「こどもでぱーと」なる施設が、東京にオープンするらしい――2024年末にそんな話を聞きました。こどもでぱーと、という名前に筆者はとても興味を持ちました。子どもに特化した施設なのだということは分かりますが、「でぱーと」とはどういうことなのでしょう。それに少子化時代の今、なぜ子どもに狙いを定めるのでしょうか。企画開発したのが不動産会社のヒューリックであると聞いて、さらに不思議に感じました。
【画像】「こどもでぱーと」の外観、施設内の教室、親向がくつろげるスタジオ(計4枚)
果たして、こどもでぱーとの狙いは何でしょうか。不動産業界の大手企業・ヒューリックがなぜ子ども向け事業に参入するのでしょうか。流通小売り・サービス業のコンサルティング約30年続けてきているムガマエ代表の岩崎剛幸がマーケティングの視点から分析していきます。
●モノは売らない 子ども向けのサービスをが集まった一大拠点
2025年4月1日、一風変わった“デパート”が東京・中野にオープンしました。
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その名も「こどもでぱーと 中野」。子ども向けのデパートなのですが、その特徴はモノを販売する百貨店でないこと。子ども向けの教育・サービスを1カ所に集めた、ワンストップ型のサービス拠点なのです。子ども向けのさまざまな教育サービスを総合的にそろえたという意味で、デパートというネーミングは非常に分かりやすいと感じました。ちなみに同日、「こどもでぱーと たまぷらーざ」もオープンしています。
施設を開発したのは、ヒューリックです。「不動産会社がなぜ?」という感じですが、実は、4年ほど前からコンセプトをあたためていたとのこと。同社の大久保立樹氏(新事業創造部 こども教育事業室 参事役)は「新規事業として子ども関係の施設開発をしようと取り組んできたプロジェクト」と話します。
同社では東京を中心に幼児教育や個別指導塾などを展開するリソー教育という会社をグループ化しています。コナミスポーツとも連携し、3社を中心に展開する共同プロジェクトが、このこどもでぱーとです。
こどもでぱーとにはいくつかの特徴があります。
(1)駅近立地で利便性が高い
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こどもでぱーと 中野はJR中野駅から徒歩3分ほどの立地にあります。複数の路線が乗り入れる中野駅から近いところに教育関連のワンストップサービスがあるというのは、小さいお子さんを持つ親としても魅力的でしょう。
教育サービス業界は「駅前・駅近立地が勝つ」といわれています。ヒューリックは不動産事業という本業の利点を生かして、首都圏に絞り、主要駅の駅前・駅近という好立地で今後も勝負していくとみられます。
(2)子ども教育に絞ることでテナントを集めやすくなる
こどもでぱーと 中野は9階建ての新築ビルで、リソー教育の展開する個別指導塾「TOMAS」、学童教育「伸芽'Sクラブ 学童」、子ども向け運動教室「コナミスポーツ ジュニアスクール」や「英会話イーオン」などがテナントとして入っています。
もともとは他社が持っていた土地をヒューリックが手に入れ、自社ビルを建てて教育関連サービスをテナントとして入れるという構造です。最近はビルが竣工してもテナントが埋まっていない新築物件を見かけることが増えましたが、同ビルは開業時点で満床。理想的なオープンを切りました。
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グループ企業や提携している企業があるという利点はあるにせよ、子ども教育に特化していることで、ビルの独自性が明確になり、出店する側も意思決定しやすくなったのでしょう。こどもでぱーとは不動産事業としての価値も作れているのです。
(3)ターゲットは子どもだけ、ではない
3月24日の内覧会時点ではまだ工事中でしたが、1階にはプロントコーポレーションが運営する親子カフェ、2階には小児科も開業予定です。9階には「こどもでぱーと Studio」というレンタルフロアもあり、曜日や時間帯に応じて異なるプログラムを提供します。この他、バレエ教室にそろばん教室、料理教室など、30社ほどの子ども教育事業者と連携し、非常に多彩なサービスを提供しているのが特徴です。
女性専用のマシンピラティススタジオや産前・産後ケアサービスなど、母親を対象としたサービスを導入しているのも特徴といえるでしょう。親子デイキャンプ、子どもの有料送迎サービスなど、各テナント利用者をつなげていくサービスも用意しています。
こどもでぱーとはこのように、子どもだけでなく、親も対象にしたワンストップサービスを提供しているのです。今までの子ども専門の教育サービス会社の発想を超えた、不動産というアセットを有する会社だからこそ実現できた施設でしょう。
●「スキ」のない教育ビルになっている
これらは次のようなマトリックスに整理できます。
この図はターゲットと展開サービスを整理して「どこを対象に」「どのような範囲で」事業を展開するかを明確化する際に使用します。こどもでぱーとのサービスを整理すると、塾を中心とした中学〜大学までの受験勉強のための教育サービス、幼稚園や小学校の受験用の教育サービス、親子や親を対象とした教育サービス、写真や地域情報、カフェなどの周辺関連サービス、そして医療サービスという事業で構成されています。
ここまでの範囲で子ども関連サービスを一貫して提供する施設は、従来なかったのではないでしょうか。もちろん世の中には、1棟まるごと学習塾や教育サービス会社しか入居していないビルも珍しくはありません。しかし、企画当初から子どもの教育に関連するテナント構成で、さらに子ども関連のサービスをバランス良く組み合わせているビルは、見たことがありません。子ども教育に関して「スキがない」ビルです。
●子どもは減るが、関連消費は増える
日本の出生数は、年々減少しています。2050年代以降に人口は1億人を下回ると見られており、特に年少人口(0〜14歳)の減少が激しく少子高齢社会は今以上に進行していくことでしょう。
その一方で子どもにかける教育費用は増大しています。ソニー生命の「子どもの教育資金に関する調査2025」によると、習い事・家庭学習・教室学習のそれぞれにかける1カ月当たりの平均支出金額は1万6172円でした。長らく右肩上がりの傾向が続いており、特に未就学児・小学生、中高生の子どもに対する教育費用は高止まりしています。
同調査では、社会人までに必要だと親が感じている教育資金も上昇傾向にあり、平均予想金額は1489万円でした。「3000万円以上」と回答した割合は前年の8.1%から11.3%に増加しています。
●教育事業は高利益?
少子化の一方で、子どもにかける教育費は増大していく。ダブルインカムで、少子化だからこそ子ども教育市場にはチャンスがある――ヒューリックはそう考え、子ども教育事業に投資をし始めたのです。
これは同社が業績好調であるからこそ実現できた事業といえるでしょう。
ヒューリックの2024年12月期は、売り上げが5916億円、当期純利益が1023億円。売り上げのほとんどを不動産事業で作っており、利益面でも存在感が大きい一方、注目なのが教育事業です。営業利益は前期比で171億円伸びており、そのうち不動産事業が159億円、ホテル・旅館事業が6億円、リソー教育の教育事業で17億円でした。ホテル・旅館事業を、グループインしたばかりの教育事業が抜いているのです。同社が子ども教育事業に対して投資をしていこうと考えている最大の理由はここでしょう。
●新たなヒューリックの柱になりそう
不動産事業による好立地物件の確保とともに、それを有効活用できるコンテンツとして教育事業を据え、子育て世帯のニーズに応えていく。これが結果的に事業ポートフォリオの入れ替えや、事業の安定成長にもつながっていくとヒューリックは考えているのです。
ヒューリックは今後の新規事業戦略でも「成長戦略投資」として教育事業の柱となるこどもでぱーと事業を強化していくとみられます。すでに都内の渋谷や本八幡での開発が決定しており、他にも数件が進行中です。教育関連企業のM&Aや事業提携も増やしていこうとしています。
こどもでぱーとは、2029年までに首都圏で20棟程度の展開を計画しているとのことで、同社の柱となる新規事業としての可能性を秘めています。「誰でも登園制度」や「高校無償化」など、政府もさまざまな子育て支援策を打ち出し始めています。日本の将来を考える上でも、同社のような新たな切り口の子ども教育事業やサービスが広がっていくことを期待したいと思います。
(岩崎 剛幸)
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