
液体洗剤とはひと味違う固形洗剤ならではのメリット

ダイニチといえば、耐久性が高く、油汚れも落ちやすいなどと口コミで評判になり、楽天市場などのECサイトで、食器用スポンジながら売り上げ1位を記録した「サンサンスポンジ」でおなじみのメーカーですが、実はこのスポンジも、元はダイニチが創業時から作っていた固形の食器用洗剤を愛用している人へのサービスとして作られたものだそうです。
「ダイニチの前身である『大日化成』は、私の父が今から50年ほど前に創業した会社で、当時から食器用の固形洗剤を作っていました。そのころは合成洗剤が石けんのシェアを追い抜いて何年かたったあたりで、大手の洗剤メーカーが“液体”の合成洗剤を盛んにテレビCMなどで推し始めていました。ただ、当時の合成洗剤は手肌にあまり優しくないと感じる人が多かったんです」と、ダイニチ代表取締役の吉田元之さんが、固形洗剤を作り始めた時代について教えてくれました。
先代の父親、つまり、元之さんの祖父はクリーニング店をやっていて、そこで働いた経験のある父親は、クリーニングのプロが使う洗浄剤が肌に優しいことを知っていたのだそうです。その洗浄剤を研究して、家庭で使える食器用洗剤として開発したのが、固形洗剤「サンセブン」シリーズとして現在も販売を続けている製品の原型です。
「液体洗剤が主流の中で固形洗剤にしたのは、弊社は大手のような設備投資はできない、小規模の設備と資金の中で、固形のほうが作りやすかったからではないかと思います。私の推測になりますが、当時はかまぼこを作る石臼の機械を使って、原材料を入れて練って作っていたはずです。原料を自動充てんする設備もないので、人の手で計って機械に入れてと、全て手作業で作っていたのですが、実は今でも手作業なんです」と元之さん。
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「液体洗剤の場合、半分以上は水で薄めて作られているんです。固形洗剤でも界面活性剤以外の成分も使っているので薄めてはいるのですが、『ビルダー』と呼ばれる成分に違いがあるのです。ビルダー(助剤)とは、入れることによって界面活性剤の機能をさらに向上させるもの。
私たちはそのビルダーにこだわった結果、たとえ水で薄めたとしても成分の9割以上が洗浄成分で出来ていることになり、少量でもしっかりと洗浄力を発揮できるようになりました。ビルダーの中には、温泉成分が6割ほど含まれているので、洗浄力がありながら手肌も荒れにくいのです」と、元之さんは、ダイニチの固形洗剤の特徴を説明してくれました。
高性能で肌に優しいのに、昔ながらの売り方しかできなかった苦労時代

洗浄力が高いのに手肌が荒れにくいというのは、一見相反するような機能なのに、それを両立させているというのが、ダイニチの固形洗剤の一番のポイントになっています。実際、古くからの愛用者も手袋が要らなくなったなど、肌に優しい点を評価して使い続けている人が多いのだそうです。
その固形洗剤はバージョンアップしながら、ずっと販売が継続されてきたのですが、販売方法も電話による受注が中心で、後にFAXも使われたのですが、先代の時代は作ったものを自分たちで配達していたそうです。
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「サンサンスポンジ」誕生秘話

ただ、当時珍しかった固形洗剤は、液体洗剤用の柔らかいスポンジだと洗剤の付きも悪く、特に洗剤が固くなる冬場などはかなり使いにくくなるということで、もう少し固くて、洗剤をつけやすいスポンジを作ろうと開発したのが「サンサンスポンジ」でした。固形洗剤向きのスポンジですから広く売れるとは考えず、当初は洗剤の購入者向けのノベルティーとして配っていたのだそうです。

「サンサンスポンジが好評で、それだけでも販売してほしいという問い合わせが非常に増えたので商品化したんです。そのスポンジも最初は送料無料にするために30個単位でしか販売していませんでした。それでもリピーターになってくださるお客さまもいて、製品自体には自信を持っていました。液体洗剤を使っている方にもご購入いただいていました」(元之さん)
そんな中、13年ほど前に九州のテレビ番組で「長持ちするスポンジ」と取り上げられ、それがSNSでの口コミなどを介して広まって、ネット通販での販売が一気に伸びます。
「3日間電話が鳴り止まないといった感じでしたが、それもすぐに落ち着きました。そこからECサイトの担当者にアドバイスをいただくなどして販売方法などを見直したところ、スポンジの販売が軌道に乗ったんです」(元之さん)
スポンジのヒットを追い風に、「サンサンウォッシュ」を開発

ところが、その元之さんが病に倒れてしまいます。実家のピンチに、別の会社で働いていた長男と次男がスタッフとして加わることに。
「父の作っている洗剤がとても肌に優しいとか、汚れもよく落ちるという感想や評判をずっと聞いて育ってきました。僕と弟が加わってスポンジの調子もだいぶよくなってきたころ、何かテコ入れをしようという余裕ができたんです。そこで、まずはスポンジでどこまで販売数を増やせるかといったことに2〜3年挑戦して、それなりに結果を出せました。
そうなると次は50年間作り続けてきた洗剤がもっと日の目を見てほしいという気持ちがどんどん出てきて。そんなとき、テレビ番組『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)に、今回デザインを依頼したkenmaの今井裕平さんが出演されていたんです」と、現在、取締役・プロデューサーを務め、「サンサンウォッシュ」の開発を担当した長男の雄哉さん。
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「それで一度お会いしましょうとなったんです。お会いしてまずは、固形洗剤のポテンシャルと言いますか、固形洗剤の強みや液体洗剤との違い、今の固形洗剤の問題点という、その2点を伺って、『これはイケる製品だ』と思いました。デザイン的なアプローチでの見せ方やイメージを変えて、伝えるべきことを正しく適切に伝えればいい勝負ができるのではないか、というのがそもそもの私の見立てです」とkenma代表の今井裕平さん。

少量でも泡立ちがよくて油汚れに強く、泡切れもいいという洗剤としての性能の高さに加えて、手肌が荒れにくいという愛用者からの声もあります。
また、今回のリニューアルにあたって、専門機関に洗浄力の実証実験を依頼。洗浄力は一般の液体洗剤の2倍、泡立ち量は固形石けんの9倍、液体洗剤とは同等という結果を得ることもできました(※)。その性能を踏まえて今井さんが提案したのは、製品化された「使い勝手を形状とデザインで解決する方法」と「洗剤自体を新しく研究開発する方法」の2つ。
※試験概要
試験機関:オーガンテック
試験条件:比較商品の界面活性剤濃度を0.5%に統一し、気温20℃
試験報告書発行日:2024年12月27日
スポンジでタッチするだけで使える洗剤というデザインコンセプト

「開発には時間がかかるので中身は基本変えずに、まずは“見せ方”でも十分に面白いものができるのではないかと考えました。拠り所はやはり“少量で使える”ところですね。固形洗剤ならではの特徴でもありますし。また、世の中的には洗剤をジャバジャバ使うのは、どこかカッコ悪いと思われるようになってきているので、そこもしっかり訴求したいと思いました。割と最初から『タッチして使う洗剤』は伝えていったほうがいいのではないかと話していました」と今井さん。
実際、「サンサンウォッシュ」の最大の特徴は、スポンジで洗剤表面を軽くタッチするだけで洗剤が付くことです。固形洗剤のメリットに直結したアイデアだからこそ、実際の使い勝手のよさにつながっているのでしょう。
そして、タッチしやすいように洗剤は斜めにカット。流し台に固定するために吸盤を使うことにして、吸盤を使うなら円形が強度的にもデザイン的にも適切といったふうに、アイデアが形になっていったそうです。
実際、筆者もここ数カ月愛用しているのですが、丸い形はキッチンに似合いますし、スポンジで軽くタッチすれば、洗剤がスポンジにつくので片手でオペレーションできるというのはとても快適です。
泡立ちがよすぎて、手に持ったお皿が滑りやすいと思うこともありますが、そのような場合は洗剤のつけすぎということなので、こちらの慣れに合わせてどんどん快適になると同時に、洗剤自体の消費量も減っていきます。スポンジも洗剤も長持ちするというのは、物価高の現在、とても助かります。

「吸盤の構造や、実際にシンクに固定してタッチしたときに滑ってしまわないようにする部分は苦労しました。また、せっかくいい形を見つけても知的財産権の問題で使えなかったりと、苦労はいろいろあったのですが、丸以外にもいくつかデザインが出来上がって、第一弾としてどれがいいかと話し合いました。そのとき、やはり今までと全く違うシンボリックな形がいいだろうということで、結局、丸い形に落ち着きました。最初の印象はとても大事だと思っているんです」(今井さん)
実際にいろいろな人に見てもらったところ、丸い形が圧倒的に女性に人気だったそうです。

固形洗剤と聞くと何だか使いにくそうに思うかもしれませんが、“タッチして使う洗剤”と言われると、なるほど片手で使えて便利そうと思えます。
実際、液体洗剤をスポンジに付けるのに比べて圧倒的に速いし楽です。一方で、液体だとポンプの押し方で量を調整できるのですが、タッチだと力加減が難しく、つい付け過ぎてしまったりもします。また、タッチの仕方が悪いと、吸盤が滑って動いてしまうこともあります。そのあたりは慣れれば問題なくなるのですが、液体洗剤に比べると少し使うのにコツは必要です。
だからこそ、一度、使ってみてほしいと思うのです。今までにない体験ができると同時に、タッチして洗うという、どこかガジェットを思わせるオペレーションに、少しだけ洗い物が楽しく感じられるかもしれません。
納富 廉邦プロフィール
文房具やガジェット、革小物など小物系を中心に、さまざまな取材・執筆をこなす。『日経トレンディ』『夕刊フジ』『ITmedia NEWS』などで連載中。グッズの使いこなしや新しい視点でのモノの遊び方、選び方を伝える。All About 男のこだわりグッズガイド。(文:納富 廉邦(ライター))