
【シーズンの最後に負った大ケガ】
現地時間4月27日、NBA Playoff、ミルウォーキー・バックス対インディアナ・ペイサーズ第4戦、ティップオフから5分48秒が経過したところだった。バックスのエース、デイミアン・リラードがオフェンス・リバウンドを処理しようとした際、左足首を抱えてコートに倒れ込む。ペイサーズの選手と接触することなく、3ポイントラインよりややゴールに近い位置でうずくまった。
バックスのホームアリーナであるファイサーブ・フォーラムは、静寂に包まれる。スコアは12−15で、バックスがビハインドを負っていた。Playoffファーストラウンドであるペイサーズとバックスの顔合わせは、2勝1敗でペイサーズがリード。4勝したチームが次のラウンドに駒を進めるポストシーズンにおいて、いや、バックスのなかで、リラードこそ最も重要な選手であった。
ただ、今シーズンのリラードは右ふくらはぎの深部静脈血栓症で、3月下旬からおよそ1カ月間欠場している。その結果、バックスはレギュラーシーズンを東地区5位で終わり、同4位のペイサーズとPlayoffを戦っていた。
チームメイトの手を借りて起き上がったリラードだったが、左足に体重をかけることができず、両脇をスタッフに支えられてコートをあとにする。MRI検査の結果、左アキレス腱を断裂したことがわかった。回復に時間を要するため、来シーズンの出場も危ぶまれている。
リラードが退場した折、バックスは3点差を追いかけていたが、ハーフタイムまでにその差は11点に拡がる。結局、その日のゲームは103−129で、続く第5戦も118−119で落とし、バックスはシーズンを終えた。
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今日のバスケット界において、リラードはポイントガードとしてトップに君臨するスターである。2023年2月26日のヒューストン・ロケッツ戦では71得点をマークし、NBA史上シングルマッチ高得点選手のベストテン入り(当時8位タイ)を果たした。オールスターに選出されること9度。2024年には同MVPも受賞している。
筆者は新型コロナウィルスが猛威を振るった2020年、2021年とポートランド・トレイルブレイザーズの番記者を務めたが、リラードが孤軍奮闘しながらもPlayoffで勝ち上がれない様を目にしていた。ひとりだけ、まるでレベルが違った。
そんな彼が、2021年のNBAチャンピオンであり、リーグを代表するパワーフォワード、ヤニス・アデトクンボとの共闘を望み、昨シーズン、バックス移籍を決めた際には胸が躍った。とはいえ、34歳のベテランとなったリラードが、故障がちであるのも事実だ。
【中谷と井上の試合は「すばらしいファイトになる」】
リラードはかなりのボクシング好きであり、2021年3月8日には、50年前に行なわれたモハメド・アリvsジョー・フレージャーの映像を目にして気持ちを昂らせ、Tip Offに備えた。同3月13日に元統一ミドル級チャンピオンの"マーベラス"マービン・ハグラーが永眠した直後は、追悼の意を示すべく、ハグラーの顔写真が入ったトレーナーを着て試合会場入りしている。
ZOOM会見中、リラードに何度か著名ファイターに関する質問を浴びせたこともある。稀有なポイントガードは「ブルーカラーの黒人たちが、自分の可能性をスポーツに懸け、人生を拓いた姿に感銘を受けた」と語った。コロナが鎮静化し、NBAが以前と同じように記者を積極的にロッカールームに入れるようになった今シーズン、筆者は久しぶりにリラードを直接インタビューする機会を得た。
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彼はオフシーズンの自主トレにボクシングを取り入れている。
「肉体はもちろん、メンタルトレーニングにも最高だ。サンドバックを叩く時は、自分との闘いじゃないか。どこまで自分を追い込むか。バスケと通じるものが多々あるよ」
リラードは、カリフォルニア州イースト・オークランドのブルックフィールドで育っている。ギャング、ドラッグ、暴力、そして犯罪がはびこる荒れた地だ。アメリカ合衆国内で、拳ひとつで這い上がる男たちと、非常に似たバックグラウンドを持っている。
「だからボクシングに惹かれるんだ」
シーズン中は不可能だが、リラードはオフにビッグマッチを生観戦する。2023年7月29日に催されたWBA/WBC/IBF/WBO統一ウエルター級タイトルマッチ、テレンス・クロフォードvsエロール・スペンス・ジュニア戦もネバダ州ラスベガスに足を運んでいる。
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「あれはいい試合だったなぁ。ジャブでリングを支配したクロフォードは見事だった。俺が思う今日のパウンド・フォー・パウンドはクロフォードだね」
NBAのスーパースターは背番号0の掛かった自身のロッカーの前で、笑みを絶やさずに話した。パウンド・フォー・パウンドに触れた折、日本人ファイターの名も彼の口から出た。
「ナオヤ・イノウエとジュント・ナカタニがやる予定なんだよね。トーキョー・ドーム開催か。俺も観に行きたいよ。すばらしいファイトになるだろう。共にパンチがあって、テクニックも申し分なく、ハートも強い。どちらが自分の闘いをするかで明暗が分かれそうだな」
【リラードからのエールに、中谷は「光栄です」】
中谷潤人が15歳からサウスセントラルで腕を磨いたことを告げると、リラードは興味津々といった調子で言葉を続けた。
「英語も話せない15歳の日本人少年が、そんな危険地帯で研鑽を積んだのか......。大したメンタルだなぁ。そりゃあ応援したくなるよ。『頑張れ』って伝えてくれ。彼は実に動きがシャープだ。パンチが伸びるよね。あのリーチを生かしたボクシングがいい」
リラードがこの発言をしたのは、今年1月25日のことだ。中谷は毎試合、LAでキャンプを張って本番を迎えるが、週に1度の休日となる日曜日を利用してNBAを観戦したことがある。そこで"超人"たちの妙技に心を奪われた。
「ものすごく刺激をもらいました。ステップなんか、翌日からボクシングに取り入れたほどですよ」
リラードの激励を受けた中谷は、YouTubeで超一流ポイントガードの動きを目にする。
「真っ直ぐにドリブルしていたかと思ったら、次の瞬間に90度左に体を向けて相手をかわすプレーなんて、芸術ですよね。学ぶことがとてもあります。僕を知っていてくれたということが、まずもって光栄です。いつか、試合を観に来ていただきたいです。こちらも観戦しに行きたいですしね」
WBCバンタム級のチャンピオンが、リラードのケガとバックスの敗退を耳にしたのは、IBF同級王者である西田凌佑との統一戦に向けてキャンプ中だった4月末日のことだ。
中谷は一瞬、残念そうな表情をした後、言った。
「プロのアスリートにとって、ケガはつき物だと思います。これから手術、リハビリをするなかで、自分と対話する時間が増えるんじゃないでしょうか。そこを経て、また彼らしい芸術的なプレーを見せてほしいですね。僕自身、とてもワクワクさせてもらえる選手ですから。
リラードからいただいた言葉を周囲に伝えたら、エイドリアン・アルバラード(中谷と同じチームで練習するプロボクサー。5月20日に日本のリングに上がる)が、アディダスと彼がコラボしたシューズをプレゼントしてくれたんですよ。僕はスニーカーが好きなんですが、白に緑の3本線というデザインでした。緑はWBCのカラーですし、うれしかったですね」
2025年2月に米国で発売されたこのシューズは、白地にバックスのチームカラーをラインにしている。中谷が腰に巻くWBCのベルトもグリーンだ。3度目の防衛戦となった先の2月24日のファイトでも、中谷は団体のカラーを意識して緑色のトランクスとガウンを身に纏ってリングに上がった。
リラードがスーパースターなら、中谷のボクシングもアートのレベルである。本物同士はお互いの存在を認め合い、それぞれ頂を目指している。傷が癒えたリラードが、中谷戦のリングサイドに座る日を待ちたい。