東芝エネルギーシステムズが2019年から提供している「TOSHIBA SPINEX(スパインエックス) for Energy」。エネルギー関連の課題を、顧客との共創によって解決するデジタルサービスで、東芝が100年以上にわたり蓄積してきたエネルギーインフラの知見と、DXを融合させたものだ。
TOSHIBA SPINEXは、東芝が2016年11月から提供しているIoTアーキテクチャで、製造業や物流、社会インフラなどさまざまな分野で展開している。こうした中で、エネルギー分野で重点的に提供しているサービスが、TOSHIBA SPINEX for Energyだ。
同様のブランド施策は、日立製作所のLumada(ルマーダ)やNECのBluStellar(ブルーステラ)などがある。TOSHIBA SPINEX for Energyの特徴は、エネルギー関連機器などハードウェア面のDXを対象にしている点だ。日立のLumadaも、工場や発電所などのOT(制御・運用技術)を対象にしていて、東芝の場合はそこにさらに特化している特徴がある。
TOSHIBA SPINEX for Energyとはどのような基盤モデルなのか。東芝エネルギーシステムズでデジタリゼーション技師長を務める武田保さんに聞いた。
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●TOSHIBA SPINEX for Energyの機能分類とは?
TOSHIBA SPINEX for Energyの特徴は、単なるITソリューションではなく、東芝が培ってきたエンジニアリング力を生かしている点だ。これまで東芝はタービンや変圧器など、電力インフラに欠かせないハードウェア製品を提供してきた。その技術力を基盤に、デジタル技術を組み合わせることで、他社にはない独自性のあるサービスを実現している。
武田技師長は、「われわれはハードウェアとソフトウェアの両方に強みを持つため、物理的な製品と、デジタル技術を組み合わせた課題解決方法で差別化を図っている」と語る。
TOSHIBA SPINEX for Energyは「集中監視」「運用・保守(O&M)支援」「予測・最適化」という、大きく3つの機能に分類し、それぞれがエネルギー業界特有の課題に対応している。例えば集中監視では、発電所や工場など複数拠点のデータを集約し、一元管理することで効率的に運用できるようにした。
O&M支援では設備の故障予兆の検知や、点検業務のデジタル化によって運用効率を向上させる。さらに予測・最適化ではAIやモデル化技術を活用し、発電量やエネルギー需要の予測から最適な運用計画を提案するという。
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顧客のターゲットは、数こそ限られるものの一件ごとの規模が大きい電力会社、増加している再生可能エネルギー事業者や自家発電設備を持つ工場などがある。それぞれの状況に合わせて、メンテナンスなど独自性のあるサービスを提供していくという。
TOSHIBA SPINEX for Energyは、多くの具体的なユースケースでその価値を発揮している。例えば火力発電所向けには故障予兆検知や性能評価システムを提供していて、これによって稼働率向上や燃料費削減を可能にした。また太陽光発電所向けには、複数拠点の稼働状況を集中監視するクラウドサービスがあり、効率的な管理業務を実現している。
さらにAIによる予測技術を活用しており、水力発電所ではダム流入量予測と連動した最適運用計画を立案しているという。このようなデータ駆動型の運用改善はカーボンニュートラルへの貢献にも直結している。
TOSHIBA SPINEX for Energyのもう一つの重要な側面は、顧客との共創によって課題解決を進めていく姿勢だ。この点は、他社のDXブランド施策とも共通している。武田技師長は、「われわれは単なるソリューション提供者ではなく、顧客とともに課題解決に取り組むパートナー」と話し、その姿勢がサービス全体に表れていると感じた。
このような共創型アプローチと東芝独自の技術力によって、TOSHIBA SPINEX for Energyはエネルギー分野で、DXとGX(グリーン・トランスフォーメーション)の旗振り役として展開している。エネルギー分野に特化した取り組みは、業界内でも、他社のDXブランドと比べても異色だ。
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●TOSHIBA SPINEX for Energyの5つの強み
武田技師長は、TOSHIBA SPINEX for Energyの強みを5つ挙げる。1つめが、エネルギー業界で頻繁に発生するユースケースに対応するため、多数の標準サービスとソフトウェア部品をそろえている点だ。例えば、巡視点検や作業管理、予測診断などの業務を支援するためのツール群をパッケージ化していて、これらを顧客ニーズに応じて組み合わせられるようにした。
2つめの特徴として、東芝IoTリファレンスアーキテクチャー(TIRA:Toshiba IoT Reference Architecture)にのっとり、他システムとの連携性が高い点を挙げる。既存のシステムとの統合を容易にするため、150種類以上の公開APIを提供していて、これによって顧客環境における効率的なデータ連携を実現した。武田技師長は「API連携によって既存システムとの統合がスムーズになり、導入時の障壁を取り除く」と語る。
3つめが、旧来のオンプレミス型に加え、SaaSによるクラウド型も2024年2月から提供しており、顧客の社内事情やセキュリティ要件に応じて環境を構築できる点だ。この柔軟性によって、顧客は社内状況に応じた最適な環境を選択できる。これにより、小規模な工場から大規模な発電所まで幅広い用途で利用できるようにした。
4つめが、エンジニアがプログラミング言語を高度に習得しなくても、アプリケーションやサービスを容易に作成できるローコード開発環境だ。ユーザー自身がMicrosoft Power BIやGrafanaなどの可視化ツールを活用しながら、自作UIやPythonによるアルゴリズム実装をできる仕組みを整備している。これにより、専門的なプログラミングスキルを持たない現場のエンジニアが、自分自身で必要なアプリケーションを開発できる仕組みを備えた。
最後の5つめが、情報モデルによってデータ連係を容易にしている点だ。この情報モデルはデータ構造化技術を活用し、例えばボイラーや配管などの機器情報を標準化したデータにすることによって、データの再利用性を向上させている。この仕組みにより、新しいデータ追加時にも簡便かつ迅速な連携を可能とし、高い操作性を実現した。
●TOSHIBA SPINEX for Energyの活用事例
TOSHIBA SPINEX for Energyの大きな活用方法の一つが、データ収集能力だ。発電所や工場の制御システムからデータを収集する仕組みを備え、さらに追加のセンシングデバイスや省電力無線IoT技術を活用することで、河川やダムなど電波が届きにくい場所でもデータ取得を可能とした。
これらのデータはクラウド上で一元管理され、セキュリティにも配慮した形で提供している。このような柔軟なデータ収集基盤は、再生可能エネルギー施設や大規模工場など多様な現場環境に対応でき、コスト効率も高い。
次に注目すべきはアセット管理機能だ。エネルギー業界では設備の長寿命化と故障予知が重要課題となっていて、TOSHIBA SPINEX for Energyはこれらのニーズに応えるソフトウェアを提供している。例えば「EtaPRO」(エタプロ)は、性能評価ソフトを活用し、熱効率向上や燃料費削減を実現できる仕組みだ。また、蒸気タービンの羽根劣化予測技術などの診断機能も備えていて、設備の運用効率向上に寄与している。これらの技術は、設備トラブルの防止や運用コスト削減につながるものだ。
太陽光発電所(PV)向けの統合監視サービスも提供している。このサービスでは複数拠点のPV地点を一括管理できるダッシュボードを提供しており、日射量や環境要因を考慮した性能評価が可能だ。これにより本来発電すべき量と、実際の発電量との差異を明確化し、効率的な運用改善が図れるという。
AIを活用した予測と最適化機能にも力を入れている。例えば水力発電所では、ダム流入量予測や連接水系発電所の最適運用計画を立案可能で、気象データと連携することで発電量最大化を目指す計算モデルを構築した。
3月にはエネルギー関連設備の運用計画の策定や導入効果の算出などに活用されている最適化計算ツールにおいて、顧客自らが計算モデルを作成できる機能や、業界で広く導入されている現場帳票システム「i-Reporter」とのデータ連携機能、現場の安全パトロール業務を効率化する機能、社内外の関係者と情報共有できるWebチャット機能を追加するなど、機能拡充を進めている。
●人材面におけるDX 人手不足の解決を主眼に
こうしたエネルギー分野におけるDXの狙いは、少子高齢化により今後、日本が抱える人手不足の課題解決を主眼に置いている。人材に対する支援で中心的なサービスが、点検業務のデジタル化だ。従来、人手に頼っていた設備点検作業を効率化するため、「巡視点検サービス」を提供している。
このサービスでは、スマートフォンやタブレットを活用し、点検チェックリストやスケジュール管理機能を提供している。工場などの現場では、こうした作業を依然として紙を使用して実施いるところが多い。同業他社も課題としているのだ。特に屋外の現場では、点検シートが水に濡れたり、風に飛ばされたりなどの現実的な問題もあった。
さらにAIによる画像分析機能を搭載しており、撮影した点検画像から異常箇所を自動的に検出できる。これにより、熟練者の経験に依存していた異常検知作業が効率化できるとともに、人材不足への対応策としても期待が集まっている。
省力化の一環として、ドローン技術も活用している。ドローンにカメラや温度センサーを搭載。広範囲の設備点検を自動化した。これにより、人手による巡視頻度を減少させつつ、高精度なデータ収集と分析をできる。このような取り組みはすでに実証段階に入り、実用化への道筋が見えているという。
●生成AI活用 何を変えられるか
TOSHIBA SPINEX for Energyでは、生成AIの活用も進めている。武田技師長は、「生成AI活用はトラブル対応の効率化において顕著な効果をあげる」と期待する。
従来、設備にトラブルが発生した際、顧客が東芝に連絡し、その後エンジニアが設計データや過去の事例をもとに原因を特定し、対策を提案する流れが一般的だった。しかし、この工程には多くの時間がかかっていたのだ。これに対し、生成AIを導入することで、原因究明から対策提示までの時間を、劇的に短縮できる可能性があるという。
例えば、蒸気タービンの第一軸受けでメタル温度が制限値を超えた場合、「どのような対策を取ればよいか」という質問に対し、生成AIが、東芝が蓄積してきた膨大な設計データやトラブル対応ノウハウをRAG(検索拡張生成)で参照し、迅速かつ的確な回答を提示する。このシステムは顧客自身が直接利用でき、東芝のエンジニアが活用することでもさらなる効率化が期待できる。
「トラブル対応の際、最も時間がかかるプロセスが資料探しだった」と武田技師長は振り返る。この工程が生成AIを活用することによって、原因究明までの時間が大幅に短縮できるのだ。
ただ、現段階ではこうした資料が紙媒体でしかないものも少なくなく、生成AIが参照できるデータにすべく、目下デジタル化を進めているという。武田技師長によれば、この生成AIは実証段階にあり、具体的な効果についてはまだ数値化できていないものの、「期待感としては非常に大きい」と話す。
こうしたTOSHIBA SPINEX for Energyによるさまざまな省力化は、これからの日本社会を考えると欠かせないものだという。
「日本には多くの工場や発電所があり、各自の老朽化も課題です。さらに、これを支える人材も、少子高齢化により人口減社会の到来によって、確実に少なくなっていきます。そしてこうしたインフラを支える人材の多くは、高齢のベテランエンジニアです。こうした職人の方々の知見をどう未来に受け継いでいくかが最大の課題です」(武田技師長)
人手不足とノウハウの継承問題という、今まさに日本が直面している課題に向き合っている点が、TOSHIBA SPINEX for Energyの特徴だ。切実さという点では他のDXブランドと一線を画しているようにも思える。デジタルや生成AIの活用によって、いかにして課題解決していけるか注目だ。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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