
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第47回 ヌーノ・メンデス
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は、パリ・サンジェルマンのポルトガル代表ヌーノ・メンデスを紹介。サイドバックのプレーが日々進化するなかで、新たな必須スキルを発揮する注目選手です。
【SBの必須スキルにまた新たな追加事項】
チャンピオンズリーグ準決勝、アーセナルvsパリ・サンジェルマンの第1戦は0−1でアウェーのパリSGが先勝した。開始4分のウスマン・デンベレのゴールはヌーノ・メンデスの縦パスが起点だった。
センターバック(CB)のマルキーニョス、パチョを経由して左サイドバック(SB)のヌーノ・メンデスにボールが届いた時、アーセナルはハイプレスではめ込んでいた。ヌーノ・メンデスの右側のCBふたりはすでにマークにつかれていて、左前方のファビアン・ルイス、フビチャ・クバラツヘリアも捕まっている状態だった。
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ここで「出口」になったのがウスマン・デンベレ。センターフォワード(CF)のポジションから下りてセンターサークル付近でフリーになっていた。下りてきたデンベレの近くにアーセナルのMFふたりがいたのだが、それぞれファビアン・ルイスとヴィティーニャを捕まえるためにスプリントしたので、デンベレの周囲に人がいなくなっていたのだ。そこへヌーノ・メンデスから鋭い縦パスが入った。
ターンしたデンベレはドリブルでふたりを引きつけてから左サイドのクバラツヘリアへパス。ここでもクバラツヘリアはフリーだった。対面のティンバーは中央へ絞っていたからだ。これはファビアン・ルイスが最初にプレスに来た相手を振りきって、デンベレが元いたCFの位置へ猛ダッシュしていたので、そちらを捕まえようとしたためだ。
フリーで受けたクバラツヘリアは、中から外へ対応に出たティンバーを引きつけてからプルバック(斜め後方へのパス)、そこへフリーで走り込んだデンベレが左足を振ってゴールした。
パリSGはハイプレスに来る相手に対して、しばしばこの方法で打開している。
相手MFが自分の前方にいるパリSGの選手をマークするために動く。その時にMFが動いて空いたスペースにCFのデンベレが下りてきて、そこへ縦パスをつなぐやり方だ。
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ここでポイントになるのがSBからデンベレへの40メートル級のグラウンダーのパス。距離が長いだけにスピードが必須になる。もちろんデンベレの足下にピタリと合わせなければならない。アーセナル戦の得点につながるヌーノ・メンデスのパスはまさにそれだった。
SBはずいぶん変化してきたポジションである。
昔、フルバックと呼ばれた時代はその名のとおりフルタイムのDFだった。WMシステムの3バックから4バックに変わるとSBと呼ばれたが、まだこの時点では守備が主な任務だ。1960年代にインテルのジャチント・ファケッティが攻撃参加をするようになるのだが、「攻撃するSB」としてまだ珍しがられていた。
しかし、1980年代にはSBの攻撃参加は普通になり、2トップの隆盛でマークすべきウイングが消滅したこともあって、自由度とともにタスクも増していった。2トップ全盛時にはサイド攻撃はSBの役割になり、高精度のクロスボールは必須のスキルになった。
さらに組み立てに関与する機会も増え、ピッチの内側でプレーする「偽SB」が登場。それも今では当たり前になってきたので「偽」とも呼ばれなくなってきた。
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新たな必須スキルが追加され続けてきたが、ヌーノ・メンデスが示したトップへの長いクサビのパスは最近の追加事項である。
【最新ビルドアップの肝は巧妙でダイナミックな動き】
ハイプレスvsビルドアップの構図はどの試合でも見られるようになった。ハイプレス側はマンツーマンではめ込むことが多くなり、攻撃側のSBはボールの出しどころを失うようになっている。大きく前方へ蹴りだすか、GKに下げてしまうかの選択が多い。1対1でプレスに来た相手を外すSBもいるが、リスクは伴う。
そこでビルドアップの「出口」として長いクサビを使うチームが出てきたわけだ。ハイプレス側のMFは前方のMFを捕まえにスプリントするので、その背後のスペースは空いている。そこへ前線からFWが下りてきてSBからの縦パスを受ける。
ハイプレス側が、この下りていくFWをマンマークするかどうかはチームの方針とその場の状況による。アーセナルは前記の失点シーンにおいて、パリSGの選手をすべてマークする方法を採っていなかった。ディフェンスラインでひとり余らせて、ボールから最も遠い選手はマークしていない。
理屈から言えば、わざとマークしていない選手はデンベレではなかったので、下りていったデンベレにはCBがマークすべきだった。しかし、デンベレと入れ替わりにMFのジョアン・ネベスが前線に出ていた。パリSGの前線はデジレ・ドゥエ、ジョアン・ネベス、クバラツヘリアの3枚、アーセナルは4バックでひとり余らせている。ここでCBがデンベレを追ってしまえば同数になる。だから出なかったのだろう。
ジョアン・ネベスをマークしていたガブリエル・マルティネッリは前線に出たジョアン・ネベスをDFに受け渡している。このマルティネッリがデンベレをマークすればフリーになることはなかった。しかし、途中まではジョアン・ネベスを追って下がっているので、下りてきたデンベレとは動きの方向が逆である。それでデンベレを捕まえ損ねていた。
つまり、アーセナルのデクラン・ライスとミケル・メリーノのふたりは前進、もうひとりのマルティネッリが後退したことでデンベレがフリーになるスペースができたわけだ。守備側DFを押し込む動き、後方からのパスを受けに下がる動き。この逆方向の動きが起こるダイナミックな機動性がこのビルドアップのカギになっていた。
とはいえ、ヌーノ・メンデスの速くて低いパスがなければ成立しないビルドアップである。SBのフィード能力を前提とした形なのだ。
【攻守に完成されたSB】
さまざまな新しい役割と技術が追加され続けているSBではあるが、本来の守備力は最も重要な資質であり、これがなければ本末転倒になってしまう。
この点でパリSGの両サイドは申し分ない。右のアクラフ・ハキミ、左のヌーノ・メンデスは攻守両面で大きく貢献している。ヌーノ・メンデスは準々決勝でリバプールのモハメド・サラーを抑えきり、アーセナル戦でも相手の最重要アタッカーであるブカヨ・サカにクバラツヘリアとのダブルチームで対処していた。
攻守に抜群のスピードとパワーを発揮。さらにビルドアップ時の左足のフィード。現在、最も完成されたSBはまだ22歳なのだ。
9歳で地元クラブからポルトガルの名門スポルティングの育成チームに移った。その際、スポルティングのスカウトを人さらいと勘違いし、快足を飛ばして追いかけてくるスカウトを振りきって帰宅したのだそうだ。自慢の走力と高い技術、戦術眼を加えたヌーノ・メンデスはこの先さらに存在感を増していきそうである。
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