
先日、女性タレントが看護師を蹴るなどしてケガをさせ、逮捕された事件が記憶に新しいが、ある調査では暴力やハラスメントを受けた看護師は約2割にも上るという。医療従事者に話を聞くと、想像以上にとんでもない実態が!
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■殴られても労災申請しない
医療現場でのカスタマーハラスメント(カスハラ)は深刻だ。HCU(高度治療室)で勤務する7年目の女性看護師Aさん(27歳)がため息交じりにこう語る。
「殴られたり噛まれたり、爪で引っかかれたりするのはザラです。蹴ってくる患者を逮捕できるなら、うちでは逮捕者が続出しているはず。暴力を振るわれたら労災保険が下りるのですが、書類を書くのが面倒ですし、キリがないので私はこれまで申請したことすらありません」
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そんなある日、急性アルコール中毒の40代男性がAさんの病棟に運ばれた。ところが処置を施そうとすると暴れ、点滴チューブを引き抜き、心電図モニターを外して脱走しようとしたという。
その日は女性の看護師しかいなかったため、すぐさま別病棟にヘルプを要請。結局、20代の男性看護師を含めた4人がかりでなんとか取り押さえたが、男性看護師のユニフォームはビリビリに破かれ、顔から流血していたという。
彼はさすがに労災を申請したそうだが、「病棟から脱走しようとする患者は後を絶たない」とAさんは嘆息する。
また、セクハラも日常茶飯事だ。
「看護師が採血する際、患者の手が胸に当たりやすいんです。ボケたふりして触ろうとするくらいならかわいいもので、揉んで『まあ、大したことねぇな』と言ってきたこともありました。それから『彼氏はいるのか? 27歳だったら子供を産まなきゃダメだろう』と説教してきたことも。
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この手のセクハラはだいたい70代、80代の男性ですね。最初は傷つきましたが、今は『内緒でーす』などと適当にあしらっています」
複数の医療従事者から挙がったのが「業務の妨害」。先のAさんの病院には、やたらと入院したがる患者がいた。
「20代の女性患者だったんですが、歩けないふりや倒れたふりをして、急に動かなくなるんです。様子を見れば明らかに詐病だとわかるんですが、私たちは医療従事者ですから、念のため検査をしなければなりません。
急に倒れる病気というと脳出血やくも膜下出血、不整脈などの可能性もありますから、こうした重病の可能性をひとつずつ否定するために、心電図や採血、点滴などを行なう羽目になります」
その検査には毎回、2時間ほどの時間を要したという。
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「忙しいときにされるので、ほかの患者に影響が出てしまいました。どうやら彼女はある男性医師ととにかく話をしたくてこうした行為を繰り返していたようなのですが、再三にわたって注意したのに迷惑行為を繰り返したので、うちの病院では今後救急搬送を受け入れないという書面を作成し、署名してもらいました」
■「おいクソメガネ、殺すぞ」
続いては、内科医Bさん(50代男性)の事例。大学病院に勤務していたが、2019年に念願のクリニックを開業。その途端、コロナ禍に。20年の緊急事態宣言下、発熱外来とPCR検査を開始したが、そこでトラブルに見舞われたという。
「23年5月、50代男性の患者から『コロナ検査の結果を陰性に変えろ』と要求されました。事情を詳しく聞くと、近日中に自身が役員を務める会社の大切な会議を控えており、会社の指示で検査を受けたそうなのですが、陽性判定が出ると会議に出られなくなるから困る、と言うんです。
もちろんお断りしたんですが、どうしても譲らず、『要求に応じないなら診療費は払わないし、周りにコロナをうつしてやる!』と受付前で4時間も居座った。通報したのですが、民事不介入を理由に警察は帰ってしまいました」
その後、威力業務妨害で被害届を出し、先方は有罪となったが、病院のセキュリティを強化したそうだ。
診療放射線技師のCさん(20代男性)も、威圧的な態度に悩まされた経験を持つひとりだ。
「夜勤中に5、6歳の女児のエックス線撮影を担当しました。患者誤認を防ぐために保護者に生年月日を聞くのがルーティンなのですが、立ち会っていた父親は『知らん、そんなもん』とにべもない。よく見ると二の腕からは入れ墨が見え、ただ者ではない雰囲気を放っていました。
取りあえず検査を進めようと女児に『すごく腫れてるね、痛かったね』と声をかけ、腫れたすねを触った瞬間、女児が『痛いいいい!』と叫んだんです。すぐさま父親に『おいクソメガネ、乱暴すんな! 殺すぞ』と脅され、肝が冷えました」
このように患者ではなく、同行者とトラブルになるケースも多々ある。医療ソーシャルワーカー(医療機関で患者や家族の経済的・心理的・社会的な問題の相談に乗り、支援を行なう専門職)のDさん(50代女性)が勤める病院では、アルコール依存症患者への対応が課題だ。
「夫が依存症患者の場合、妻が過保護だったりして、依存症を助長させる人が多いんです。そのため2週間もたつと患者が退院を要求してきて、それに同調して妻も『退院させろ』と文句を言ってくることが多々あります。
また、患者自身が薬の副作用である勃起不全を嫌がって、退院を求めるケースが実は多い。これまた本人だけでなく家族も治療を拒むため、困っています」
最後に、薬剤師Eさん(40代男性)の話。
「高齢者には処方された薬をお土産のようにとらえる人が一定数いて、処方薬が少ないと『なんでこんなに少ないんだ!』と怒鳴られることがあります。医師の処方なのに僕に文句を言うのも理不尽なのですが、医師に確認すると『薬剤師のくせに偉そうだ』と怒られる。患者と医師との板挟みで、薬剤師の立場は弱いですね」
某芸能人の一件は、氷山の一角でしかないのだ。
取材・文/田口ゆう イラスト/服部元信