Switch2登場で「レガシーIP戦略」はどう変わる? 任天堂IPのマーケ戦略の裏側

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2025年04月29日 07:21  ITmedia ビジネスオンライン

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任天堂のSwitch2(出典:任天堂の公式Webサイト)

 ゲーム業界のみならず、エンターテインメント業界全体が固唾(かたず)を飲んで見守る、任天堂の次世代ゲーム機、通称「Switch2」の動向。現行機Nintendo Switchが驚異的な成功を収めた後だけに、その後継機がどのような姿で現れ、そして任天堂がどのような戦略を描いているのか、注目が集まるのは当然のことだ。


【画像5枚】往年のファンを唸らせる懐かしのゲームタイトル


 特に興味深いのは、Switch2の登場に合わせて、任天堂が過去の膨大なIP(知的財産)資産をどのように活用しようとしているかという点である。報道によれば、任天堂は本体だけでなく、関連会社のリソースまで動員し、過去タイトルの動作検証に力を入れているという。すでに「リズム天国」や「トモダチコレクション」といった、DSやWii U世代で人気を博したIPの復活がうわさされており、ファンの期待は高まる一方だ。


 この任天堂の「レガシーIP戦略」とも呼べる動きを、マーケティングの視点から深掘りしてみたところ、単なる過去作の移植やリメイクにとどまらない、任天堂ならではの緻密な戦略が見えてきた。


●マリオやゼルダ、どう森にポケモン……“育てるブランド”としての強さ


 任天堂の最大の強みは、マリオやゼルダの伝説、どうぶつの森やポケットモンスターといった、世界的に認知され、世代を超えて愛される強力なIPを多数保有している点にある。これらのIPは、単なるゲームキャラクターやタイトルにとどまらず、強力な「ブランド」として確立されている。


 マーケティングにおける「ブランドエクイティ(ブランド資産価値)」の観点から見ると、任天堂IPは極めて高い価値を持つ。長年にわたり、一貫した世界観やキャラクター性を保ちながらも、時代の変化や技術の進化に合わせてゲーム体験をアップデートし続けることで、ファンとの間に強い信頼関係と感情的なつながりを築き上げてきた。


 例えば、スーパーマリオシリーズは、基本的なアクションゲームとしてのおもしろさを核としながら、2Dから3Dへ、そしてオープンワールドへと、常に新しい遊びを提供し続けてきた。しかし、マリオやルイージ、ピーチ姫といった主要キャラクターの個性や関係性は、驚くほどブレがない。この「一貫性」と「革新性」のバランスこそが、ブランドとしての寿命を延ばし、新たなファンを獲得し続ける秘訣(ひけつ)なのである。


 同様に、「ゼルダの伝説」は、シリーズごとにゲームシステムやアートスタイルを大胆に変えながらも、勇気・知恵・力といったテーマ性や、探索と謎解きのおもしろさという本質は守り続けている。「どうぶつの森」は、スローライフという独自の体験を提供し、現実の時間と連動することで、プレイヤーの生活の一部となるような深い関係性を構築した。


 これらのIPは、いわば「育てるブランド」である。一度リリースして終わりではなく、続編やスピンオフ、リメイクや関連グッズ、テーマパークや映画など、多角的な展開を通じて、ブランドの世界観を広げ、ファンとの接点を増やし、ブランド価値を継続的に高めているのだ。この長期的な視点に立ったブランド育成こそが、任天堂の揺るぎない競争優位性の源泉となっている。


●ハード移行にともなうIP展開のアップデート、ファン層の世代交代戦略


 そして今、Switch2という新たなハードウェアへの移行期において、任天堂はこの強力なIP資産を最大限に活用しようとしている。その鍵となるのが、「レガシーIP」の戦略的な再投入である。


 「リズム天国」や「トモダチコレクション」といったタイトルは、主にニンテンドーDSやWii Uで人気を博した。これらのハードの主要ユーザー層は、現在30代から40代、まさにITmedia ビジネスオンラインの読者層とも重なる。彼らにとって、これらのタイトルは青春時代の懐かしい思い出と結びついている可能性が高い。


 任天堂がこれらのIPをSwitch2で復活させる狙いは、まずこの「ノスタルジー」に訴求することにあるだろう。かつて夢中になったゲームが、最新のハードで、より美しく、より快適に遊べるようになる。これは、休眠していたファンを呼び覚まし、Switch2購入の強力な動機付けとなり得る。


 しかし、任天堂の戦略は単なる懐古趣味にとどまらない。そこには、巧妙な「ファン層の世代交代」戦略が織り込まれている。


 30代〜40代の親世代が、自分が若い頃に楽しんだ「リズム天国」や「トモダチコレクション」を、今度は自分の子供と一緒にSwitch2でプレイする。このような「世代を超えた共体験」は、任天堂が長年得意としてきたものだ。親が子供にゲームの遊び方を教え、一緒に笑い、時には競い合う。このプロセスを通じて、子供たちは自然と任天堂IPに親しみを持ち、新たなファンとなる。つまり、レガシーIPは、親世代から子世代へとブランドのバトンをつなぐための、重要な媒介役を果たすのである。


 これは、マーケティングにおける「ファミリーライフサイクル」の考え方にも通じる。就職や結婚、出産などといった消費者のライフステージの変化によって、ブランドとの関わり方も変化する。任天堂は、かつての若者ゲーマーが親世代になったタイミングで、彼らが慣れ親しんだIPを「親子で楽しめる」形で再提供することで、ブランドとの関係性を再構築し、次世代へとつないでいこうとしているのだ。


●「ノスタルジー」×「最新体験」を両立させる手法とは?


 レガシーIPを復活させる上で重要なのは、「ノスタルジー」を喚起しつつも、単なる過去の焼き直しではなく、「最新体験」として魅力的なものにアップデートすることだ。過去作のファンを満足させるだけでなく、現代のゲームに慣れ親しんだ新規ユーザーも引きつけなければならない。


 これを実現するために、任天堂はいくつかの手法を用いると考えられる。例えば以下のようなものだ。


 グラフィックとパフォーマンスの向上


 Switch2の性能向上を生かし、解像度やフレームレートを向上させる。キャラクターモデルや背景を現代的なクオリティで作り直すことで、視覚的な魅力を高める。


 操作性の最適化


 Switch2の新しいコントローラーや機能に合わせて、操作方法を改善・最適化する。過去作の良さを残しつつも、より直感的で快適なプレイフィールを実現する。


 新コンテンツや新機能の追加


 単なる移植にとどまらず、新たなステージやキャラクター、モードやアイテムなどを追加する。オンライン対戦や協力プレイといった、現代的なゲームに不可欠な要素を導入することも考えられる。


 QoL(Quality of Life)の向上


 セーブ機能の改善やチュートリアルの充実、ロード時間の短縮など、プレイをより快適にするための細やかな改善を施す。


 これらのアップデートを通じて、レガシーIPは「懐かしいけど新しい」体験へと昇華される。過去のファンにとっては、思い出が美化された形でよみがえり、新規ユーザーにとっては、現代的なゲームとして十分に楽しめるクオリティが提供される。この絶妙なバランス感覚こそ、任天堂のIP活用術の真骨頂だろう。


●業界の再定義とプラットフォーム戦略という任天堂の野望


 Switch2時代の任天堂の戦略を読み解く上で、もう一つ見逃せないのが、その「戦いの土俵」を広げようとしている可能性である。


 近年任天堂は、従来あまり見られなかった動きを見せている。その一つが、PlayStationプラットフォームで人気を博したタイトルのSwitchへの移植だ。かつて、任天堂のWiiやDSは、直感的で簡単な操作や家族や仲間とのだんらんといったポジショニングで、PlayStationの高度な操作でのやり込みや美しいグラフィックによる没入感といったコアゲーマー向け路線とは明確なすみ分けを図っていた。


 しかし、近年では「NieR:Automata」のような、従来であればPlayStationやゲーミングPCが主戦場であったような、ハイクオリティなグラフィックとコアなゲーム性を持つタイトルまでもがSwitchに移植されている。これは、任天堂がターゲットとするユーザー層を、従来のファミリー層やライト層から、より幅広いゲーマー層へと拡大しようとしている表れと解釈できる。


 この動きを、経営戦略論の大家であるマイケル・ポーターの「ファイブフォース分析」の視点から捉え直してみたい。ポーターは、業界の収益性を規定する、業界内の競争、新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力という5つの競争要因を分析することの重要性を説いた。


 任天堂は、長らく「業界内の競争」において、独自のポジショニングと強力なIPによって優位性を保ってきた。しかし、スマートフォンゲームの台頭や、動画配信サービスなどのエンターテインメントとの可処分時間の奪い合いといった「代替品の脅威」は増大している。また、PCゲームプラットフォームのSteamや、クラウドゲーミングといった新たな潮流は、「新規参入の脅威」ともなり得る。


 こうした状況を踏まえ、任天堂は自社の「業界定義」、つまり戦うべき市場の範囲を、従来の「家庭用ゲーム機業界」から、より広範な「エンターテインメント・プラットフォーム業界」、あるいは「ゲーム&コミュニケーション業界」へと再定義しようとしているのではないだろうか。


 その布石と考えられるのが、SwitchにDiscord連携機能が実装されるといったうわさである。Discordは、ゲーマーを中心に広く利用されているコミュニケーションツールだ。もしこれが実現すれば、Switchは単にゲームをプレイするだけのデバイスではなく、ゲーム仲間とつながり、コミュニケーションを楽しむためのハブとしての役割を強化することになる。これは、ゲーム体験を、プレイそのものだけでなく、それを取り巻くコミュニティやつながりまで含めた、より包括的なものとして捉える戦略と言える。


 つまり、任天堂はSwitch2を通じて、ハードウェアとソフトウェア(自社IP+サードパーティタイトル)、そしてコミュニケーション機能を統合した、独自の強力なエコシステムを構築しようとしている可能性がある。これは、単にゲーム機を売るのではなく、「任天堂プラットフォーム」という体験そのものを提供するという、より高次元な戦略である。


●Switch2で描く任天堂の未来


 任天堂がSwitch2に向けて進めているレガシーIP戦略は、単なる過去資産の有効活用にとどまらない、極めて計算されたマーケティング戦略である。それは、ブランドエクイティの維持・向上、ノスタルジー喚起による既存ファンへの訴求、世代交代による新規ファン獲得、そして「ノスタルジー」と「最新体験」の両立によるIP価値の最大化を同時に狙うものだ。


 さらに、PlayStationタイトルの移植やコミュニケーション機能の強化といった動きは、任天堂が自らの戦う土俵を再定義し、ゲームという枠を超えたエンターテインメント・プラットフォームとしての地位を確立しようとしている野心さえ感じさせる。


 もちろん、これらの戦略が全て成功するかどうかは未知数である。しかし、常にユーザーに驚きと新しい楽しみを提供してきた任天堂。Switch2とその周辺戦略においても、われわれの想像を超えるような一手を用意している可能性は高い。


 「故きを温ねて新しきを知る」――任天堂は、まさにこの言葉を体現するかのように、大切に育て上げてきたIPという名の「故き」を温め、Switch2という「新しき」舞台で、再び世界中の人々を熱狂させる準備を着々と進めている。その動向から、今後も目が離せそうにない。


●著者プロフィール:金森努(かなもり・つとむ)


有限会社金森マーケティング事務所 マーケティングコンサルタント・講師


金沢工業大学KIT虎ノ門大学院、グロービス経営大学院大学の客員准教授を歴任。


2005年より青山学院大学経済学部非常勤講師。



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