
後編:メジャーリーグ球団の実力格差の本質とは?
現地時間4月25日(日本時間26日)から5月1日(同2日)まで、ロサンゼルス・ドジャースはホームでピッツバーグ・パイレーツとマイアミ・マーリンズとの6連戦に臨み5勝1敗。大谷翔平は第1子誕生後初本塁打を放つなど好調ぶりを見せつけたが、両チームの戦力差は、スコア以上に明白だった。
勝利を求めるために惜しみなく投資を行なうドジャースとは対照的に、倹約球団として生き続けるパイレーツとマーリンズは、どのようなチームなのか。
関係者の声を拾いながら、両チームの今、そしてメジャーリーグがより活性化するための構造の必要性に想いを馳せる。
前編〉〉〉大谷翔平を擁するドジャースは高年俸だから強いわけではない
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【マーリンズが目指す低予算でも勝てるチームの理想と現実】
マイアミ・マーリンズは、ピーター・ベンディックス編成本部長(現在39歳)を2023年11月に迎え入れた。ベンディックスはもともとタンパベイ・レイズ出身で、ドジャースのアンドリュー・フリードマン編成本部長がレイズのGMだった2009年にインターンとしてキャリアをスタートさせた人物。2020年には育成部門の重役に昇進し、2021年12月にGMに就任。そして、マーリンズに引き抜かれる形で現在に至っている。
4月29日、ロサンゼルス・ドジャースとの試合前、マーリンズのダグアウトで本人に話を聞いた。年俸格差がたびたび話題になるが、「ドジャースに勝てると思うか」と単刀直入に尋ねると、ベンディックスはきっぱりと言った。
「野球は、結局のところ9人対9人の勝負。成功する方法はひとつではありませんし、私たちはイノベーションを駆使することで成功できると信じています」と言いきった。イノベーションとは、新しい技術や仕組みを導入することを意味する。
マーリンズは今季、話題の「魚雷バット」を発明した元物理学者アーロン・リーンハートをヤンキースから引き抜き、フィールド・コーディネーターとして採用した。また、スタンフォード大学でアナリストを務めていた日系人のブライソン・ナカムラも、「パフォーマンス&データ統合戦略担当」としてチームに加えた。
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ナカムラを採用した理由について、ベンディックスはこう語る。
「彼は非常に頭がよく、幅広い教育と経験を積んできました。スポーツサイエンス、バイオメカニクス、コーチングの知識、身体の動きに対する理解など、チームのさまざまな面を支えてくれています」
ベンディックスがかつて所属していたレイズは、低予算でも勝てる球団として有名で、マーリンズでも同様の道を目指している。
「すでにいくつか新しい取り組みを始めていますが、そのなかで特に気に入っているものはありますか?」と尋ねると、ベンディックスは「まだ評価段階ですが、私が気に入っているのは、練習がより実戦的になっている点です。試合に近い形で行なわれている。試合は難しいものですから、練習もそれに見合った難しさであるべきなのです」と答えた。
現場の努力は確かに感じられる。だが、現実のスコアは7対6、15対2、12対7。残念ながら2試合は見ていて退屈な試合内容だった。
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【剛腕スキーンズに見る個人の偉業とチームの低迷のもどかしさ】
そんなドジャース6連戦のなかで、最も印象的だったのは、4月25日のパイレーツ戦だった。球速100マイル(160キロ)を誇るパイレーツの剛腕ポール・スキーンズが先発し、山本由伸との投げ合いを制した一戦である(パイレーツが3対0で勝利)。大谷翔平との3打席の対決でも、2年目の進化をはっきりと示した。
第1打席はフルカウントから99マイルの直球で中飛に打ち取り、第2打席は1対0とリードで迎えた3回1死二塁の場面。カウント2−2(ボール−ストライク、以下同)から外角低めのボールゾーンに沈むチェンジアップを打たせて、投ゴロに仕留めた。そして3対0とリードして迎えた5回2死二塁、第3打席は再びフルカウントから膝元に落ちるカーブを振らせ、空振り三振に仕留めた。
試合後、スキーンズはこの大谷との第3打席について、次のように語った。
「(途中の)3−1というカウントは、世界最高の打者のひとりを相手にするには理想とは言えない。でも、『自分の球がどこまで通用するか試してみよう』という気持ちでした。結果的にアウトが取れてよかった。制球はバラバラだったけれど、なんとか集中して投げきることができた」
スキーンズの姿を見ていると、エンゼルス時代の大谷を思い出す。大谷は2021年から2023年にかけて二刀流で圧倒的なパフォーマンスを見せ、球界を驚かせたが、一度も優勝争いの舞台に立つことはできなかった。個人の偉業とチームの低迷。そのギャップは、選手本人にとってもファンにとっても、どこか物足りなさを感じさせる。
スキーンズもまた、弱いチームにいながら高い志を持ってプレーしている。昨年、通算303勝・100完投を誇る大投手ランディ・ジョンソンに会い、「常識や限界を打ち破るのが特別な選手。誰にも限界を決めさせるな」と励まされたという。今のMLBでは球数制限が厳しく運用されているが、スキーンズはその枠にとどまるつもりはない。25日の試合後には、その思いがにじみ出た。
キャリア最多の108球を投げ、7回にもう一度マウンドに上がれたことについて、「うれしかった。正直、自分は140球、150球でも投げられる体力があると感じている。もちろん、今のメジャーではそれは現実的ではないけれど、もし『もう一打者、もう1イニングいけるか?』と聞かれたら、絶対に断らない。6回や7回のほうが、むしろ1回より体がよく動くことも多いし、今日もまさにそうだった」と胸を張った。
だが、そんなスキーンズが、今季後半に優勝争いの真っただ中で投げることは、おそらくないだろう。来年も再来年もそうかもしれない。
今、大谷はドジャースにいることで、その才能を存分に発揮できる舞台に立っている。二刀流として、9月、10月の大一番で躍動する姿が見られるのは、ファンにとってこのうえない喜びだ。しかし同時に、MLBというリーグ全体の価値、エンターテインメントとしての完成度を高めるためには、もっと多くのチームが「勝つ気」を持てる構造が必要だと強く思う。
勝利を追い求める球団と、倹約主義に徹する球団。今のメジャーリーグは、極端な二極化が進んでいる。そうではなく、大谷やスキーンズといったスーパースターたちが、走り、打ち、投げる──そんな豊かで多様な物語を描ける舞台こそが、MLBの今後であってほしい。