「やっぱ労働環境の改善だけじゃなくて、成長が実感できるような職場じゃないと」
「というよりも、最近の若者は家庭でも学校でも甘やかされて育ってきてるから、誰かにガツンと叱ってもらいたいんだって。本人のためにも適度にプレッシャーかけてやったほうが成長するんだよ」
先日、マネジメント層の人々がSNS上でこのような議論で盛り上がった。以下の記事が注目を集めたからだ。
・「ホワイトすぎるので辞めます」残業ゼロ・怒られない…なのに不安で辞める若手たち(ダイヤモンド・オンライン 2025年5月2日)
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ご存じの方も多いだろうが、いま会社を辞める際に、こうした理由を告げる若手が増えている。2年半前にも以下のニュースが流れ、そのときも「労働環境と厳しさをどう両立すべきか」という論争になった。
・「ホワイトすぎる職場」去る若者急増 「ゆるいと感じる」背景に…“仕事の負荷低下”(テレ朝news 2022年12月19日)
ただ、このときにも本連載で述べさせていただいたが、企業でマネジメントで関わる方たちは、「ホワイトすぎるので辞めますという若手が増えている」という話をそこまで真に受けないほうがいい。
・「上司よ、もっと叱ってくれないか」 若者は本当にそんなことを考えているのか(ITmedia ビジネスオンライン 2022年12月20日)
●若手社員の3割は辞める
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当時の記事でも指摘した通り、厚生労働省の「学歴別就職後3年以内離職率の推移」を見ると、ホワイトかブラックかという話ではなく、いつの時代も若手社員の3割ほどが辞めていることが分かる。
例えば、過重労働が大きな社会問題となり、労働安全衛生法が改正された2006年(平成18年)の大卒3年以内離職率は34.2%だ。一方、2021年(令和3年)は34.9%である。
ブラック企業だらけでも、ホワイト企業が徐々に増えても、新卒の3割くらいは「ドロップアウト」するものなのだ。そして、そのときどきの「時代のムードに合った言い訳」が注目を集めて、「最近の若者は」というニュースになっているだけの話である。
こういうニュースを目にして、「そっか、ホワイトすぎるのが嫌だと言えばすんなりと辞めさせてもらえるな」ということで、この退職理由をパクっている若者もかなりいるはずだ。
「モームリ」などの退職代行サービスを利用する若者が増えていることからも分かるように、「会社を辞めたい若者」というのは、会社や上司と「うちのどこが不満なの?」「考え直せないか」などのやりとりをしたくない。
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つまり、若者の「退職理由」というのは、本心かどうかなどよりも、「説得されない」「引き止められない」ことに重きを置いているものなのだ。
「親の介護に時間を取られて残業がまったくできないので」とか「田舎に帰って家業を継ぎます」とか、上司や人事部が引き止めにくい退職理由を告げて去った若手が、しばらくしたら競合に転職したとか、明らかに前職よりも給料の高そうな会社に勤めているという話は、サラリーマンをやっていれば、一度や二度は耳にしたことがあるはずだ。
●「退職理由」の真の目的
そもそも、「会社を辞める人」からすれば、その会社に「本心」を全てさらけ出す義理などない。では、「退職理由」は何を目的としているかというと、スムーズに後腐れなく「縁」を切ることだ。
それは今の若手社員も同じだ。上司から「なんで辞めるんだ? 理由を言ってくれ」とつめ寄られて、「あんたみたいなさえない中間管理職になりたくないからだよ」とか「この会社にいても10年後の自分が想像できねえんだよ」なんて本音は口が裂けても言えない。そうなると「成長したい」「他にやりたいことがある」なんて感じの、どこかで聞いた「模範解答」をひねり出すしかないのだ。
実際、エン・ジャパンが転職サービス「エン転職」の利用者3780人に聞いた2024年の調査によると、退職した人の半数が退職時に本当の理由を「伝えなかった」と回答している。
これは冷静に考えれば当然だ。読者の皆さんも就職活動では「会社説明会を聞いて営業の仕事に興味があります」「創業者の理念を見て共感しました」など、マニュアルに書いてある模範解答を言っていたはずだ。会社に入るときも、出ていくときも「本音」を明かす人のほうが珍しいのだ。
そういう「若手社員の退職の現実」を踏まえれば、若手の「ホワイトすぎるので辞めます」といった退職理由も、話半分に聞いておくくらいがちょうどいい。
令和の時代、退職する会社と一刻も早く縁を切りたい若手からすれば、この「退職理由」は引き止められるリスクゼロの最強カードだからだ。
●若手社員の「退職戦略」
例えば、もしあなたが上司で、若手社員から「成長が実感できないので辞めます」と言われたら、さまざまな引き止め方があるはずだ。これまでと違う仕事を経験させたり、業務時間以外の自己研さんや人脈づくりをサポートしたりして、この若手に何とか成長を実感させ、退職を思いとどまらせようとするだろう。
しかし、「ホワイトすぎるので辞めます」と告げられてしまったら、もはやお手上げだ。以下のようなことは絶対に言えないからだ。
「じゃあ、これからは君だけは成長のために、厳しい叱責とか精神的に追い詰めるノルマとかガンガンやってくから考え直してよ」
「ちょっと判断を急ぎすぎじゃない? ウチの会社でもホワイトじゃない働き方などいくらでもできる。例えば、人事部がうるさいから残業はできないけれど、特別に自宅に仕事持ち帰っていいよ。私がうまくゴマかしておくから」
まともな会社は、今やコンプライアンス順守を徹底しなくてはいけない。勤務時間や仕事量はもちろん、指導する際、昭和のおじさんたちが当たり前に受けた「恫喝」や「シゴキ」的なものは全てハラスメントとして社内処分の対象なのだ。そうなると、あなたは苦虫をかみ潰したような顔でこう言うしかない。
「そ、そっか。ウチの会社とは合わなかったのかもね。次の職場でも頑張れよ」
さて、ここまで言えば、「ホワイトすぎるので辞めます」というのが、いまの会社をとっとと辞めたい若手社員による、緻密に練られた「退職戦略」だということが分かっていただけるだろう。
●バイアスを考慮して慎重な取り扱いを
令和の時代、若手社員が「ホワイトすぎるので辞めます」と言い出したら、上司はもちろん、人事部や経営者までもがこの言葉にひれ伏すしかない。まるで水戸黄門の「印籠」のようなものなのだ。
さて、そこで気になるのは、「ホワイトすぎるので辞めます」という言葉が、令和の若者の本心を反映しているかのような誤解が広まっていることだ。個人的には、日本社会が「組織を辞める(辞めた)人」の話を真に受け過ぎていることが大きいと思う。
あまり語られないが、組織から離れる人というのは基本的にその組織に良い感情を抱いていない。転職先や新天地のほうが魅力的だから離れるのであって、この組織がこれからどうなろうと知ったこっちゃない。そして、その中には、組織文化に失望したり、組織内部での出世争いに巻き込まれたりして、組織に対してネガティブな感情を抱いている人も少なくない。
したがって本来、「組織を辞める(辞めた)人」の話は、そうしたバイアスを考慮し、細心の注意を払って取り扱う必要がある。
例えば、トヨタ自動車を取材しているジャーナリストが2人いるとしよう。1人はトヨタの経営陣や現役のマネジメントなど社員に取材しており、もう1人はトヨタを辞めた元幹部や元社員に取材をしている。ではこの2人が発信する「トヨタ報道」はどうなるかというと、「同じ企業の話とは思えないほど別物」になる。
元幹部や元社員はさまざまな理由で会社に見切りをつけた人たちなので、語ることは会社にとってネガティブな情報が多い。組織文化や経営体制などへの不満・憎悪も強いので、そこを情報源にするジャーナリストの報道もネガティブな方向に引っ張られがちなのだ。
●バイアスがかかるとどうなるか
本来、実像に近い「トヨタ像」を得ようとするなら、経営陣や現役の社員、そして「元社員」の両方の視点が必要になる。しかし、日本では一方の声ばかりが取り上げられがちだ。しかも、「元幹部・元社員」が述べたことのほうが、正しいと評価されがちなのだ。
その最たるものが、「旧統一教会報道」だ。筆者はこの2年半あまり、教会の内部を取材して、教団幹部や100人以上の現役信者たちに話を聞いてきたが、マスコミ報道とのあまりの違いに驚いている。教団がうそをついているとかどうこう以前に、基本的な数字や事実などが異なっている。
なぜこんなことになるのかというと、マスコミは基本的に「元信者」にしか話を聞いてないからだ。彼らが誤った情報を流していると言いたいのではなく、かなり昔に教団から離れているので情報が古く、しかも教団への憎悪というバイアスがかかっているのだ。
このように「組織から離れる(離れた)人の語ること」の扱いというのは、非常に難しい。筆者が危機管理対応をしている企業では、退職者が元上司を訴えるなどのトラブルにもかかわることがある。こうした「元社員」は訴訟戦略の一環として、記者会見などで元勤務先の腐敗を声高に訴える。
しかし、事実を確認してみると、それが単なる誤解であることも少なくない。それでも、マスコミは「元社員の語ること」のほうに肩入れをして、「企業側はうそをついている」と決め付けるような報道をするケースも少なくない。
この「元社員はうそつかない」といった日本社会の強烈な思い込みこそが、「ホワイトすぎるので辞めますという若者が増えている」というニュースの根底にあるような気がする。
いずれにせよ、会社を辞める若手社員が去り際に残した無責任な言葉に右往左往するのではなく、今残っている社員たちの言葉に耳を傾けて、働きやすい環境をつくっていったほうが、よほど有意義ではないのか。
(窪田順生)
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