写真/時事通信社’24年の都知事選出馬で注目を集めたAIエンジニアの安野貴博氏は5月8日、今夏の参院選への出馬と、新党「チームみらい」の結成を発表した。「チームみらい」は「テクノロジーで誰も取り残されない日本へ」を合言葉とし、技術を駆使した行政サービスの効率化や、透明化を目指すという。
◆安野貴博氏の見据える“民主主義”の形とは
安野氏が掲げる「誰も取り残されない」という合言葉は、雑誌『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』(2025年1・2月合併号)での次のような発言からもうかがえる。
<現在の日本の政治状況は、新陳代謝が悪く、政治家になるためには地盤や資金が必要であり、世襲が多いという問題があり、この構造自体が一般市民が政治参加することを阻むハードルとなっている。
具体的には、日本の政治の現場で、政治家以外の人が法案を提案できるパスをつくることが重要。たとえば台湾の「ジョイン」というウェブ上のフォーラムで誰でも法案を提案できる仕組みでは、一定数の賛同を得れば専門家の審議対象となり、実際に法案が通ることがある。このような方法による自己効力感の増大が、より多くの人々が政治に参加するきっかけになるのではないか。
また、政治参加を促進するためにはコストを下げることも必要であり、ネット選挙などのデジタル技術を活用することに期待を寄せている。機会が平等に与えられることで、既存の構造を超えた多くの人々の意見が政治に反映される新たな可能性を開ける。>
安野氏が掲げる機会平等の追求について作家の乙武洋匡氏は「私たち障がい者の『できない』を『できる』に変換してくれる可能性を秘めている」と期待する。その脳裏に去来するのは、’18年に起きた聴覚障害のある少女の死亡事故をめぐる裁判の記憶であった(以下、乙武氏による寄稿)。
◆誰も取り残すことなく政治DXを目指す姿勢に期待
今夏に行われる参院選に向けて、AIエンジニアであり、昨夏の都知事選にも出馬していた安野貴博氏が新たに政党を立ち上げた。政党名は、「チームみらい」。比例区と選挙区で計10人以上を擁立し、安野氏は比例代表で立候補する予定だという。
安野氏は記者会見で、「テクノロジーで誰も取り残さない日本をつくる」とビジョンを語った。新党が発足すると必ず「右か左か」が問われるなか、そうしたイデオロギーにとらわれず、最新技術により国民生活の利便性を向上させ、併せて政治のDXを目指す姿勢は非常に斬新だ。
私自身、このビジョンにとても関心を抱いている。「誰も取り残さない」という目標はすなわち「これまで取り残されてきた人々がいる」ことの裏返しでもあり、そこには残念ながら障害者も含まれてきたという事実があるからだ。
◆健常者より低く見積もられた障害者の賠償金
忘れられない裁判がある。’18年、当時11歳だった聴覚障害のある少女が重機に轢かれて亡くなった。当初、賠償金として約3770万円の支払いが命じられたが、それは全労働者の平均賃金の85%にあたる金額だった。将来得られるはずの収入(逸失利益)が健聴児よりも低くなると算定されたのだ。遺族は彼女が補聴器で会話できたこと、今後は音声認識アプリなどの技術の発展が見込まれることなどから将来的には「健聴者と差異なく働くことができた」と主張したが、聞き入れられなかった。
今やオンライン会議でも即座に字幕が表示される時代。聴覚障害があってもテキストでのやりとりだってできる。ましてや少女が社会に出るまではさらに10年ほどの猶予があった。その間のテクノロジーの進展を思えば、障害にかかわらず遜色なく働ける時代は容易に想像ができる。
安野氏が掲げる「テクノロジーで誰も取り残さない」社会の実現は、私たち障害者の「できない」を「できる」に変換してくれる可能性を秘めている。参院選ではその礎となる議席を獲得することができるのか、おおいに注目するところだ。
【乙武洋匡】
作家・政治活動家。1976年、東京都生まれ。大学在学中に出版した『五体不満足』が600万部を超すベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、小学校教諭、東京都教育委員などを歴任。「インクルーシブな社会」を目指し執筆や講演、メディアへの出演を精力的に行う