井上尚弥の防衛戦を観戦したメイウェザーの叔父は「これまでにない姿」 超大物プロモーターには中谷潤人戦について直撃

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2025年05月07日 18:20  webスポルティーバ

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【フロイド・メイウェザー・ジュニアの叔父も観戦】

 現地時間2023年7月29日、ラスベガスのT−モバイル・アリーナで催された4冠統一ウェルター級タイトルマッチ、テレンス・クロフォードvs.エロール・スペンス・ジュニア戦には、1万9900人のファンが詰めかけた。今回、日本の誇る"モンスター"、井上尚弥のWBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトル防衛戦、ラモン・カルデナス戦にも同じ会場が用いられたが、収容者数は8474。最上階にはカーテンが敷かれ、座席にはしなかった。

 前日計量も、本来ビッグマッチの際にプレスルームとなるMGMグランド内の一室でファン200名のみに公開される形で行なわれた。井上にとっては、2021年6月以来のラスベガスでのファイトであり、是が非でも本場で己の価値を高めたかった筈だ。

 このところ、井上の世界タイトルマッチはスポーツ総合チャンネルであるESPNが全米中に放送している。が、開始時刻がウィークデイ東部時間の午前8時、西部時間なら午前5時といった調子で、TV画面の前に座るのが難しい状況にある。そんななかでモンスターが、いかなるパフォーマンスを披露してアメリカ人ファンを増やすかが見どころのひとつであった。

 ラスベガスを代表するホテル&カジノであるMGMグランドの正面玄関を入って左手にある土産物屋には、「怪物」と漢字で書かれた無数の黒いTシャツが陳列されており、女性店員は「飛ぶように売れています!」と満面の笑顔で話した。今回の井上vs.カルデナス戦はTop Rank社が手掛けており、同社が催した1985年4月15日の統一ミドル級タイトルマッチ、マービン・ハグラーvs.トーマス・ハーンズ戦の復刻版Tシャツも並んでいたが、彼女は「売れ行きがまったく違う」と肩をすぼめた。

 モンスターより3歳下であるカルデナスの戦績は、26勝(14KO)1敗。2017年4月にキャリア唯一の黒星を喫してから、14連勝を重ねてWBAの指名挑戦者となり、井上戦に辿り着いた。ボクシングだけではとても食えず、Uber、Lyft、DoorDashなど、シェアドライバーや配送業で日銭を稼ぎながらリングに上がってきた男だ。

 空席の目立つアリーナに、メインイベントのゴングが鳴り響いたのは20時10分。記者席後方には、かつてのパウンド・フォー・パウンド(PFP)、フロイド・メイウェザー・ジュニアの叔父、ジェフの姿があった。YouTube『メイウェザー・チャンネル』を開設しており、取材者として試合を見つめていた。

 ジェフはIBFウェルター級1位だった長兄のフロイド・シニア、WBAスーパーフェザー、WBCスーパーライトと2階級を制した元世界チャンプの次兄、故ロジャーの後を追ってグローブを握った。マイナー団体ながら、IBOスーパーフェザー級王座に就いている。また、4ラウンドでストップされはしたが、オスカー・デラホーヤのデビュー5戦目の相手も務めた。ウェスタン・ミシガン大でグラフィック・アートを専攻し、YouTubeと並行しながら地道にトレーナーを続けている。

「ナオヤ・イノウエは"殺し屋"だ。2020年10月31日のジェイソン・モロニー戦を生で観て以来、注目している。技術もハートも超一流。よくぞラスベガスに戻ってきてくれたと、嬉しくて仕方ないよ。見逃してなるものかと、楽しみにやって来た。

 カルデナスもタフな選手だが、イノウエの相手じゃないだろう。中盤にKO勝ちするんじゃないか。なんと言っても、パンチ力に大きな差がある」

 多くの人が、ジェフと同じような予想を立てていたのではないか。井上尚弥が圧勝することを疑う者は、筆者の周りでは見受けられなかった。そして、実際にモンスターは8ラウンド45秒、レフェリーストップで勝者となった。

【モンスターの印象に変化】

 ただ、第2ラウンドに左フックのカウンターを浴びてダウンを喫した。昨年5月6日のルイス・ネリ戦でのファーストラウンドにキャンバスに崩れ落ちた折も、やはり左フックを喰らっている。

 ジェフは言った。

「流石のイノウエも、ラスベガスの大きな会場の雰囲気に平常心でいられなかったんじゃないか。心なしか、顔つきも硬いように見えた。そして、カルデナスはイノウエが思った以上に手強かったんだろう。

 確かにモンスターはダウンした。ネリがサウスポー、カルデナスはオーソドックスだけれど、パンチの軌跡は似ていたんじゃないか。イノウエの弱点と呼べるのかもしれない。

 しかし、ダウン後にきちんと立て直した点を俺は評価したい。あのモハメド・アリも、左フックを苦手としていただろう。ボディへの攻撃もなかった。でも、自分のボクシングを貫いてボクシング界最大の存在になった。イノウエは3ラウンド以降、彼ならではの戦いをした。その結果、タフな挑戦者にKO勝ちしたんだから見事だよ」

 とはいえ、とジェフはつけ加えた。

「ずっと、イノウエという選手はパウンド・フォー・パウンドKINGを争う男だと俺は考えてきた。でも今日の試合を見て、そこまでじゃない気がしている。打ち合いのなかで、挑戦者のパンチをもらうシーンもあった。左フックだけじゃなく、右ストレートもワンツーも被弾した。これまでにない姿だったな」

 同じく、井上尚弥がWBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトル4度目の防衛に成功した様を、アリーナの記者席から見届けたブレンダン・テイラーも語った。

「イノウエvs.カルデナス戦は、モンスターにとって非常に重要な試合だった。ここ数日、ニューヨークとサウジアラビアで大きなボクシング興行が行なわれたが、内容はお寒かった。一方でイノウエは、カルデナスとクラシックな打ち合いを繰り広げた。人生で2度目のダウンを経験しながらも、ピンチを冷静に切り抜け、最後はきっちり仕留めたよね。彼はアメリカのボクシングファンの心を掴み、特別なファイターであることをあらためて示したんじゃないか。

 でも同時に、スーパーバンタム級が彼にとって、限界となる可能性も見せた。モンスターは、階級を上げ続けられる体格じゃない。ひとつ上のフェザー級は、彼にとって非常に危険だ。ラモン・カルデナスは左フックでイノウエを倒したが、近く日本で防衛戦を行うIBF王者のアンジェロ・レオの持つ左フック、フットワーク、パワーはイノウエを窮地に追い込むだろう。また、セミファイナルでWBOタイトルを防衛したラファエル・エスピノサのサイズ(身長185センチ、リーチ188センチ)と粘り強さは、イノウエ、そしてフェザー級のどんな選手に対しても脅威だ」

【超大物プロモーターは中谷戦について「最高レベルになる」】

 激闘後のモンスターが、T−モバイル・アリーナの記者会見場にやって来たのは21時30分だった。メディアから質問が飛ぶなか、「中谷潤人戦はいつ頃になりそうですか?」と訊ねられた4冠スーパーバンタム級チャンピオンは、自ら大橋秀行会長に答えを促す。すると大橋は「来年5月くらいですかね」と応じた。

 昨年のゴールデンウィークに行なわれたネリ戦で、井上尚弥は東京ドームに4万3000人のファンを呼んだ。T−モバイル・アリーナ興行の5倍以上である。中谷潤人との一戦は、ネリ戦以上の集客が見込める。

 モンスターとカルデナスとの一戦をプロモートしたTop Rank社の総帥、ボブ・アラムに日本人頂上決戦について質した。

*****

――昨年7月、中谷潤人選手とTop Rankは契約を締結させましたが、どんな判断で決めたのでしょうか?

「非常に優秀なファイターですし、ホンダさん(帝拳ジム、本田明彦会長)の選手ですから、共同でプロモートしていくことになりました」

――井上尚弥vs.中谷潤人戦は、2026年5月とお考えですか?

「ええ。そうですね。ボクシング史に残るすばらしいファイトになるでしょう」

――日本人ファンがとても注目している試合ですが、リターンマッチはアメリカで、という計画もイメージしていますか?

「いいえ。まずは一戦組んで、その結果を見てからです。内容によっては、アメリカ、サウジアラビアと、いろんな選択肢が考えられます」

――好ファイトとなった場合、あなたは再戦、再々戦と、名ファイトをマッチメイクしてきましたね。マルコ・アントニオ・バレラvs.エリック・モラレスのように。

「その通りです。マニー・パッキャオvs.ファン・マヌエル・マルケスもね!」

――ジョニー・タピアvs.ポーリー・アヤラも歴史に残るファイトでした。井上vs.中谷戦も、あんなレベルのファイトになりそうですね。

「ええ、もちろん。最高レベルになるでしょう」

――ところで、今日の井上尚弥選手のダウンシーンには驚きましたか?

「それはそうですよ。いつだって、自分が抱えている選手が倒されたらハラハラします」

*****

 1973年にTop Rank社を立ち上げた海千山千のアラムも、井上vs.中谷戦には特別な思いがあるようだ。

 T−モバイル・アリーナを後に、レンタカーを停めたMGMグランドに移動する。土産物屋の前を通過した際、前日に短い会話をした女性店員が「怪物Tシャツ、完売しました!!」と笑顔で告げてきた。ハグラーvs.ハーンズの復刻版は、まだ余りがあった。

 観光客が行き交うホテルのロビーで、筆者の進行方向の逆から、お揃いのジャージを着たチーム・カルデナスの一行が歩いて来る。顔面のあちこちを赤く腫らした29歳の挑戦者は、サングラスで傷を隠していた。

「いい試合でしたね」と、こちらが右手を差し出すと、WBA1位は筆者の手を強く握り返し、「ありがとう」と言った。

 MGM駐車場の4階に停めたレンタカーのドアを開けるまでに、「怪物」Tシャツを身に纏った米国人ファン3名と擦れ違った。彼らは思い思いに井上の勝利について論じていた。

 モンスター時代は、いつまで続くだろうか。

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