクター・ガオ氏のコメントに耳を傾けてみよう。
「中国は関税に断固として毅然とした態度を取り、トランプ政権による圧力や脅迫に決して屈することはない」
「世界は広大であり、米国が世界の市場全体ではないため、中国は最後まで戦う覚悟ができている」
「米国が中国に対する姿勢を変え、中国をありのままに扱い、中国と中国国民に敬意を示し、中国や世界に対する偏見や偏った見方を押し付けようとしなければ、米中対話は実現するだろう。米国が仕掛ける関税戦争や貿易戦争を、米国と中国がともに是正するための抜本的な対策を講じなければ、景気後退に陥るだろう」
この問題が長期化すれば、米国と中国のどちらとも経済面で深くつながっている日本も、間違いなく返り血を浴びることになるだろう。
というのも、中国が米国に売れない製品は他の国で売るしかなく、さらに安い価格で他国に流通する可能性があるからだ。実は、その兆候はすでにある。
4月22日付の朝日新聞では「中国の自動車大手BYDが、日本で軽自動車の電気自動車(EV)を発売する方向で検討していることが22日、分かった。同社関係者が明らかにした。2026年の発売を目指しており、価格は日本の軽EVの価格を目安に、250万円程度を見込む」と報じている。米国や欧州のEVに対する関税を見越して、日本に流れていると考えていい。
とにかく、米中の争いは日本にとっても対岸の火事ではない。日本がその火の粉をよける術はほとんどないのが実情だ。どちらにもいい顔をしてばかりも、いられないかもしれない。
(山田敏弘)
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