愛子さま 2年連続でコンサートをお忍び訪問…21歳で夭逝した親友チェリストとの絆

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2025年05月02日 18:10  web女性自身

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4月30日夜、日本赤十字社での仕事を終えた愛子さまが向かわれたのは、東京・千代田区の紀尾井ホールで行われたコンサートだった。



この日、同ホールで行われたのは「メモリアル・スペラ 第2回チャリティコンサート」。長期入院する患者と、その医療従事者の心の健康のため、病院への防音室の寄付を目的としたチャリティーコンサートだ。



「このコンサートは、愛子さまの学習院初等科の同級生である山本栞路さんの遺志を継ぐものです。山本さんは、’16年、学習院中等科3年生の時に『第16回泉の森ジュニアチェロコンクール中学生の部』で金賞を受賞、’19年、桐朋女子高等学校音楽科3年生の時に『第73回全日本学生音楽コンクール』で1位となるなど、新進気鋭のチェロ奏者として活躍していましたが、’23年に21歳の若さで亡くなりました。



山本さんは、白血病治療のため長期入院をしていましたが、病院ではチェロの演奏が叶いませんでした。そのため、病院への防音室の寄付を願うようになったのです」(皇室担当記者)



愛子さまは、天皇陛下と雅子さまと共に、昨年開かれたコンサートにも足を運ばれている。雅子さまと愛子さまおふたりでの外出は珍しく、さらに2年連続でのご鑑賞という点からも「愛子さまの山本さんへの強い哀悼のお気持ちが伝わってくる」と前出の皇室担当記者は語る。



愛子さまがこのコンサートに特別な思いを寄せているのには、深い理由がある。それは、小学生時代の出来事に由来するようだ。ある学習院関係者は言う。



「愛子さまが、乱暴な男子児童に対する恐怖心から、登校への不安を訴えられたのは、’10年3月のこと。当時愛子さまは学習院初等科の2年生でした。その後しばらくは、雅子さまが付き添われて初等科に通われる日々が続きました。



そうしたなか、愛子さまが‘11年に4年生として管弦楽部に入部されました。そこで愛子さまは、チェロを担当され、積極的に部活動に参加されましたが、そのうちに学校生活への不安も和らいでいかれ、お一人で登校できるようになられたのです。



そして、その“チェロの仲間”の1人が山本さんでした。3歳から始めたという山本さんのチェロの腕前は群を抜いており、愛子さまも尊敬していたと聞いています。『オール学習院の集い』の演奏会などで二人が隣り合って演奏したこともありました」



ご入部から約8カ月後、天皇陛下はお誕生日に際しての会見で、次のように語られた。



「愛子は4年生になり、学校の特別クラブ活動として管弦楽部に6月に入部したことが大きな励みになったように思います。授業が始まる前や、放課後にお友達と一緒にチェロの練習をしたり、演奏会でみんなと一緒に演奏したり、楽しそうに参加しており、また、音楽以外でも、興味や関心もいろいろな分野に広がってきています」



愛子さまにとって、山本さんらとの絆が、学生生活の支えとなっていたことは間違いないだろう。



この夜も静かに、山本さんゆかりの曲の演奏に耳を傾けられていた愛子さま。自身の学生生活に大きな影響を与えた“親友”の遺志を、確かに胸に刻まれていたようだった。

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