
「全国的には立石(正広/創価大)とか、松下(歩叶/法政大)とか、谷端(将伍/日本大)とか、ドラフト候補として名前が挙がっているじゃないですか。彼らがすごい選手ということはわかっているんです。でも、自分は負けたくないし、負けているつもりもありません。『ここだけは負けない』と自負しているところもあります」
青山学院大4年の小田康一郎は言葉を選びながら、自分の思いを吐露した。丸みを帯びた体格と愛嬌の滲む穏やかな表情。その内側には、強烈な自己主張が潜んでいる。
【「あいつは天才です」】
小田はチームの主軸を務める強打者だ。小田のプレーを見るたびに、「なぜこの実力者がもっと騒がれないのか?」と不思議に思えて仕方がない。こと打撃力に関しては完成度が高く、どんなタイプの投手にも対応できる。小田の言う「ここだけは負けない」という部分も、そこにある。
「バットの芯に当てる能力、ヒット性の打球を打つことに関しては自信があります。いろんな選手を見ていても、そこは誰にも負けないのかなと」
日常的に小田を見ている人間は、その能力に賛辞を惜しまない。青山学院大の安藤寧則監督は「大学野球を代表する選手になってほしい」と期待を口にし、中野真博コーチはあきれたように「あいつは天才ですよ」と語った。
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昨年のドラフト会議では、青山学院大から西川史礁(ロッテ)と佐々木泰(広島)のふたりの右打者が1位指名を受けた。スラッガーとしてまだ素材段階だったふたりに対し、小田のコンタクト能力はプロでも即戦力になる可能性がある。
実際に小田と膝を突き合わせてみて実感したのは、その打撃感覚の鋭敏さだった。
「バッターボックスで構えた時、このへん(右腕を投手方向に伸ばす)に振るべきゾーンを思い浮かべるんです。そのゾーンを通らなければ振らないし、通れば球種は何であれ振っていきます」
小田の言う「ゾーン」とは、必ずしも「ストライクゾーン」と同義ではない。あくまでも小田の感覚であり、対戦投手や状況に応じて変わっていく。時には小田のイメージする「ゾーン」を通過しなかったのに、球審に「ストライク」とコールされることもある。だが、小田は「その場合は仕方がない」と割り切っているという。
「それを『ストライク』として振ってしまうと、自分が描いているゾーンが広がって、感覚が崩れてしまうので。だから、自分を信じて疑わないようにしています」
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【バットを振らないという選択】
昨秋10月にはリーグ戦の試合中に右有鉤骨を骨折し、戦線離脱するアクシデントがあった。即座に手術をし、約1カ月半後にはバットを振れるようになった。だが、小田は少しでも右手に痛みが走ると、バットを置くようにしていたという。
「痛みが出ない範囲で終わらせました。冬に振り込みをするバッターも多いと思うんですけど、自分はバッティングをおかしくしたくなかったので」
有鉤骨骨折から復帰する際に、打撃感覚を崩す選手は多い。無意識のうちに古傷をかばい、強くコンタクトできなくなる打者もいる。小田は感覚を崩さないため、あえて「振らない」選択をした。
「自分のなかで、頭と体で覚えている自信はあったので。恐怖心がなく振れるようになれば、開幕まで2カ月あれば大丈夫だろうと。自分の考えを安藤監督が理解してくださったのも、救いでした」
バットを振らない分、例年以上にブルペンのバッターボックスに入り、投手の投球に目を凝らした。幸い、青山学院大には今年のドラフト上位候補である中西聖輝や、来年のドラフト上位候補の鈴木泰成など、大学屈指の逸材がひしめいている。2月中旬になると「気持ちよくバットが振れるようになった」と小田は振り返る。
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昨秋までに、青山学院大は東都大学リーグ4連覇を成し遂げていた。2年前には常廣羽也斗(広島)、下村海翔(阪神)、1年前には西川と佐々木。2年連続でドラフト1位を複数も輩出した例は史上初である。
とくに打線の核だった西川と佐々木が抜け、小田にのしかかる重責は大きかったのではないか。そう尋ねても、小田は苦笑交じりにこう答えた。
「西川さんと佐々木さんがいた時から、僕がどれだけ打っても注目されたのはあのふたりだったので。今も打っても、立石、松下、谷端ばかり記事を見ますし。だから、いい意味でプレッシャーがないんですよね」
【スカウトの評価が上がりにくい理由】
小田はシーズン開幕後、青山学院大の主軸として絶大な存在感を放ち続けている。開幕戦の中央大1回戦は3対5で競り負けたが、翌2回戦では先制2ランを放つなど5対0の勝利に貢献。3回戦でも小田が決勝適時打を放ち、1対0で勝利した。
さらに日本大との第2週では、大きな見せ場があった。1回戦は青山学院大・中西、日本大・市川祐と両エースが好投して2対2のままタイブレークへ。延長10回表、無死一、二塁の先頭打者として打席に入った小田は、内角のストレートを振り抜いた。
小田は独特の言い回しで、この状況を振り返る。
「ボールを振りにいく瞬間って、意外とスローモーションになって、いろいろと考える時間ができるんです。『そろそろインコースに来そうだな』と思っていたら、本当にインコースに来て、『これ、このまま振ったらいくな』と考えていたんです」
打った瞬間、その場にいた誰もが確信する放物線がライトスタンドへと伸びていった。小田自身が「人生で一番と言ってもいいくらい」と振り返る、完璧な勝ち越し3ランだった。
青山学院大は今春リーグ8試合を終えた段階で勝ち点3(6勝2敗)を獲得。小田は打率.345、2本塁打、8打点と主軸の仕事を果たしている。
小田の評価が上がりにくい要因として挙げられるのは、「ポジション」の問題だろう。小田が主戦場としているのは、一塁手。近年のドラフト戦線では、一塁手のドラフト候補はスカウトから「潰しがきかない」と避けられる傾向にある。よほど打撃力がなければ、プロでは外国人一塁手との競争に勝てないからだ。
しかし、シートノックや試合を通しても、小田の守備力が低いとはどうしても思えなかった。そこで、安藤監督に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「僕はどうしてもファースト守備へのこだわりがあって、勝つために小田を使っています。実際に彼の守備で勝った試合が何回もあるんです。セカンド、サードも十分にできますし、外野だって守れます。本来はショート以外ならどこでも守れる選手なんです」
ハンドリングの柔らかい小田が一塁を守っていると、内野陣は安心して送球できる。安藤監督の言うとおり、小田はリーグ戦の試合途中から二塁を守るシーンもあり、オープン戦では二塁や三塁で起用される試合もある。
小田は守備について、こんな本音を明かしている。
「監督さんとの面談では、毎回『ジコチュー(自己中心的)なんですけど、ファースト以外を守りたいです』と伝えています。でも、監督さんからは『守備ができる選手をファーストに置きたい』と言われて。内野のみんなからも、プレー前に『(送球が逸れた際の)カバー頼むよ!』と言ってもらえるので、信頼してもらえているのかなと」
身のこなしが柔らかく、送球もさまざまな角度から器用に投げ分けられる。高校時は投手経験もあり、「投げることはまったくイヤじゃないです」と語る。
【「隠れ俊足」という武器】
そして、もうひとつ。身長173センチ、体重85キロとずんぐりとした体格の小田だが、「隠れ俊足」という武器がある。昨秋リーグ戦では故障離脱するまでの9試合で、5盗塁をマークした。
それまではリーグ通算0盗塁だったため、「盗塁のコツをつかんだのですか?」と尋ねると、小田はこともなげに「今までも走ろうと思えば走れたんです」と答えた。
「今まではうしろの打順に長打のある選手がいたので、『邪魔しないでおこう』と走らずにいたんです。でも、昨秋は西川さんがケガで抜けたこともあって、いかに得点圏まで進んで、ワンヒットで1点を取れるかが大事になっていました。それで積極的に走るようになったんです」
今春はここまで1盗塁だが、それも開幕当初に小田のあとを任された青山達史(2年)を慮ってのことだった。
ただし、小田は「無謀に足で勝負できるほど速くはない」とも語っている。それでは、なぜ盗塁ができるのか。
「ファーストをやっていて、牽制がくるタイミングは雰囲気でわかるんです。あとはバッターとして配球も読めるので、低めのボールや変化球を投げるタイミングで走っています」
確実性も長打力もあるハイレベルな打撃、マルチに守れる守備、根拠を持って走れる走塁。これだけの能力を持った選手が、スカウトの目利きたちから評価されないとは到底思えない。
5月10日からは、ともに勝ち点3を獲得している亜細亜大との首位攻防戦が始まる。小田は開幕6連勝を飾る亜細亜大の投手陣を警戒しつつも、こう語っている。
「勝てない相手とは思っていないので。むしろ、6連勝しているということは、負け慣れていないということ。そのスキを突けるかが大事だと感じます。僕らはこれまでも苦しい戦いを乗り越えてきているので、とにかく1試合取れれば変わってくると思います」
戦いが極限に迫れば迫るほど、小田康一郎の存在感は増してくる。そんな予感がする。