今季限りで現役を引退するサンフレッチェ広島レジーナMF近賀ゆかり [写真]=WE LEAGUE「チームを勝たせるプレーをしているかどうか。引退するから試合に出られるものではないし、プロとしてピッチに立つ責任をしっかりプレーで出さないといけない。ケガから帰ってくればいいっていうのはプロじゃないと思うし、プロとして結果を出す姿を見せることが復活になると思います」
大ケガから早期復帰を果たして迎えたキャリア最後のホームゲーム。今季限りで現役を引退するサンフレッチェ広島レジーナのMF近賀ゆかりは最後まで勝利への姿勢を貫く。
試合を2日後に控えた5月2日、41歳の誕生日を迎えた近賀は練習終わりの円陣でチームに言葉をかけた。そこでも伝えたのは、「みんなのそれぞれのパフォーマンスを出して勝つことだけを考えて、最後の3試合を一緒にがんばりたい」と勝利を追求することだった。
S広島Rは4日、SOMPO WEリーグ第20節でノジマステラ神奈川相模原をエディオンピースウイング広島に迎えた。今季ホーム最終戦で、近賀は復帰後2試合連続のスタメン入り。キャプテンマークを巻いた背番号2は、試合の立ち上がりからアグレッシブに、熱い気持ちをプレーに乗せて中盤で攻守に躍動した。ゴール前で体を投げ出してシュートブロックも見せたが、本人は「あれは(GK木稲)瑠那がキャッチできたと思います」と笑った。1点ビハインドの56分に交代となり、1万1879人の大歓声の中で両チームによる花道を通ってホームのピッチを後にした。
ただ、何より求めた結果につながらず、試合後は「100あるうちの10ぐらいしか力を見せられなかったので悔しい」と自分のプレーを振り返った。「勝たせるプレー」を見せることにこだわったからこその言葉だった。
常に行動で示し続けてきた。近賀は昨年10月14日の第5節・アルビレックス新潟レディース戦で左ひざ前十字じん帯を損傷し、同22日に手術を受けて全治8カ月と診断された。普通ならシーズン絶望の状況だったが、本人は潔く前を向いていた。「必ず元気な姿でピッチに戻ります!」。手術を終えた日にそんな力強いメッセージを自身のInstagramに投稿した。不可能とも思えた今季中の復帰に向けて取り組み、厳しいリハビリを乗り越えて、4月26日の第19節・大宮アルディージャVENTUS戦で戦線復帰。約6カ月でのカムバックを実現させた。
「試合に出ていた中でのケガだったので、落ち込むこともなかった。今シーズンが始まる前から引退は考えていたけど、ケガはもう起きてしまったことなので、自然としっかり復帰して終わろうと、すぐに目標が切り替わった。確かに時間のかかるケガだったけど、もう『間に合わせるぞ』ということしか見えていなかったし、迷いもなかった。それから、本当にいろんな人が協力してくれて、理解もしてくれて、こうして戻ってこられたので、そういう人たちに復帰していい報告ができるように頑張らないといけない」
その前向きな姿勢は昔から変わらない。近賀が10代の頃からピッチ内外で一緒に過ごし、なでしこジャパンでともに2011年のワールドカップを制覇した澤穂希さんは、全力でサイドを駆け上がる近賀の姿が目に焼きついている。
「2011年のメンバーの中で1番真面目で、1番努力家で、1番いい意味で普通で、好奇心旺盛だし、いつも向上心があって、ネガティブな言葉を1回も聞いたことがないぐらい前向きな選手でした」
澤さんが近賀と直接会って現役引退の報告を受けた時もそうだった。
「ケガした時も本当はしんどかっただろうなと思うけど、一切マイナスな言葉がなくて、復帰するためにどう自分が動いていくかを考えながら本当にポジティブだった。すごく笑顔で前向きな言葉で話をしてくれて、なんかいつも以上に優しい顔をしていた気がします」
キャリア最後の地となった広島でも、新たに誕生した女子プロチームで率先して行動し、大好きなサッカーに全力で取り組む姿勢を見せてきた。創設メンバーの1人で同じ中盤で一緒にプレーしたMF柳瀬楓菜は、「実際にかけてもらった言葉よりかは、やっぱり常に行動で示し続けてくれたので、自分は見て学ぶことが多かった。全てにおいて学びたくなる存在で、長くやり続けてこられたのには理由があるし、どの立場でも常にチームのことを考えて行動してくれていた」と大きな背中を追いながら成長してきた。
近賀が示してきたプロとしての姿がS広島Rの基礎となり前進の糧になった。そんなチームは4シーズン目にしてWEリーグクラシエカップで連覇を達成。近賀が「頼もしい」と言うほどに選手たちは成長を遂げた。
「自分がケガしている最中にカップ戦を優勝したみんなの姿を見て本当に感動したし、同じチームメイトだけど、どんどんたくましくなる姿がうれしいし、かっこいいなと思いながら過ごしていた。また一緒にみんなとサッカーをやりたいなと思わせてくれる存在なので、最後はしっかり噛みしめてプレーしたい」
近賀のような勝利への姿勢を、チームもピッチで表現できるようになってきた。相模原戦は立ち上がりに失点したものの、70分にDF嶋田華のゴールで追いつくと、終盤は気持ちの入った猛攻で逆転を目指した。試合は1−1で引き分けたものの、最後までチームは勝利への執念を体現していた。
「これまで逆転しないといけない試合で、なかなかチームにエンジンがかからないなとか、なんで勝ちたい欲がもっと出ないかなと思ったことは正直あったけど、今日の試合を見れば、誰もが勝ちにいって、点を取りにいって、交代選手も流れを変えるようなプレーをしてくれていた。誰よりも選手たちの気持ちを感じていたのが私だと思います」(近賀)
近賀もベンチから勝利のために仲間を鼓舞し続けた。同点ゴールのあとは、豪快なミドルシュートを決めた嶋田を呼び寄せて祝福しつつ、「ここから、ここから」と声をかけた。ピッチに立つ選手たちはゴールに向かう姿勢を貫き、声援で後押ししたサポーターも巻き込んで、勝利に向けて一丸となった。この日のスタジアムに生まれた一体感は、その中心にいた近賀が広島で築き上げた功績の一つだ。
だからこそ、勝たなければいけなかった。右サイドバックで先発出場したDF塩田満彩は、「絶対に勝たないといけない」と気負いすぎていた。「すごく緊張していて、その緊張をプレーに出してしまった」。相手の激しいプレスも受けて自分の思うようなプレーができず、失点にも絡んだ。「今まで自分の調子が悪くても、(試合中に)こんなにも長く続くことがなかったので、その状況をどうやって打開するかが課題だったし、自分の最初のプレーで失点につながってしまって、試合を難しくしてチームに迷惑かけてしまった」と悔しさを滲ませた。
その苦境で助けられたのは、自分が勝利を届けたかったはずの大先輩だった。「自分がうまくいっていない状況の中で、近賀さんも自分のしないとけないことがたくさんあるのに、私にすごく声をかけてくださった。ミスが続いて落ち込んでいる時に笑顔で顔上げてって言ってくれたのがすごく印象に残っている。ベンチに戻ってからも、すごく私を気遣ってくれて、ずっと声をかけてくれた」。そう話す塩田に悔しさと涙が一気に込み上げた。
右サイドで塩田と縦関係だったMF瀧澤千聖も失点シーンを振り返って悔し涙を流した。開始7分に自陣ペナルティエリア内でカットしたボールが不運にも相手選手の前に転がると、周りにいた味方と見合う形で瀧澤は足を一瞬止めてしまった。「あそこで自分がはっきりプレーするべきだった。そんなに思うようにいかないのがサッカーだと思ったし、まだまだ自分たちの弱い部分だと思いました」と悔しさを噛み締めた。
力が入り過ぎたのにも理由があった。試合後の引退セレモニーでは、WEリーグ全チームや過去のS広島Rメンバー、広島の男子チームも出演したサプライズ動画が流されたが、それは瀧澤が中心となって作り上げたものだった。キャプテンのDF左山桃子やGK福元美穂を筆頭にチームで近賀を送り出す企画を話し合った中で、瀧澤が先頭に立ち、観客動員1万人プロジェクト『自由すぎる女王の大祭典』で一緒にSNS用の動画を作っていた塩田とともにその経験を活かした。作業しながら「絶対に勝った中で見てもらいたかったし、2人で毎日ずっと『絶対に勝とうね』と言っていた」(塩田)。動画への出演に協力してもらうために、WEリーグの各チームや選手らに自ら依頼もしていった。
「いろんな人に声をかけたけど、みんな快く受けてくれて、あれだけ全クラブや選手たちが参加してくれたのは、近賀さんのおかげだし、近賀さんだからこそみんなが協力してくれたと思います」(瀧澤)
スタジアムでは動画をうれしそうに見る近賀の姿があったが、「やってよかったけど、やっぱり勝って見てもらいたかった」と2人は口をそろえた。
だだ、悔しさの先には喜びがあると、S広島Rが歩んできた道が物語っている。まずは今季の残り2試合に向けて、塩田は「取り返すのはプレーでしかできない。出場したらたくさんの人の気持ちを背負ってチームのために走ります」と気合いを入れ直し、瀧澤も「チームのみんなに助けられて負けなかったので、あと2試合は自分がチームを勝たせられるプレーをしたい」と涙を拭った。
見せたいのはチームや勝利のために戦う姿。偉大な背番号2から学んだ大切なことだ。
「(近賀は)試合に出てる出ていないにかかわらず、自分に何ができるかを考えて、チームのために行動や言葉で示せる選手。普段から私たちも『誰かではなくて自分が』と言われていて、そういう行動を自分ももっと起こせる選手になりたいし、近賀さんが引退していなくなるけど、今度は残った自分たちがしっかりレジーナを引っ張っていけるように頑張らないといけない」(瀧澤)
近賀自身は41歳まで走り続けられた理由を「サッカーが好きで、人に恵まれてきたからこそ、ここまでやってくることができた」と言う。そのキャリア最後のホームゲームでは多くの人たちが近賀のことを思って動いた。
交代時に試合を一時中断して両チームがピッチに花道を作って送り出した。
「男子で見る世界だったので、女子サッカーでこんなふうにしてもらえるのは見たことなかったのでびっくりしたし、本当にみなさんに感謝しています」
試合後の引退セレモニーでは佐々木則夫元日本女子代表監督(現・日本サッカー協会女子委員長)や澤さんなど元なでしこジャパンの仲間が広島まで駆けつけた。
「みんな本当に忙しいはずなのに、遠い広島まで来てもらえたことがうれしくて1番泣いてしまった。あの人たちの顔を見ただけで、なぜかわかんないけど涙が出そうになるときがあって、その感情が今日また出ました」
チームメイトが行動を起こし、WEリーグ全チームが協力したサプライズ動画を用意した。
「びっくりしました。こんなことはなかなかないと思うので、改めて女子サッカーの良さを感じましたし、本当に人に恵まれたなと思いました」
現役最後のホームゲームでスタジアムには1万人を超える観客が集まった。
「サッカー選手として本当に幸せだなと思いました。女子サッカーでこれだけ入る現実を見せたレジーナは、これから女子サッカーを引っ張っていく存在になっていかないといけないと思います」
人に恵まれるには理由がある。常に前向きに行動で示してきたからこそ、その姿に惹かれた人たちに囲まれ、慕われてきたはずだ。近賀もそうした周りの人たちを大切にしてきた。引退セレモニーを終えた後、どの試合でも声援を送り続けたS広島Rのサポーターの前で改めて「みなさんは私の誇りであり、自慢です!」と高らかに言った。
「4年前に今日のような光景は想像つかなかったし、(前本拠地の広島広域公園)第一球技場でバスが到着した時に階段にサポーターのみなさんがいてくれた光景が私はすごく大好きで、そこからスタートして今日もこうして後押ししてくれたので、本当に自慢に思っています」
そして、S広島Rの未来を思いながらサポーターに呼びかけた。「私は今シーズンで引退しますが、後ろにいるみんながまだまだ頑張ってくれると思うので、引き続き背中を押してサポートしてください」。それに値するようなプレーを現役最後の2試合でピッチに残していく。
「サポーターの方たちに勝ちを届けたいってまた強く思えた試合になった。今日は残念に思ってしまった方に、あと2試合でいい報告ができるようにしたい」
近賀ゆかりは選手最後の瞬間まで勝利への姿勢を貫き通す。それはサンフレッチェ広島レジーナの未来へ続く道を照らすはずだ。
取材・文=湊昂大
【ハイライト動画】サンフレッチェ広島レジーナ vs ノジマステラ神奈川相模原
https://youtu.be/Vw83Je_xN_o?si=VbeBsBeOxcFHA-YK