『こどもせいきょういくはじめます』©フクチマミ、村瀬幸浩、北山ひと美/KADOKAWA 家庭での性教育をわかりやすく、そして本質的に伝える書籍『おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方』(KADOKAWA)。2020年の出版以来、ジェンダーや人権、他者との関わりから妊娠・出産までを包括的に解説した内容が話題となり、シリーズ累計発行部数30万部を超えるヒット作となっています。そして今年3月、シリーズ第3弾となる『こどもせいきょういくはじめます』が発売されました。
著者のフクチマミさんのもとには、「子どもに性教育をするのが難しい」と感じる親たちの悩みが多く寄せられているといいます。親世代の背景にある思いを、フクチマミさんに聞きました。
◆女性を性的に消費する表現を、目にして育った私たち
──おうち性教育シリーズをこれまで出してきて、読者の方から多く届いた声などはありますか?
フクチマミさん(以下、フクチ)「『自分が子どもの頃にこの本に書かれていることを知りたかった』という親御さんからの声が多かったですね。私たち親世代はきちんとした性教育を受けてこなかったので、いざ子どもに性教育を教えようとしても、どうしていいのかわからないという気持ちがあります。
今もそうですが、私たちが子どもの頃は、女性を雑に扱うような、女性を性的に消費する表現が公共の場にたくさん出回っていたと思います。それで、無意識のうちに性について抵抗を感じたまま大人になった人も多いのではないでしょうか。性について学ぶ機会もなかったので、余計に拒否感を持ってしまっている状態だと思います」
◆性は「不潔」で「いやらしい」もの?
──昔は、メディアや街中のいたるところに性的なものがあふれていたので、知らないうちに嫌悪感を抱く気持ちもわかります。
フクチ「読者からの声の中には『以前は、自分の性欲をすごく汚らしいこととか恥ずかしいことだって思っていた。でも、この本を読んで、女性も性欲は当たり前にあることだと知って、自分は汚くなかったし、後ろめたいことをしているわけではなかったんだと知りました』という感想もありました。
女性にも当然性欲ってありますよね。でも、それが正しいものなのかわからなくて、『自分のことを不潔だと思っていた』という声も届きます。性的なコンテンツに触れて、そのような気持ちになることは私もよく理解できます」
◆自慰行為は「自分の体を知るうえで大事なこと」
──フクチさんは、自分を不潔だと思ってしまう気持ちをどのように解消されたのでしょうか。
フクチ「私の場合、『おうち性教育はじめます』の共著者であり、長年性教育に携わってきた教育家の村瀬幸浩先生の講演会でお話を聞いて、意識が変わりました。
例えば、セルフプレジャー(自慰行為)の話になったときのことです。私はそれまでセルフプレジャーをするのは悪いことで、女性は特にしてはいけないものだと思っていたのですが、村瀬先生が『別に悪いことじゃない』『自分の体を触って心地良いかどうかを確認するのは大事なこと』『セルフケアとしてもいいこと』『する人もいるし、しない人もいる』という文脈で語ってらっしゃったんです。
それまで女性の性欲やセルフプレジャーを悪いこと・汚いことと感じていた私の中の意識が、大きく変わりました。『自分の体を知るうえで大事なこと』として捉えていいんだという、新しい気づきでした」
◆「こんなこと子どもに教えて大丈夫?」不安の正体は
──無意識のうちに、自分に嫌悪感を抱いている場合もありますよね。
フクチ「性に対して強い抵抗感を持っていると、『こんなことを子どもに教えて大丈夫なんだろうか』とか『親たちもこんなことをしたんだと思われたらどうしよう』という不安が強くなると思うんです。
その不安を紐解いていくと、親自身が幼い頃にアダルトコンテンツに触れて汚いと思った気持ちや、身近な人が持っているのを見てしまって、傷ついた経験などがあるのではないでしょうか。そういった経験から、自分や自分の親、大人のことを汚らしいと思ってしまった方もいると思います」
◆支配の「性」と、生きるために必要な「性」
──思春期にアダルトコンテンツに触れて、「親もこんなことをしているのか」と不信感を抱いた経験がある方はたしかにいると思います。
フクチ「性を語る時に、どうしても身近にあふれているAVやアダルトコミックがイメージされてしまいますが、そういったものは対等ではない『支配の性』、性暴力を描いたものが大多数なんですよね。
本書の帯にも書かせてもらいましたが、性教育って自分と周りの人を大切にすることを学ぶことなんです。自分と他者を大事にするために、体の仕組みや、人との距離、「何が性暴力であるか」も学ぶんです。だから、アダルトコンテンツで傷ついた過去がある方には、そこで描かれている『性』と、私たちが性教育で伝えようとしている『性』は違うものなんだよって伝えたいです」
◆子どもに手渡すのが心配であれば、先に一度読んでみて
──生理の授業を男女別にするなど、性は隠すべきものとして育ってきた世代でもあるので、嫌悪感が拭えないままいる方も多いのではないでしょうか。
フクチ「アダルトコンテンツや、誰かからの言動で傷ついたり怖くなったり、性を不潔なものだと思った経験がある方は、それを子どもに繰り返させたくないという親心から、性教育を受けさせたくないという気持ちに繋がっているのではないかと感じています。
でも、そんな方にこそ、この本のメッセージを信じて安心してほしいなと思います。この本で描いた『性教育』は、自分と他者を大切にするためのものです。そして本に書かれている性教育の内容は、取材した和光小学校で17年間実践されてきたものでもあります。
親自身も一度読んでみてほしいです。そしてそれが、その方の傷を癒すきっかけになればとも思います」
◆まずは親御さんたちの気持ちをほぐしたい
──お子さんに性教育をする中で、親御さん自身の認識も変わるといいですね。
フクチ「実際に親御さんが、お子さんに勇気を振り絞ってこの本を渡したというお話を聞きました。渡すときは、『性教育の話をしたら親である自分が汚いと思われるんじゃないか』と不安だったけれど、実際に渡したら『おもしろくてわかりやすかったよ』と、子どもがいつもと変わらない様子でいて安心したそうです」
──素敵なお話ですね。
フクチ「すごくうれしい声でした。お子さんへの性教育はもちろんですが、まずは親御さんが今まで抱えてきた『性』に対する気持ちをほぐせたらと思っています。自分を大切にすること、相手を大切にすることを大人も子どもも学べる内容になっています」
========
こんなことまで子どもに教えて大丈夫なのか? 親が抱える性教育の不安の中には、お話にあったように、アダルトコンテンツを目にして無意識のうちに傷ついた過去があるのかもしれません。
支配する性を表現するアダルトコンテンツと、生きることを伝える性教育は全く別の物。だからこそ、心配しないで子どもたちに性教育をしてもいいとフクチさんは言います。性教育は自分と他者を大切にするために学ぶもの、という本質に触れて気持ちを癒すためにも、大人こそ本書を手にとる必要があるのかもしれません。
【フクチマミ】
1980年生まれ。マンガイラストレーター。「わかりにくいものを、わかりやすく」をモットーに、日常生活で感じる難しいことを取材し紐解いて伝えるコミックエッセイを多数刊行。『マンガで読む 妊娠・出産の予習BOOK』(大和書房)、『マンガで読む 育児のお悩み解決BOOK』(主婦の友社)、『おうち性教育はじめます』、『おうち性教育はじめます 思春期と家族編』(ともにKADOKAWA、村瀬 幸浩 共著)、『こどもせいきょういくはじめます』(KADOKAWA、村瀬 幸浩 北山 ひと美 共著)など著書多数。
<取材・文/瀧戸詠未 漫画/フクチマミ>
【瀧戸詠未】
大手教育系会社、出版社勤務を経てフリーランスライターに。教育系・エンタメ系の記事を中心に取材記事を執筆。X:@YlujuzJvzsLUwkB