
中学入試で同じ作品が使われるのはなぜか?
その前に、なぜ国語の入試問題に同じ作品が選ばれるのかについて解説します。1つは、国語の作問者が、入試の公平性を担保するため、受験生にとって初見の文章を出題しようと考えるからです。その結果、出版されて間もない新刊図書やはるか昔の名文などがよく出題されます。
昔の名文が出題されるもう1つの理由に、著作権があります。大学入学共通テスト(旧センター試験)の国語の入試問題が掲載されていない新聞紙面を見たことがある方もいるかもしれません。これも同様の理由によるものです。
入試問題を作問する時点で、学校側は作者や筆者に文章の使用許諾は取りません。入学試験は秘匿性が高いため、事前に著作権者の承諾を得ずに利用できるとされているからです。
|
|
国語の教材に関する著作権問題の影響は大きく、四谷大塚が販売する教科別の「週テスト問題集」で国語だけがラインアップされていないのもこのためです。
ちなみに著作権の保護期間は、原則として著作者の死後70年または作品の公表後70年(団体名義や著作者が有名でない場合)ですので、かなり昔の作品でないと著作権フリーにはなりません。
実物の入試問題で演習した方がいい理由
筆者が経営する千葉県柏市の塾では、毎年中学入試終了後に各中学校(100校超)から入試問題を送付してもらい、それらをデータベース化して教材を作成しています。直近5年分程度は紙ベースでファイル保管し、難関中の実物入試問題(首都圏御三家・有名中学、灘、ラ・サールなど)の過去問はデジタルデータで25年分超全てそろえています。
|
|
小学6年生の塾生たちの秋の入試問題演習では、これら実物入試問題のコピーを出力して入試本番と同じ環境で演習してもらいます。下書きスペースのある・なしを確認できるのは実物の入試問題だけであるため、12歳の子どもが実物の入試問題で演習を行う効果は高いからです。
2025年度の中学入試で最も出題された図書12選
さて、前置きが長くなりましたが、本題に入ります。弊塾の出典リストに基づいた2025年度入試の頻出作品は以下の通りです。
※以下、エクセレントゼミナール調べ
1. 『わからない世界と向き合うために』(中屋敷均著 筑摩書房 2024年2月刊)
【出題校】
市川(1回)、甲陽学院(1日目)、東大寺学園、立教女学院、鷗友学園(1回)、淑徳与野(2回)、跡見(特待2回)、山脇(A)、高輪(A)、昭和秀英(1回)、茗溪(2回)などで出題。
|
|
【出題校】
海城(2回)、慶應湘南藤沢、横浜共立(1回)、学習院女子(B)、大妻(1回)、三輪田(2回)、明大中野(2回)、サレジオ(B)などで出題。
3. 『透明なルール』(佐藤いつ子著 KADOKAWA 2024年4月刊)
【出題校】
慶應湘南藤沢、早稲田実業、立教女学院、城北(1回)、西武文理(特待)、吉祥女子、栄東(B)、大妻(2回)などで出題。
4. 『アルプス席の母』(早見和真著 小学館 2024年3月刊)
【出題校】
ラ・サール、海陽(I)、愛光(首都圏)、本郷(3回)、城北(3回)、立教池袋(1回)、山脇(国語一科)などで出題。
5. 『八秒で跳べ』(坪田侑也著 文藝春秋 2024年2月刊)
【出題校】
聖光(帰国)、開智(2回)、栄東(東大II)、城北(2回)、山脇(C)、成城(2回)、共立(1回)などで出題。
6. 『悪いことはなぜ楽しいのか』(戸谷洋志著 筑摩書房 2024年6月刊)
【出題校】
筑波大附属、洗足(3回)、栄東(A)、大妻(4回)、跡見(2回)、品川女子(2回)などで出題。
7. 『「みんな違ってみんないい」のか?』(山口裕之著 筑摩書房 2022年7月刊)
【出題校】
東葛飾(II)、普連土(1回)、成城学園(2回)、法政第二(2回)、春日部共栄(3回)、盛岡白百合(首都圏1科)などで出題。
8. 『ぼくの色、見つけた!』(志津栄子著 講談社 2024年5月刊)
【出題校】
暁星(1回)、横浜雙葉(1回)、跡見(1回)、大妻(3回)、鎌倉女学院(1回)などで出題。
9. 『世界の適切な保存』(永井玲衣著 講談社 2024年7月刊)
【出題校】
開成、海城(帰国)、慶應普通部、学大世田谷などで出題。
10. 『訂正する力』(東浩紀著 朝日新聞出版 2023年10月刊)
【出題校】
立教新座(1回)、本郷(3回)、高輪(C)などで出題。
11. 『ヒカリノオト』(河邉徹著 ポプラ社 2024年5月刊)
【出題校】
品川女子(1回)、大妻(4回)、三輪田(1回)などで出題。
12. 『やらかした時にどうするか』(畑村洋太郎著 筑摩書房 2022年6月刊)
【出題校】
専修大松戸(3回)、成蹊(1回)、光英VERITAS(1回)などで出題。
麻布は同年の直木賞受賞作品を出題
東京の御三家の1つである麻布は、入試の約2週間前に第172回直木賞を受賞した『藍を継ぐ海』(伊与原新著 新潮社 2024年9月刊)を用いました。入試問題の作成時期を考えると、同年の秋に出版された書籍から出題されるのはかなり珍しいこと。しかも1月15日に受賞したばかりの直木賞作品を、2月1日の入試に出題するスピード感と慧眼には脱帽するばかりです。
良質な作品を読むことが国語力の向上にもつながる
著者の経営する塾では、入試に出題された主要作品は毎年購入し、生徒だけでなく保護者への貸し出しも行っています。生徒の国語力を育てる上でも、良質な図書を俯瞰的に読むことは肝要ですし、生徒がその著作や作家、テーマそのものに興味をもったときに、家族で話し合うことにも意味があると考えているからです。
受験生の親御さんも日々忙しいため、全ての作品を読む時間は取れないかもしれません。しかし、入試問題に扱われている場面を知るだけでなく、原典となる作品に目を通すことは、子どもたちを取り巻く社会について知る上でも重要な意味を持つでしょう。
私立中学の入試問題でよく出題される『楽隊のうさぎ』(中沢けい著)が2010年の大学入試センター試験に出題されましたが、入試に出題された図書(中学入試・高校入試・大学入試を含む)は倫理的で教育的な推薦図書だとも言えます。時間の許す限り親子で読んでみてはいかがでしょうか。
小野 博史プロフィール
準大手中学受験塾トップクラスの指導を皮切りに、教室長、教材部長などを歴任。平成8年、千葉県柏市で中学受験・私立中高専門塾エクセレントゼミナールを設立主宰。講師として35年超、合格率にこだわった受験指導で1000人以上の受験生を送り出す。SAPIX、日能研、四谷大塚などの大手塾の生徒にも個別指導をしており、的確なセカンドオピニオンを提供することで合格可能性を広げ、悔いのない中学受験に導くことを身上とする。(文:小野 博史(中学受験ガイド))