『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今月はTVアニメも話題の魔女ものから豪華作家が集結したアンソロジーなど、5タイトルをセレクト。
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◼︎坂『ある魔女が死ぬまで3 -はてしない物語の幕が上がる-』(電撃の新文芸)
コミカライズが好評連載中で、この春からTVアニメの放映も始まった人気シリーズの最新刊。
幼い頃に両親を失ったメグは、「永年の魔女」ファウストに拾われ、彼女のもとで魔女修業に励んでいた。ところが17歳の誕生日、メグは自分が「死の宣告」の呪いにかかっており余命が残り一年しかないことを告げられる。呪いへの唯一の対処方法は、誰かが流した嬉し涙を一年間で千粒集めること。不可能に近い難題に挑むメグは、さまざまな人たちを助ける中で嬉し涙を集め、魔女としての生き方や自分にしかできない役割について考えていくのだった。
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第3巻スタートの時点でのメグの余命は残り半年、集めなければいけない涙は残り五百粒。焦るメグの前に姉弟子の「災厄の魔女」エルドラが現れ、これまでファウストが隠し続けてきたメグの故郷の滅亡と、エルドラとの因縁が明かされた。己のルーツを知る決意を固めたメグは、魔法協会のプロジェクトに参加し、魔法災害の被災国への支援と滅んだ故郷の調査に携わることに。本作の大きな魅力である師弟愛はこの巻でも健在で、広い世界に旅立つメグと、彼女を送り出すファウストとのやり取りはひときわ胸を打つ。優秀だが曲者揃いの新キャラたちと共に、危険なミッションの数々に立ち向かうメグの活躍と成長、そして絶望する人々に希望を与える姿は私たちの心にも勇気の明かりを灯すだろう。
◼︎中村颯希『ふつつかな悪女ではございますが10 〜雛宮蝶鼠とりかえ伝〜』(一迅社)
シリーズ累計300万部を突破し、TVアニメ化決定も発表されるなど、ノリに乗っているシリーズの第10弾。
詠国の後宮内にある雛宮(すうぐう)には五つの名家から雛女(ひめ)たちが集められ、次期の妃を育成する教育が行われている。美しくて慈悲深いと評判の黄家の玲琳は「殿下の胡蝶」と称され、多くの人に慕われていた。一方、「雛宮のどぶネズミ」と呼ばれる朱家の慧月は、嫌われ者で周囲から疎まれている。玲琳を妬んだ慧月は道術を使い、二人の精神と身体を入れ替えた。このとりかえ劇をきっかけに、玲琳と慧月は思いがけないかたちで関わりはじめ、後宮で起こるさまざまな事件を通じて、やがては「分かり合える友」として深い友情を築いていくのである。
雛女たちの絆が魅力の後宮シスターフッド小説の最新作では、金家の雛女・清佳にスポットライトが当たる。西の隣国・シェルバ王国の第一王子ナディールが視察で金家領に立ち寄り、彼をもてなす宴に玲琳と慧月も協力することに。派手好きですべてに難癖をつける王子に手を焼く三人は、清佳を疎ましく思う叔父の思惑にも巻き込まれ……。当初の清佳は玲琳の本性を知らず一方的に崇拝しているが、ナディール王子への対応を通じてこれまで知らなかった彼女の一面にふれていく。三人が力を合わせてナディールに立ち向かう痛快な前半パートと、病弱な玲琳の切ない願いと慧月への思いが涙を誘う後半パートと盛りだくさんな一冊だ。
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◼︎和泉あや『色を忘れた世界で、君と明日を描いて』(双葉文庫パステルNOVEL)
10代向けのライト文芸レーベルとして2025年3月に新創刊された「双葉文庫パステルNOVEL」第二弾の一冊。
高校2年生の森沢和奏は自分の意見を人に言うことができず、いつも周囲に合わせて過ごしている。3年前、和奏はよかれと思って友人にかけた言葉が原因で彼女と決裂し、学校での居場所を失った。この失敗で人を傷つけるのが怖くなり、自分の本音を他人にぶつけることができなくなってしまったのである。
同じマンションに住む幼馴染の佐野翔梧とは、かつては仲が良かったものの、物怖じせずに自分の思ったこと口にする佐野を苦手に感じるようになり、避けて過ごしてきた。だが佐野と隣の席になってしまい、気まずい雰囲気のまま過ごしているうちに、和奏は異変に気付く。5月31日の夕方になると前日の昼間に戻るループが起きていて、自分の他には佐野だけがこのリセットに気づいていた。一日をやり直すたびに世界から色が欠けていく中で、二人はループを抜け出すために自身の心と向き合うことになるが……。
ひとりぼっちになる恐怖や、自分らしさを失って生きるもどかしさなど、等身大のキャラクターたちが抱える迷いや後悔は誰もが共感できる普遍的な感情だ。傷ついた少年少女に寄り添いながら、それでも前向きに生きていこうと背中をそっと押してくれる優しさと、終盤のグルーヴ感が大きなカタルシスを残す、感動の青春小説である。
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◼︎「このミステリーがすごい!」編集部編『猫で窒息したい人に贈る25のショートミステリー』(宝島社文庫)
忙しい毎日のなかで、腰を据えて長編小説を読む時間はなかなか取れないが、ちょっとした時間に物語に浸りたいと思う人は少なくないだろう。そんな人にお薦めしたいのが、宝島社のショートショートシリーズだ。累計145万部を突破した人気シリーズの最新作は、「このミステリーがすごい!」大賞出身の豪華作家が集結した“猫×ミステリー”。25作品猫まみれという、猫好きにはたまらない一冊に仕上がっている。なおミステリーと聞いて警戒する人もいるかもしれないが、人間が死ぬ作品はあっても、猫が死ぬ作品は一つもない。その点も安心して手に取ってほしい。
以下、個人的に気に入った作品を数編ピックアップしたい。『珈琲店タレーランの事件簿』で知られる岡崎琢磨の「優しい人」は、夫の死と住環境の変化で頭痛に悩む女性と、ベランダに現れたシャム猫の交流を描く。短いページの中で巧みに構成されたミステリー要素と、あたたかな読後感がなんとも心地よい。おぎぬまXの「真っ白な目撃者」は、空き巣に入った男の犯罪から浮かび上がる白猫への愛情が心を打つ。小西マサテルの「猫は銀河の中を飛ぶ」は、演劇×『銀河鉄道の夜』×キジトラ猫を題材に、舞台で起こるアクシデントを鮮やかに活写する。他にもバラエティに富んだ作品群が収録されている本書。ぜひあなた好みの一編を見つけてみてほしい。
◼︎新井素子、須賀しのぶ、椹野道流、竹岡葉月、青木祐子、深緑野分、辻村七子、人間六度『すばらしき新式食 SFごはんアンソロジー』(集英社オレンジ文庫)
食を題材にした小説はライト文芸でも鉄板の人気を誇るジャンルである。今回取り上げる『すばらしき新式食』は、“SF×食”をテーマに8名の作家たちが集結した豪華アンソロジー。ごはんものの醍醐味である美味しそうな食べ物描写を味わえる小説から、ディストピアテイスト漂う作品まで、ユニークな8編を楽しめる。
深緑野分の「石のスープ」は、肉も野菜もなしに無限にスープを生み出せる石をめぐる物語。天才博士の発明がもたらす皮肉な結末と、栄養満点だがなんとも食欲をそそらない石のスープの描写が強烈なインパクトを残す。青木祐子「最後の日には肉を食べたい」は、ルカという謎の宇宙生物に寄生された女性・美宇を主人公にした物語。ルカは肉を媒介に移動し、生殖のために仲間を探している。人間と謎の生物が織りなす奇妙な共存関係、そしてユッケやタルタルステーキなどの肉料理が醸す不穏な気配が、独特の世界を生み出している。
以上ディストピア色が強めな二編を取り上げたが、ラストを飾る新井素子の「切り株のあちらに」は、少子化や移民、食の不均衡といった今日的な社会課題をテーマにした一編だ。物語の舞台は、惑星間移民に乗り出し人類がネオ・ジャパンで暮らす未来。世界の間違いを正そうとする少女の正義感と、彼女の間違いを知りつつも見守る祖父の姿、そして作中に登場する「ぎゅっ」と手を握る描写が心に染みる。字数の関係ですべてを紹介できなかったが、どの作品も魅力的なのでオレンジ文庫読者のみならず、SF好きにもお薦めのアンソロジーである。
(文=嵯峨景子)
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