
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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最近の僕の日常生活における大きなトピックは、気軽に「カラヒグ麺」を手に入れられるようになったことだ。
カラヒグ麺を初めて知ったのは、高円寺にある大好きなイタリアン「ウシータ」。煮干しとパン粉があえられてあり、辛いオイルをかけて食べる「おつまみ麺」の美味しさに衝撃を受けた。
カラヒグ麺は、中華麺の名門「浅草開化楼」のカリスマ製麺師である不死鳥カラス氏と、人気のイタリアン「サローネグループ」総括料理長である樋口敬洋氏が共同で監修した、パスタ用の生麺。麺の水分量が低いため、一般のパスタに比べてのびづらく、くっつきづらく、弾力があることが特徴だそう。
一度聞いたら忘れられないその麺が、イオングループが展開する都市型食品スーパーで、近年僕の生活範囲に増えまくっている「まいばすけっと」の店頭に並んでいるのを見つけた時は嬉しかった。さっそく買って帰って食べてみると、太めの麺のぷりぷりもちもち感と、噛み締めるごとに広がる小麦の香りがやはり至高。生麺のため、ゆで時間が約2分と驚異的に早いのもありがたく、しかも2食入りで200円程度。すっかり我が家の定番のひとつになった。
ある時、このカラヒグ麺を使ったパスタの写真をSNSにアップしたところ、なんと不死鳥カラス氏からわざわざお礼コメントをいただき、また、商品が現在のところまいばすけっと限定であることを教えてくださった。行ける範囲にまいばすけっとがある方は幸運。一度味わってみて損はないと思う。
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ところで、最近の僕の日常生活におけるもうひとつ大きなトピックがあって、それは「アナグマ肉」を生まれて初めて食べたこと。
アナグマとは日本に古くから生息する在来動物で、名前に熊とついているが熊とは似ておらず、サイズ的にも見た目的にも、近いのはタヌキ。猪、鹿、熊、鴨など、日本にさまざまなジビエ肉が存在するなかで、知る人ぞ知る、しかもかなりうまい食材らしいのだ。
その存在を知って以来ずっと募らせていたあこがれが常に頂点に達し、取り扱いのあるWEBサイトを探してついに購入したのがしばらく前のこと。アナグマの肉は、写真を見てもらえばわかるとおり、赤身っぽい肉の他、たっぷりとたくわえられた脂身の存在が特徴。これが、見た目からは考えられないかもしれないけれど、牛や豚の脂身とはまったく異なり、しつこさを感じさせない軽やかな味わいなのだ。
そんなアナグマ肉をたっぷりと、醤油、酒、みりん、砂糖などで煮込みにした。シンプルに焼肉にして味見をした時はサクサクとした食感が印象的だった脂身が、煮込みにするとその魅力をさらに爆発させる。気になるくさみなどは皆無で、香りはミルキーで甘く、自分の知っているどの肉とも違う高貴な旨味がある。これをどんぶりメシに豪快にかけてかっこむと、それはもう夢のような美味しさ。
とにかく旨味の量がすごいので、肉はもちろん、煮汁もお宝。しばらく、豆腐やネギを追加しては晩酌のおともに楽しんでいた。
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食べきれなかった煮込みを大切に冷蔵庫にしまい、ふたたび具材を加えて煮込みなおすことをくり返し数日。ついに残りが1食ぶんになる。名残惜しいがしかたない。さて、最後はどうやって食べようか? そこで思いついたのがカラヒグ麺だった。あの太麺に、アナグマの旨味をたっぷりとまとわせてズババとすする。想像しただけでうっとりだ。
そこでアナグマ煮込みに、大好物のねぎをたっぷり、それから冷蔵庫に残っていた、霜降りひらたけというきのこを加えて煮込んでゆく。食材に火が通ったら、2分ゆでたカラヒグ麺を投入し、思いっきり絡めて完成。
せっかくのごちそうなので当然赤ワインを用意し、いざいただきます。
ベースはいわゆるすき焼き風の味つけだが、洋麺とそれをつなぐべくオリーブオイルを少し加えたのは正解だったかもしれない。一品のパスタ料理として違和感なく食べられ、そしてやっぱり、うまいにもほどがある。
肉部分はしっかりと食感があって、ほのかに野生の力強さを感じる。脂身は口のなかに入れるとじゅわっと溶けてしまい、上品な旨味だけが広がる。それらとカラヒグ麺のハーモニー、間違いないとは思っていたけど、想像のはるか上空だ。油断していると気絶しそうになる。ありがとう......ありがとう......この数日、僕に幸福をもたらしてくれたアナグマよ。
夢中ですすってはワインをぐびり。夢中ですすってはワインをぐびり。しばらくその愉悦に浸っていたところで、ふと思い出した。そういえば冷蔵庫に、以前秋田県に旅行に行った際におみやげで買った、熊肉を使ったマスタードがあったよなと。
山に暮らす猟師さんならいざしらず、アナグマと熊を一度に食べる経験なんてそうそうないだろう。試しにちょい足ししてみよう。
元の料理の味が強いので、さすがに熊の個性を強く感じる〜とはならないけど、プチプチ感と酸味、さらに熊肉みそのコクが加わってこれもいい。これにて、しばらく我が食卓に潤いを与えてくれたアナグマ肉を楽しむ日々は終了。本当に美味しかったので、また取り寄せ、人を招いてアナグマすき焼きパーティーなどを開催してみても楽しいに違いない。
取材・文・撮影/パリッコ