星野リゾート、オーバーツーリズム解消狙う「山ホテル」とは? 「宿泊税」の是非にも代表が一言

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2025年04月30日 12:30  ITmedia ビジネスオンライン

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新ブランドについて発表した星野リゾート

 「星野リゾート LIVE2025春」オンラインプレス発表会が4月22日に開催された。新施設の開業など多くの情報が発表されたが、筆者はその中から、新ブランドの山ホテル「LUCY」、宿泊税導入の是非、事業拡大にともなう人材採用という3つのトピックに着目し、分析を加えてみることにする。


【画像を見る】多くの施設を展開する星野リゾートだが、不安も


●新ブランドは「山ホテル」


 現在の日本の観光における最大の問題点は、一部の観光地で発生しているオーバーツーリズムであろう。2024年のインバウンドは前年比47.1%増の約3687万人と過去最高を記録した。主要観光地へ足を運ぶと、とにかく人・人・人という状況である。


 オーバーツーリズムを引き起こしている原因は何かといえば、(1)長期的な円安基調という経済的要因、(2)ゴールデンウイークなどの連休を国民全体が同時に取得するという制度的な問題、(3)一部の都市や主要観光地に観光客が集中し、地方回遊が進んでいないこと(観光地間のインバウンド訪問率の格差)などが挙げられる。


 (3)に関しては、インバウンド宿泊数の実に約70%を東京都、大阪府、京都府など上位5つの都道府県だけで占めており、過度な集中状態が発生している。これへの対応として、これまでもさまざまなことが言われてきたが、具体的・実効的な対策が打てずにいるのが実態だ。


 その解決のヒントとして興味深いのが、今回、星野リゾートが発表した新しいサブブランド、山ホテル「LUCY(ルーシー)」である。現在、日本には361の山小屋(星野リゾート公表)があるというが、どうしても登山上級者・中級者向けのイメージがあり、初心者が利用するにはややハードルが高い。


 そこで、本格的な登山を楽しまずとも、観光としてもっと気軽に山を訪れたい層の需要を掘り起こすという狙いが、この新ブランドにある。


 「LUCY」の施設の具体的な内容を見ると、プライベートな寝室、清潔な温水洗浄トイレ、シャワー・パウダールームなどが完備され、食事も充実している。また山登りやハイキングに出掛けると、食糧・飲料水を確保しておく必要から、目的地までの「ラスト(最後の)コンビニ」を気に掛ける必要がある。「LUCY」はこのラストコンビニの役割も果たすという。第1号となる施設は9月1日、尾瀬に開業する予定だ。


 この取り組みには、都市部に集中している観光客に対して自然観光や地方回遊を促す効果が期待される。もちろん、「LUCY」だけでは効果は限定的だろうが、「苦しい」「トイレが汚い」といった山の観光に対するイメージの変化が期待される点で興味深く、今後の動向が注目される。


●宿泊税には賛成? 反対?


 近年、観光振興の財源確保の見地から各地で導入の検討が進められているのが、宿泊税だ。既に東京都、大阪府、京都市、福岡市、金沢市などの都市や北海道のニセコ町などで導入されており、4月からは静岡県熱海市でも開始された。熱海市では市内の宿泊施設に宿泊する場合、1人当たり1泊200円の宿泊税が徴収される。この宿泊税について、SNS上では賛否の声があふれている。


 プレス発表会では、宿泊税について星野佳路代表が興味深い意見を述べていた。以下、要約して紹介する。


 宿泊税の導入は条件つきで賛成。しかし、現状のままでは反対だ。宿泊税を導入すると消費者の負担額を増やすことになるため、必ず需要は落ちる。その需要を戻すには値段を下げるしかなく、結局、宿泊税分を加算した上で現在と同じ値段に落ち着くことになる。


 では、この差額(宿泊税分)を最終的に誰が負担するのかといえば、観光客ではなく、ホテルなど観光地の事業者ということになる。


 それでも事業者が宿泊税に賛成する意味は何かといえば、徴収したお金を観光振興に効果的・戦略的に投資してもらえることにある。だが、いまの日本の観光地は自治体にしてもDMO(観光地域づくり法人)にしても、そのような体制になっていないのが実態だ。


 では、どうすべきかといえば、まず観光地経営の視点から、これまでの観光協会や温泉組合の延長ではなく、海外の成功しているDMOのように、プロの経営者をつれてきて経営に当たらせるべきだ。さらに宿泊税は自分たちが負担していると認識し、どう使われているかをきちんと監視していくことも大事になる。


 それから宿泊税は、徴収額が自治体によってさまざまになっている。東京都では宿泊料に応じて100円か200円、京都市は最大1000円、ニセコ町は最大2000円としている。また、北海道の倶知安町のように定率2%という定率制を導入している自治体もある。


 このように全国でルールがバラバラになっていると、宿泊税はホテルなどの事業者が宿泊者から税金分を預かり申告するため、煩雑で手間が増える。観光産業はただでさえ生産性が低いといわれているが、さらに生産性を落とすことにもなりかねない。できるだけシンプルな仕組みにしたほうがいい。


 以上の星野氏の指摘はもっともだと思うが、宿泊税の導入が本当にインバウンドに対して需要減の影響があるのかという点は疑問である。


 現在の円安基調からすれば、インバウンドから見ると日本の多くの宿泊施設の価格はリーズナブルに映る。仮に多めに宿泊税を徴収したとしても、彼らにとって大きな抵抗はなく、地元の負担増につながるとは思えない。さらに、より高額な宿泊税をオーバーツーリズム対策として徴収し、戦略的に使うことも考えていいのではないか。


 一方で、日本人は宿泊税の課税対象外もしくは低額(低率)にすれば問題ないのではないか。この「二重の価格設定」について星野代表は「国籍や人種によって、同じサービスなのに価格差が出るのはどうなのか」(「賢者の選択 サクセッション」2024年7月26日)と発言し、慎重に判断すべきとの姿勢を示している。


 国籍というとたしかに微妙な問題をはらむが、例えば日本に居住しているか否かで課税額を変えても、それが差別になるとは思えない。なお、ニュージーランドなどのように外国人旅行者に対し、環境保護を目的とする比較的高額な国際観光税(IVL)を課す国もある。


●急激な事業拡大、大丈夫か?


 最後にもう1つ、これはやや余計なお世話かもしれないが、あえて書く。星野リゾートは2025年から26年の春にかけて7つの施設を新規オープンさせるといい、これに伴い、昨年に続いて今春も約700人を新卒採用したという。だが、この話を聞くと「本当に大丈夫なの?」と思ってしまう。


 もちろん星野ゾートクラスの企業であれば、優秀な人材を確保できているのであろうが、これまでも星野リゾートのスタッフは「若い人が多すぎる」という指摘があった。若いことが悪いわけではないが、本当にサービスレベルを保てるのだろうか。


 例えば星野リゾートの施設では、その土地の伝統工芸、芸能、食などにコミットしたコンテンツを提供しているが、伝統や歴史の部分の掘り下げ方が足りていないものも見受けられる。これはスタッフが若い世代に偏っていることに起因する部分もあるのではないかと、以前星野代表に尋ねたことがあるが、「施設によって、コンテンツの出来栄えに差が生じているのはあるかもしれないが、うまくいっている施設もあることから、スタッフの年齢によるものではないのではないか」との返答だった。だが筆者は、やはり影響があるように思えてならない。


 それに若い人が大量に入ってくれば、育成する中堅・ベテランスタッフへの負荷も相当なものになるだろう。星野リゾートの業容拡大は、コロナ禍で経営が行き詰まった事業者の身元引き受け・再生という面も大きいのだろうが、あまりに急激な拡大でつまずかないことを願いたい。


●筆者プロフィール:森川 天喜(もりかわ あき)


旅行・鉄道作家、ジャーナリスト。


現在、神奈川県観光協会理事、日本ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を雑誌、オンライン問わず寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『湘南モノレール50年の軌跡』(2023年5月 神奈川新聞社刊)、『かながわ鉄道廃線紀行』(2024年10月 神奈川新聞社刊)など。



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