「1人も解雇するな」を経営哲学としていた松下幸之助氏が創業したパナソニックホールディングス(以下、パナソニック)が、1万人のリストラを断行する。
黒字であるにもかかわらず、これほどの大ナタを振るうのは「社員1人当たりの生産性が高い組織」へと構造改革を進めるためだという。同社の楠見雄規社長は、少し前にあった2024年度の第3四半期決算発表会でも、こんな危機感を口にしている。
「当社は30年間成長できていない。投資をして一時的に販売が上がっても、すぐに棄損(きそん)することの繰り返し。市場からも厳しい目で見られている。赤字になってからではお金も時間も余裕がなくなるので、利益が出ている今こそ」
1人当たりの生産性が低いので会社としても成長できない。そこで生産性を上げようと巨額の投資をするのだが、“打ち上げ花火”のように一時的に終わるだけで低迷から抜け出せない。そんな「失われた30年」が続く中で、今はどうにか過去の遺産で食いつないでいるが、このままでは確実にヤバい。そこで組織を根本的に生まれ変わらせようというわけだ。
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そう聞くと、「ん? 生産性がまったく上がらず30年以上もジリ貧が続いているって話、他にもどこかで聞いたような……」と“デジャブ”(既視感)を覚える人も多いはずだ。
そう、実は生産性が低くて30年間成長できていないパナソニックの姿は、この国の低迷ぶりとまるかぶりなのだ。
●「生産性」が絶望的に低いニッポン
1990年代以降、日本が成長できず「失われた30年」と呼ばれていることは、今さら説明の必要がないだろう。理由としては「消費税が悪い」「緊縮財政が悪い」などさまざまな主義主張があふれているが、客観的なデータから明らかになっているのは、パナソニックと同様に「1人当たりの生産性」が極めて低いことだ。
日本生産性本部が2024年12月に発表した「労働生産性の国際比較2024」によると、2023年の日本の1人当たり労働生産性(就業者1人当たり付加価値)は、9万2663ドル(877万円/購買力平価換算)。ハンガリー(9万2992ドル/880万円)やスロバキア(9万2834ドル/879万円)といった東欧諸国とほぼ同水準だ。OECD加盟38カ国中32位で、主要先進7カ国で最も低くなっている。
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しかも、「投資をしても棄損することの繰り返し」という蟻地獄にハマっている点も共通している。例えばOECDデータによれば、2015年の1人当たり労働生産性は7万4315ドル(783万円)でOECD加盟35カ国中22位だった。
こうした状況を受け、政府は「生産性向上」を国策として掲げ、2018年に「生産性向上特別措置法」(現在は中小企業経営強化法)を成立。「中小企業生産革命推進事業」などにガッツリ予算を組み込んで今に至る。令和7年度と令和6年度の補正予算を合わせると、6681億円になる。
では、このように生産性向上へ向けた投資をした結果どうなったかというと、先ほど見たように、2023年度はOECD加盟38カ国中32位まで転落した。他国にどんどん追い抜かれてしまっているという部分もあるが、いくら公金をバラまいたところで生産性向上につながらないのだ。
●なぜパナソニックは日本と同じ道をたどったのか
では、なぜパナソニックと日本の「苦境」はこれほど似通ってしまったのか。いろいろな意見があるだろうが、個人的には「高齢化によって現状維持を望むプレーヤーが増えてしまった」という同じ問題を抱えていることが大きいと考えている。
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まず、「高齢化」という点では、パナソニックと日本はほぼ同じ状況だ。「データで見るパナソニックグループのDEI」によると、同社従業員の年代別の割合は、20代が14%、30代が16%、40代が21%、60代が9%と続き、なんと50代だけは「41%」とずば抜けて多い。
楠見社長も述べているが、パナソニックは「50歳代が非常に多い」のだ。
実はこの特徴は、日本にもまんま当てはまる。国立社会保障・人口問題研究所の「人口ピラミッド」を見れば分かるように今、生産年齢人口、つまりこの国の中の労働者の中で最も多いのは50代だ。50歳が100万人近くいるのに対して、25歳は60万人程度しかいない。
つまり、今の日本は「50代が異常に多い社会」なのだ。
このような話を聞くと、「パナソニックや日本が成長できないのは、われわれ50代が足を引っ張っているというのか」と不愉快になる人も多いかもしれないが、筆者も50代だし、「おじさんディスり」をするつもりなど毛頭ない。
パナソニックの中でもさまざまな事業で活躍している50代がたくさんいるはずだ。これまでの経験を生かして後進の育成をしている人もたくさんいる。日本社会の中でも同じだ。
●勤続年数に注目すると
筆者が指摘したいのは、個々の能力や努力の有無ではなく、この年代になるとどうしても「現状維持を望む人が増える」という現実である。
例えば、パナソニックの50代社員がどんなに有能で、仕事ができても「現状維持志向が強い」という傾向は否定できない。
先ほどの「データで見るパナソニックグループのDEI」によれば同社の従業員の勤続平均年数は男性が20.7年、女性が19.4年。国税庁の「令和4年分 民間給与実態統計調査」によると、企業全体の平均勤続年数は12.7年であり、それと比較すれば、パナソニックがいかに「働きやすい会社」であるかが分かる。
ただ、それは裏を返せば「定年退職までどうにか会社にしがみつこうとする人」も他社に比べて多いということだ。
厚生労働省の「令和4年雇用動向調査結果の概況」によると、年齢階級別の「転職入職率(在籍する労働者数に対する転職者の割合)」は「25〜39歳」の男性が15.3%なのに対し、「50〜54歳」の男性は5.1%、「55〜59歳」の男性は5.7%に過ぎない。
つまり「50代からの転職活動は難しい」という現実があるので、この年齢になるとほとんどの社会人は、新しいチャレンジなどのリスクを回避して、今の会社で定年退職まで無事平穏に働こうという人がどうしても多くなってしまうのだ。
●定年退職まで「しがみつく」50代
これはパナソニックという名門企業の50代ならばなおさらだ。有価証券報告書にある平均年間給与は930万4992円。個人差はあるものの、50代ともなればさらに高収入の人もいる。
先ほど見たように50代の転職はまだまだ厳しい。新しいチャレンジをして今以上の待遇を得るのはかなりの狭き門だ。となれば、「定年退職までどうにか会社にしがみつこう」と考える50代が増えるのは自明の理だ。
「それの何が悪い! 50代にもなれば第二の人生を考えて守りに入るのも当然だろ」というお叱りが飛んできそうだが、それ自体は何も悪くない。先の見えないこの日本において、個人が行う当然の「自己防衛」だ。
ただ、「会社」という組織体から見ると、これはあまりよろしくない。労働生産性を向上するというのは、これまで2日でやっていた仕事を1日で終わらせるとか、そういう「効率化」とはまったく別で、付加価値を高めていくことだ。つまり、これまで100万円で売っていた商品に新たな価値を乗っけて、200万円に値上げしても顧客が満足するような「新たなチャレンジ」をすることだ。
しかし、「現状維持を望む50代」はそういう危ない橋を渡りたがらない。チャレンジして失敗すれば、これまで積み上げてきた評価が下がり、待遇が悪化して退職後の人生設計に支障をきたす恐れがあるからだ。
では、今の待遇を退職まで守るにはどうするのがベストかというと、「余計なことはしない」。会社から与えられたミッションを粛々とこなすのだ。
これはサラリーマンとしては「合格」かもしれないが、新しい価値が生み出されていないため、生産性は当然上がらない。だから、パナソニックは30年間成長できなかった。
このような低成長を招く「負のスパイラル」は、実は日本も全く同じである。
先ほど見たように、日本の労働者も50代が突出して多い。この年代はあまり転職をしないで、「今の職場で定年退職までいたい」という志向が強いのも、これまで述べてきた通りだ。
●「現状維持を望む50代」が本当にあふれている場所
では、そうした「現状維持を望む50代」は、どこで働いているのかというと「中小企業」である。
ご存じの方も多いだろうが、日本企業全体の中でパナソニックのような大企業はわずか0.3%に過ぎない。99.7%は中小企業で、そのうち約6割は、従業員が数人規模の「小規模事業者」だ。しかも、日本人の7割がこの中小企業で働いている。つまり「現状維持を望む50代」が本当にあふれているのは、パナソニックなどの大企業ではなく、全国336万社の中小企業なのだ。
こういう現実を踏まえれば、中小企業の生産性が低くなるのは当然だ。「現状維持を望む50代」が経営者や従業員として多く関わっているので、新たな付加価値を生み出そうとせず「現状維持」――つまり「倒産しない」ことを目的に運営している中小企業が日本中にあふれているのだ。
「そんなのはお前の妄想に過ぎない」と失笑する人も多いだろうが、データを見ればそう考えざるを得ない。中小企業庁が発表している「中小企業白書(2019年版)」の「存続企業の規模間移動の状況(2012〜2016年)」が分かりやすい。
これは2016年時点で、廃業せずに存続している事業者295万社が、4年前の2012年からどれほど、従業員を増やすなどして企業規模を拡大させてきたのかを調べたものである。それによると、規模拡大に成功したのはなんと7.3万社のみで、95%に当たる281.3万社が「規模変化なし」だったのだ。
つまり、『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)や『がっちりマンデー!!』(TBS系)のような情報番組で「急成長している中小企業」などと紹介されるのは超マイノリティーであって、95%は「成長も倒産せず、現状維持を目的とした企業」なのだ。
●「失われた30年」の本当の原因
このような話を聞くと、「現状維持をしたいわけじゃなく、成長したくてもできないのだ」という人もいるが、そういう中小企業経営者の窮状を受けて1964年に中小企業基本法が成立し、さまざまな補助金が半世紀にわたってバラまかれた。その結果が「1人当たり生産性」が異常に低い今の日本だ。
この構図は、減反政策で農家を半世紀にわたって補助金漬けにした結果、日本の農家の生産性・競争力をとことん低下させたのとよく似ている。バラマキでは、生産性は上がらないのだ。
中小企業経営者から「こっちは社員を食わせているんだ、補助金もらって倒産を回避して何が悪い!」というお叱りが飛んできそうだが、もちろんそれは悪くはない。自分と家族、そして雇っている従業員とその家族の生活を考えれば、とにかく「会社の存続」が最大の目標であり、そのため利用できるものは何でも利用すべきとなるのは当然だ。
ただ、これも先ほどのパナソニックにおける「定年退職まで会社にしがみつきたい人」と同じで、「日本」から見るとあまりよろしくない。補助金でどうにか延命する中小企業が世の中にたくさんあふれかえるということは、新たな付加価値を期待できないので、生産性はどんどん低下していく。
また、こういう現状維持型の中小企業が存続することは、「雇用を守っている」ように見えるが、実は「従業員を低賃金労働に縛り付けている」側面もある。つまり、成長しない中小企業が世にあふれた社会というのは、常軌を逸した低賃金がまん延した社会でもあるのだ。
これが「失われた30年」の本当の原因と言っていい。
こういう構造的問題を解決しようということで、パナソニックは大リストラに踏み切ったワケだが、個人的にはかなり厳しいと思っている。
大企業にお勤めの方たちならばよく分かると思うが、早期退職というのは往々にして「会社側が期待する有能な人ほど応募して、会社側が辞めてほしいと考えている人ほど残る」という現実があるからだ。
かつてソニーにあった「追い出し部屋」のようなことをやれば今の時代、人権侵害だとパワハラだなんだと訴えられ、経営陣はすぐにクビが飛んでしまう。そこで「次のキャリアを目指す人を応援します」なんて呼びかけるわけだが、それに応じるのは、基本的に「チャレンジする意欲や自信がある人」である。「定年退職まで会社にしがみつきたいという人」は自分には関係ないとスルーする。つまり、この手のリストラは、生産性を上げるどころか、かえって下げてしまう恐れがあるのだ。
●日本経済が成長できない本当の理由
これは日本にも当てはまる。
先ほど見たように、日本の中小企業は95%が「倒産しないことを目的とした家族経営」である。労働者の賃金がここまで低いことを考えれば、成長を目指さない経営者には、廃業や引退を選んでもらったほうが、国としてはありがたいが、政府はそんなことは口が裂けても言えない。
中小企業経営者は自民党の「票田」だからだ。そういう大人の事情があるので「生産性向上」の名のもと、成長する中小企業への応援だけではなく、「潰れそうな現状維持型中小企業」にも手厚く補助金をバラまかなければいけない。
パナソニックのリストラ同様、生産性向上対策も、結局のところ「現状維持を望む人」を守ることに終始しているのが実態だ。日本がいつまでも生産性が上がらず、経済が成長できない本当の理由がここにある。
「1人も解雇するな」を掲げたパナソニックは、1964年の中小企業基本法で「中小企業保護」を掲げた日本と非常に重なる部分がある。全ての人を平等に守れば、そうした人々は一生懸命働いて、能力を発揮して、組織も社会も成長できる、という考えが根底にある。
ただ、これは「人口が右肩あがりで増えている国」だから成立する話だ。松下幸之助や高度経済成長期の政治家が、毎年90万人もの人口が減少している今の日本を見て同じ考えを抱くとは思えない。パナソニックと日本がともに「生産性の低下」という問題に直面して、30年以上も経済成長できていないシビアな現実を、ビジネスパーソンの皆さんも自社の経営戦略の参考にしていただきたい。
(窪田順生)
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