漫画誌「ハルタ」の“帯裏”で連載スタートの異色作 本好きの心をやけにくすぐる『図書室のキハラさん』

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2025年05月02日 13:00  リアルサウンド

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『図書室のキハラさん』(丸山薫/KADOKAWA)

 ホルヘ・ルイス・ボルヘス『バベルの図書館』から、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』にいたるまで、古今東西の碩学たちが書いた「図書館をめぐる物語」のなんと魅力的なことか。それはたぶん、ある種の図書館には、世の本好きの心を惹きつける“魔”のようなものが潜んでいるからだろう。


参考:【漫画】死んだ親友と生前にした約束とは? 青くほろ苦い死生観を描き出す『約束に暮れる』


 また、数万巻(4万とも40万とも)のパピルス文書が収められていたという古代アレクサンドリア図書館や、かの南方熊楠が籠(こも)って“抜き書き”に勤(いそ)しんだという大英博物館のリーディング・ルーム、そして、キリスト教関連の貴重な資料が収められているバチカン図書館など、その名を聞いただけで知的好奇心がくすぐられる実在の(あるいは、実在した)図書館も数知れない。


 かつて、エルンスト・カッシーラー(哲学者・思想史家)は、「ワールブルク文庫」(※「ワールブルク研究所」は、美術史家アビ・ワールブルクが蒐集した厖大な文献を中心に創立された)を初めて目にした際、「これは(誘惑に満ちていて)危険な蔵書です。私にはこのような蔵書には、初めから近づかないか、さもなければ長い年月にわたって呪縛されるかのどちらかの途しかないように思われます」といったという。


 つまり、稀代の哲学者をして、「存在を知らなかったことにするか、その呪縛に完全に身を委ねるかのいずれかしかない」ととっさに悟らせるほどの“魔力”が、ある種の図書館にはあるということだ。


 さて、前置きがやや長くなってしまったが、そんな図書館ならぬ「図書室」を舞台にした、なんとも可愛らしい漫画作品が、先ごろ単行本化された。丸山薫の『図書室のキハラさん』(KADOKAWA)だ。


◼︎漫画誌「ハルタ」の帯の裏面で連載された独特なスタイルの物語


 『図書室のキハラさん』は、2017年、漫画誌「ハルタ」の帯の裏面で連載開始したショートショートの連作である(注・「ハルタ」は漫画誌だが、帯が巻かれている)。


 「帯の裏面」というスペースの制約上、毎回、横長(もしくは縦長)のフォーマットで漫画を描かざるをえないわけだが、作者はその“縛り”を逆手にとって、限られたスペースの中で自由にコマを割っている。単行本では、その連載時のいささかトリッキーな形状を活かすため、B5判の横置きで、見開きに上下2本ずつ(時には1本のみ)の作品を配置している(縦長の作品は、本の向きを変えて読まれたい)。


 主人公は、「ある研究室の図書室」に勤めている「キハラさん」という司書の少女(本名は「記原綴子」というらしい)。


 “本の迷宮”めいた彼女の職場は、「とても古くて無闇に広く、ややこしい造りの図書室」で、ボルヘスの「バベルの図書館」というよりは、エッシャーの騙し絵のような空間をイメージした方がいいかもしれない。
※以下、『図書室のキハラさん』の内容に触れています。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)


◼︎不思議な空間に閉じ込められたキハラさんがとった行動とは?


 キハラさんは毎日、一見やる気のなさそうな(でも、優しい)上司の図書課長と働いているのだが(のちに「ナカバヤシ君」という巨漢の新人も加わる)、時々、図書室の中で思いもよらぬ怪異に遭遇してしまう(自分を蝶だと思い込んで飛び回る本のページを捕獲しなくてはならなくなったり、「大きな目玉の得体の知れない生き物」を追い回したり、どこまでも降りて行く荷物運搬用のエレベーターに乗り込んでしまったり――)。


 その都度、彼女は大変な目に遭うのだが、かといって図書室の仕事を辞めようとはしない。なぜならキハラさんは、毎日厖大な本に埋もれて仕事をしていながら、休日には古書市に出かけ、旅先でも古書店を訪れ、また、秘かに詩の雑誌への投稿を楽しんでいるような、生粋のビブリオフィリアだからだ。


 とりわけ注目すべきは、彼女が四方を書架で囲まれた狭い空間に閉じ込められてしまう、第三十九回と第四十回のエピソードだろうか。


 助けを呼んでも誰も来ない。四方の書架もびくともしない。「そこはまるで、世界から切り離されたかのような静寂に包まれ、時は虚しく過ぎてゆきます」(本文より)。


 「は〜……」と深いため息をついたキハラさんは、退屈のあまり、「本が! 活字が読みたいっ!」と叫ぶのだが(もはや怪異に慣れすぎて、恐怖を感じていないのも面白い)、周囲の書架に収められているのは、なぜか彼女の関心のない「寄生虫学」の本ばかり。


 その結果、彼女が何をしたかというと……そうした状況下で活字中毒者がとるべき唯一の行動――たとえ興味のない書物であっても、ひたすら「読む」ことに徹するというものであった(最終的に彼女がいかにして元の世界に戻れたかについては、同作を読んで確認されたい)。


 なお、『図書室のキハラさん』の単行本には、作者(丸山薫)が個人誌として発表した、「キハラさんの一週間」と「キハラさんの夏休み」の2篇も収録されている。こちらも本好きの心をやけにくすぐる、不思議で可愛い絵物語に仕上がっている。


[参考]
山口昌男『本の神話学』(岩波現代文庫)※「ワールブルク文庫」のくだりを参照。


(文=島田一志)



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