ラクダをめぐる冒険2〜アブダビ(4)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

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2025年04月27日 09:00  週プレNEWS

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混ぜてもらった「イフタール(ラマダン明けの食事)」。彼らはとにかくフレンドリー。イラン、インド、パキスタン、バングラデシュ、スーダン、バーレーンなどなど、いろいろな国のひとたちが集まっていた。ことの顛末は本文で

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第105話

ゼロから始まった「ラクダをめぐる冒険」は、ゴールまでの道筋は見えてきた。しかし、もう少し具体的な手がかりがほしい。と、そこに一本の電話が......。

* * *

【写真】沙漠の入り口にあるスローターハウス

■「おい、お前らも食べてけよ!」

――イーサス、悪いけどここはもうさっき来たよ。

「なに!? もうここには来ただと!? じゃあしょうがねぇな!」と、スローターハウスに引き返すイーサス。

そのようにして、「アル・シャハマ スローターハウス」に戻ってきたわれわれであったが、ここにはもうこれ以上の情報はないであろうと判断し、イーサスにお礼を告げ、その場を去ろうとした。

――と、まさにそのタイミングで、日暮れのアザーンが流れる。

102話でも紹介しているが、「日暮れのアザーン」は、その日の「ラマダン(断食)」が明ける合図でもある。これが流れると、イーサスが威勢よく私たちに声をかけた。

「おい、ラマダンが明けたぞ! お前らも食べていけよ!」

そこには、「イフタール(ラマダン明けの食事)」を待ちわびていたイーサスの仲間たちがたむろしていて、イフタールのためのカーペットを地面に敷き始め、いろいろな料理を並べ始めていた(ちなみに、「アザーン」や「イフタール」については102話を参照)。そしてそこに、われわれにも混ざれ! と言ってきたのだ。

ここまできたらもう、乗りかかった船である。われわれはそのイフタールに混ぜてもらい、彼らが用意していた食事を分けてもらったのであった。

■昨日の「スローターハウス」へ

翌朝。昨日のイフタールで、怪しい容器に入っている、怪しく濁ったオレンジジュースを飲んでいたので、お腹の調子に一抹の不安があったのだが、幸いにして体調に異常はなかった。

荷物をスーツケースにまとめ、ホテルのチェックアウトを済ませ、やはりニューヨーク大学アブダビ校(NYUAD)でK先生と待ち合わせる。今日がいよいよアブダビの最終日、夜の便で帰国である。

昨夕のイフタールで、ある男から「今日はラクダはいない。けれど、明日の午前中に来たらいる」と言われたのを信じ、われわれはふたたび「アル・シャハマ スローターハウス」へと車を走らせる(K先生が)。

到着すると、昨夕のイフタールを共にした男たちのひとりが受付をしていた。中に入り、関係者を相手に英語で話したり、スマホのGoogle翻訳を駆使したり(日本語、英語、アラビア語)、ラクダの写真を見せたりするも、案の定というかなんというか、彼らは「ここにラクダはいない」という。

代わりに、とばかりに、「ここにならいるはず」という場所を紹介してもらい、われわれは再び車を走らせる(K先生が)。

■もうひとつの「スローターハウス」へ

小一時間ほどで到着したのは、砂漠の入り口にあると言っても過言ではない、「アル・ワスバ スローターハウス」。

そこでもやはり、英語やGoogle翻訳を駆使して質問してみる。しかし、そこでもラクダは捌(さば)いていないという。

ここもダメか......と諦めかけて車に戻ろうとすると、スローターハウスの横に、ラクダのマークのついた建物があった(そしてその横には、政府関係の建物っぽいマークが。そのため写真撮影は自粛)。

――そしてその奥の柵の中には、ラクダの姿が!

ここだ! とふたりで勢い勇んで建物の中に入ると、これまでの肉屋やスローターハウスとは一転、すこしものものしい雰囲気。K先生がわれわれの意図を伝えると、奥の応接間のようなところに連れて行かれる。ドアには「Director(所長)」とある。そこは所長室、そしてそこにいるのは、その施設の所長だった。

所長室で、私たちの訪問の目的を改めて所長に説明する。すると、やはりスローターハウスでは、ラクダの解体はしているとのこと。しかし、そこで摘出された臓器の扱いについては、そこの「ドクター」に確認し、提供のための許可をもらう必要がある、ということだった。

所長に礼を言い、われわれはふたたび「アル・ワスバ スローターハウス」に戻る。「ドクター」とはおそらく、獣医師のことだろう。スローターハウスのスタッフたちに事情を伝え、「ドクター」を紹介してもらいたい、と告げる。

「なぜお前たちに『ドクター』を紹介しなきゃならないんだ?」といぶかしがる警備員。それはそうである。しかし、われわれが研究者であること、K先生がNYUADで働いていること、研究目的の検体が欲しくてわざわざ日本からここまで来たのだ、というようなことなどを改めて伝える。

それでようやく納得してくれたのか、その警備員は、われわれを建物の裏に案内してくれた。そこには別室があり、その中に「ドクター」はいた。

警備員にお礼を言い、中に入る。そして「ドクター」に、改めて事情を説明する。

すると、「ドクター」の答えは、

「内臓を提供するためには、事前に省庁の許可を取る必要がある。そして、『きれいなもの』しか渡すことはできない」

というものだった。つまりおそらくはやはり、MERS(中東呼吸器症候群。くわしくは103話を参照)のことがあるので、感染リスクのある内臓はおいそれとは渡せない、MERS陰性であることが確認された「きれいなもの」しか提供できない、ということなのだろう。

やはりなかなか一筋縄ではいかない。しかしそれでも、私が研究のために必要としていた検体に、一歩近づくことができた、とも言える。そこでK先生は、これからの可能性のために、「ドクター」の連絡先と、関係省庁に「事前の許可」を申請するための連絡先を確認してくれた。

■急転直下!

「スローターハウス」をめぐる旅で、ようやく必要な検体にアクセスするための道筋が見え始めていた。あとはこれから、関係省庁や「ドクター」などと連絡を取り合って、その道筋を明確かつ確実なものにして、次回の訪問のときに、それをたどって目的を実現すればいい。

ゼロから始めて、ゴールまでの道筋が見えてきただけでも、今回の訪問には価値はあった、と前向きに捉えるべきか。......しかし、目的を達成するためには、まだまだ長い道のりになりそうではある。できればせめてもう少し、具体的な手がかりがあれば......。

――と、そのとき。

「あ」

と、スマホを覗き込むK先生。どうしたのかと訊いてみると、

「今、ドバイの『中央獣医研究所』から、ラクダのことについてメールで回答がありました! 今日の13:15であれば会えるそうです!」

ドバイの「中央獣医研究所」とは、通称「ラクダ病院」とも呼ばれる、UAEを代表する、ラクダを取り扱う研究施設である。

私の訪問の前にK先生がメールを送り、ラクダの検体を入手するための手がかりを模索してくれたところでもあった(詳しくは102話)。ずっと返信を得られていなかったのが、まさかこのタイミングで......!

――すぐに時刻を確認すると、11時を過ぎたところ。ここからドバイまでは車で1時間。

※4月28日配信予定のドバイ編に続く

文・写真/佐藤 佳

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