唯一無二の「こってりスープ」で知られる天下一品が、首都圏で大量閉店する。首都圏に展開する店舗のうち、約3割にあたる10店舗が6月30日に閉店してしまうのだ。
ご存じのように今、ラーメン店の経営はかなり難しい。物価高騰や人件費の上昇という飲食店全てが直面している問題に加えて、異常なほど「競争」が激しいのだ。
日本経済新聞の調べでは、国内でラーメンを提供する店舗は2万店超。そこに開業のハードルの低さから、年間3800店舗ほどが新規参入するといわれているので当然、すさまじいカニバリが起きる。開業1年以内に40%が倒産するというデータもあるのだ。
そう聞くと、「いやいや、でも今回、閉店する店舗はほとんどがフランチャイズで、フランチャイジー側の戦略的な判断というニュースもあったじゃないか。天一の人気が落ちているわけじゃないのに不安をあおるようなことを言うなよ」とイラっとする人もいるかもしれない。
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ただ、大学生のときに東京進出2号店の「江古田店」で食べてから天下一品の「こってりラーメン」を30年以上食べ続けてきたファンの立場からすると、今回の閉店に対して楽観視はできない。
●閉店店舗で見えていた“変化”
筆者は毎月のように「天一のスープを飲み干したい」という衝動に駆られ、そのたびに最寄りの店舗に飛び込んできた。今回、閉店する店舗にもよく足を運んだ。そこで少し前から気になっていたのが、「あまり店が混んでいない」という点だ。
例えば、神奈川県の川崎店は道路の向かいに「一蘭」があって休日などは長蛇の列ができているのだが、天下一品はわりと待たずにすんなりと入れる。しかも、すぐ隣にある町中華のほうが混んでいることもある。
ファン心理としては「ゆったりと食べられていいや」と思うこともあるが、天下一品という大好きなブランドの存続のためには「大丈夫かな?」とちょっと心配していたのだ。この不安が杞憂(きゆう)ではなかったことは、最近の店舗数を見れば分かる。
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天下一品は2025年現在、全国で209店舗(5月26日時点)を展開している。では、2年前はどうかというと、2023年4月24日のプレスリリースを見ると、223店舗とある。この2年で、すでに14店舗も減っているのだ。
では、天下一品の店舗をここまで減らした要因は何か。フランチャイジーの「事情」うんぬんももちろんあるだろうが、天一ファンの立場から言わせていただくと、「ドロドロスープのつけ麺」が増えてきたことも大きいのではないかと思う。
ご存じの方も多いだろうが、人気つけ麺店の中には「濃厚魚介豚骨つけ麺」「特濃つけ麺」などとうたい、ドロドロ感のあるスープを提供する店が増えている。中には「濃厚」どころではなく、コーンポタージュ並に粘度の高いものもあって、「つける」というより「絡める」スタイルの店もある。
実は、これはかつて天下一品の「専売特許」だった。例えば、2023年6月発売の「こってりMAX」は「麺へのからまりもMAX。スープがたっぷり絡んだ麺をズズ〜っとすすっていくと、麺がなくなったときには、どんぶりにスープが残らないほど!」(天下一品の公式Webサイト)とうたっている。
つまり、競争の厳しいラーメン業界で“ドロドロ系つけ麺”が台頭してきたことで、天下一品の唯一無二感が薄れてしまっている恐れがあるのだ。
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●好調のつけ麺チェーン
実際、つけ麺チェーンは軒並み好調だ。例えば、「濃厚豚骨魚介スープ」を麺に絡めて食べるつけ麺チェーン「つけ麺専門店 三田製麺所」(以下、三田製麺所)は2023年4月時点で42店舗だったが、2025年3月には50店舗に達している。
そして、近年の三田製麺所の成長が、実は天下一品の大量閉店にも深く関わってくるのだ。
冒頭で触れたように、今回の件については各社の記事でフランチャイジーの「事情」が大きいと解説されている。では、そのフランチャイジーは、どこかというとティーフーズ(東京都渋谷区)という会社だ。
実はここはエムピーキッチンホールディングス(HD、東京都渋谷区)という外食企業グループの関連会社だ。その主力業態は、先に述べた三田製麺所である。
ポイントを整理しよう。
近年、ラーメン業態はかなり厳しいことになって、唯一無二のこってりスープを売りにしている天下一品ですら、店舗数を減らすほど苦戦している。
しかし、「つけ麺」は堅調に成長しており、三田製麺所も店舗が増えて国内50店舗を達成した。三田製麺所を主力業態とするエムピーキッチンHDとしては、成長を加速させるためにも、つけ麺事業に投資していくのはいうまでもない。
●会社として得なのは天下一品かつけ麺事業か
しかし、資金や人員はどうしても限られている。三田製麺所に経営資源を集中させるとなると当然、ポートフォリオを考え直さなくてはいけない。その結果が「天下一品フランチャイズの終了」だったのではないか。
今回の天下一品の大量閉店を受けて、多くの専門家が「あくまでフランチャイジー側の事情であり、天下一品に客離れなどの問題が起きているわけではない」と解説している。しかし、その「事情」ははっきり分かっていない。
これはあくまで筆者の個人的な見解だが、三田製麺所と天下一品の状況を見る限り、「天下一品のフランチャイズを続けるより、自社のつけ麺事業に注力したほうが得」という経営判断があったような気がしてならない。
実際、三田製麺所は今の成長に満足することなく、さらなる「成長分野」へ乗り出そうとしているようにも見える。それは「油そば」だ。
以下の記事からも分かるように、死屍累々のラーメン業界の中で、「油そば」は成長している。手間やコストのかかる「スープ」をつくらなくてよいこともあり、ラーメン店からの業態転換も少なくない。
・ラーメン業界が苦戦するなか、なぜ「油そば専門店」は成長しているのか(ITmedia ビジネスオンライン 2025年3月3日)
その代表例が、サッポロ実業(東京都豊島区)が運営する「東京油組総本店」である。この記事では約70店舗となっているが、公式Webサイトを確認したところ79店舗に増えていた。
●「油そばブーム」に便乗したメニューも登場
そんな近年の「油そばブーム」に、エムピーキッチンHDもしっかり乗っている。2023年夏、三田製麺所は大盛り丼チェーンの「伝説のすた丼屋」とコラボして、「伝説のすたみな油そば」を発売した。
2024年2月には三田製麺所で「復刻油そば」を期間限定で発売。2018年に販売したものをリバイバルしたのだ。
さらに2025年に入ってから50店舗突破を記念し、さまざまなキャンペーンを展開しているが、4月28日からは「極上明太子まぜそば」を投入している。
ご存じのように外食企業の限定メニューというのは、新規事業や新商品のテストマーケティング的な意味合いが強い。つまり、エムピーキッチンHDとしては堅調な「つけ麺」人気にあぐらをかくことなく、「油そば」への本格参入も検討しているということだ。
このように常に「先」を見て動いている企業が、いつまでも他社のラーメンチェーンのフランチャイズに甘んじているとは思えない。今回の天下一品大量閉店は遅かれ早かれ起きるものだったのだ。
●天下一品の行く末は
さて、このような話を聞くと、「フランチャイジーに見切られるなんて天一には将来性がないということか」と思う人も多いかもしれないが、そんなことはない。これまで天下一品は店舗が多すぎることで「付加価値」を低下させていた面もある。これを改善すれば、まだまだ成長できるはずだ。
食事が提供する付加価値と、店舗数は関係がない。むしろ、いたずらに拡大戦略を進めることが付加価値を落としてしまう。それを筆者は2018年、「一蘭」の代表取締役社長・吉富学氏にインタビューした際、そのことを実感した。
・「一蘭」にハマった外国人観光客は、なぜオーダー用紙を持って帰るのか(ITmedia ビジネスオンライン 2018年5月22日)
当時、一蘭は外国人観光客の間で大バズりし、人気を博していた。このとき、全国77店舗(2018年4月現在)だったので、筆者はこれからどんどん店舗を増やしていくのか尋ねた。しかし、意外なことに吉富社長は国内では店舗数を増やしていくような「拡大戦略」はとらないと答えた。その代わりに、ラーメンや接客の質を上げていく、つまり付加価値向上に注力をすると宣言し、こんなことをおっしゃった。
「中身と外見があるとすれば、必ず中身のほうが外見をちょっとだけでも上回っていなければいけない。例えば、アルマーニのような高級スーツを着ている人が脱いでガリガリだとガッカリしますが、ユニクロを着ている人が脱いでムキムキだったらカッコイイと思うものです。これは商売全てにあてはまり、外でうたっていることより、中身が少し上回っていれば満足度は上がる。これは生産性を上げる秘けつでもあると思います」
飲食店における“外見”には、「店舗数」も含まれる。全国200店舗や1000店舗をうたうチェーン店に対して、消費者は「それだけうまいのか」と思う。しかし、実際に食べてガックリということも少なくない。
一方、店舗数はそれほど多くなく、知名度もそんなに高くないチェーン店の場合、期待値もそれほど高くないので、食べてうまいと感じたらその分、満足度がガツンと上がる。「有名じゃないけど美味かった」「また行きたい」などの口コミも増える。
●一蘭の現在の店舗数は
あれから7年。2025年3月時点の公式Webサイトによると、一蘭の店舗数は81店舗となっている。店舗数だけ見れば、天下一品の半分以下だ。しかし、現在も一蘭は、外国人観光客だけでなく若者の間でも行列ができる人気店である。
これはやはり吉富社長が一蘭の「付加価値」をしっかりキープしてきたたまものだ。そして、同じことは天下一品でも可能ではないかと思っている。
若いころ、店舗数がまだ少なかった時代に、深夜に急に天下一品が食べたくなって、わざわざ江古田まで車を走らせたこともあった。好き嫌いの分かれる味ではあるが、好きになった者はとことん好きになるのが、天下一品なのだ。
人口減少の日本で「不特定多数の客をつかむ」というビジネスモデルは先細りする。そういう意味では、コアな支持層がいる天下一品は有利なはずだ。付加価値を向上するという戦い方で、これからも天一ファンの拡大を図ってほしい。
(窪田順生)
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