「山鉾巡行」が祇園祭ではありません!お祭りの本来の意義は?神宝を持ち神輿を先導する「宮本組」の熱い想い

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2025年05月29日 07:10  まいどなニュース

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祇園祭の神事の中心は神輿渡御です(提供:宮本組、撮影:安田格)

 毎年多くの観光客が訪れる京都の祇園祭。2009年には「京都祇園祭の山鉾行事」としてユネスコ無形文化遺産にも登録されて、祇園祭といえば山鉾巡行だと思っている人が多いのではないでしょうか。

【写真】命より大切な神宝を持ち、神輿を先導する「宮本組」

 祇園祭は八坂神社の祭礼で、実は神事の中心は3基の神輿が八坂神社と四条の「御旅所(おたびしょ)」を行き来する「神輿渡御(みこしとぎょ)」です。ところが山鉾ほど知られていないので、神輿の巡行を見た観光客から「今日は何かあるのですか?」と聞かれることもあり、「祇園祭ですよ」と伝えると驚かれるのだそう。

 祇園祭は、1000年以上前に京の都の疫病をしずめるために始まったとされています。厄災を祓うのは、八坂神社から御神霊が移された神輿です。山鉾は、厄神を鎮めて、神輿渡御に先立って洛中を清めているとも考えられています。

 神輿は、御旅所に7月17日から24日までまつられ、24日に山鉾巡行(後祭)があり、神輿が八坂神社に戻る「還幸祭(かんこうさい)」がおこなわれます。

祇園町の氏子組織「宮本組」とは?

 そんな祇園祭で、神宝を持ち17日と24日の神輿巡行を先導するほか、神輿にまつわる神事や行事に奉仕するのが祇園町の氏子組織「宮本組」です。八坂神社のお膝元である祇園町は、花街や江戸時代から続く商家が多くある地域。現在組員は約70名で、祇園で生まれたか、または祇園で仕事をしている人、役員からの紹介者で構成されていて、そのうち役員は14名となっています。

 宮本組頭を務める「原了郭」代表取締役・原悟さん(61)と、副組頭の「鍵善良房」代表取締役・今西善也さん(52)にお話を聞きました。

――(取材日は5月初め)そろそろ祇園祭に向けて準備が始まる頃でしょうか。

原さん:実は終わった瞬間から始まっています。お祭りは7月28日に終わって、29日に「神事済報告祭(しんじずみほうこくさい)」をして、31日に「疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)」をしたら、8月1日からは来年のことを考えないと。だから8月から2か月に1度くらいは役員会をやっていますね。

今西さん:八坂神社のなかには社がたくさんあって、どこか直さはるときに御霊を移す儀式のお手伝いとか、宮本組は色々なご奉仕をさせてもらえる。組員はみんな喜んで行く人らばかりで、なんでも気軽に声をかけていただいています。

――祇園祭以外にも1年を通してご奉仕されているのですね。子どもの頃から宮本組の一員になると考えていたのでしょうか。

原さん:私はね、子どもの頃からじゃないんですよ。子どものときは、子ども神輿を担いでいたんです。そのあと中学生になった頃に1回か2回だけ大人の神輿を担がせてもらったけど、うちのおじいさんが「ここの町のもんはほかにすることがあるし、もう神輿にはいくな」って言われて、初めて宮本組っちゅうものを知ったわけです。

はじめは、なんか持って歩いてるだけやし、あんなかったるいの行けへんと思ってしばらく行ってなかったけど、20歳の時に親父が死んで店も継がなあかんしちゃんとしようって。

――急に目覚めたのですか?

原さん:組頭の先代はここの(今西さん)のお父さんの今西知夫さんで、その前が杉浦貴久造さん。あるとき三条河原町のとこで勢いがついた神輿が、宮本組の神宝奉持列を抜きそうになった。絶対にうちらを抜かしたらあかん(神宝の「勅板」は、円融天皇の勅命により神輿渡御がおこなわれていることを記していて、これを掲げて神輿を先導している)。杉浦さんがひとりで行って両手をあげて神輿を止めはったんですよ。その背中がものすごくかっこよくて、大切なことはいろいろあるんやなってわかった。

それからは、このお宝ってものすごく大事なもんなんやとか、いろいろなことがわかるようになって、上を目指してがんばろうかなって気持ちに変わっていきましたね。25歳くらいのときです。

今西さん:私は、もう神輿は通るもんで、親父も宮本組でやっていたから、25歳くらいでこっちに帰ってきてお宝を持つようになってからわかっていきました。

組頭はどうやって決める?

――組頭はどうやって決まるのですか?

原さん:そのときのトップの人が指名します。私は30歳くらいで役員になったけど、私の気持ちが変わったんが杉浦さんもわかったんやね。組頭になったのは2002年です。

――代々引き継がれていることはあるのでしょうか。

原さん:トップとしてということやったらないね。それぞれのスタイルで勝手にやってはるね。今西さんのときは穏やかやったし、私は怒鳴りっぱなし、杉浦さんは怒鳴るわ喚くわ。

今西さん:杉浦さんのときは、めちゃくちゃおもしろかったけど(笑)。原さんになって、列も綺麗になった。やっぱり自分らの想いを持ってへんと、見てる人もいいお祭りやと思わへんと思うんで。

原さん:気持ちがない人にはきてほしくないんですよ。お宝を「命より大切なもの」ってみんなに言いますけど、私が元々わかってなかったからみんなわからんと思うんです。それを持たせてもらえるありがたさとか、そういうことがわかってくると楽しくなってくるし。うちの組しかできないもんですから。やっぱり真剣にお祭りを盛り上げて楽しんでいくんやというのをみんなにわかってもらえたら、もっとよくなる。だいぶわかってきていると思います。

今西さん:そういう思いを共有できる人が減ってきていて、地元の人ではなくても手伝ってもらえたらっていう想いで昨年3回目のボランティアを募集しました。お祭りのことを知っていて、積極的に関わりたいっていうような方が全国から来てくれはる。

原さん:ボランティアさんを募集して良かったですね。ちゃんと想いを持って何をするかもわかって来てくれはるから。ホームページとかちゃんと見てから来はるし、YouTubeとかもいろいろ見てくれている。でもほぼ私が怒ってる映像が出てくるから、私のところにはほとんどボランティアの人は寄ってこない。

今西さん:祭り以外ではにこやかな人です。わけもなく怒ったら僕らも不安になるし(笑)。

宮本組の継承

――お子さんにも宮本組を継いでほしいですか?

原さん:神輿洗いに使用する神事用の水を鴨川から汲み上げてお祓いをする「神用水清祓式(しんようすいきよはらえしき)」のときに、子どもに紋付袴を着せて手を引いて歩きました。今、息子は22歳ですけど、私と一緒でまだ来ていないね。

――やれとは言わないのですか?

原さん:言わないですね。自分で行くって言わないと。仕事だったら、工場に入って香煎や黒七味はつくれますけど、商売とお祭りは別物やから。

今西さん:うちの息子は今25歳ですけど、東京にいて帰ってくる予定がない。まぁ、これも同じ話で、本人が戻りたいって言わないと。

――やはり気持ちがないと、ということですね。宮本組の今の若手に期待していることはありますか?

原さん:バリバリやってくれています。若い人のアイデアで、ネットを活用したり、合理化できることとか、お祭りの本分というか守らなあかんことは守って新しくしながらがんばって欲しい。

――コロナ禍のときは、神輿は出なかったと聞きました。

原さん:神輿は出さなかっただけで神事はしていました。神さんの代わりを、いつも神輿が行かない細い道までくまなく1週間毎日歩きました。フラフラでしたけどね。でも、「こんなところまできはった」っておばあさんが拝んでくれはるのが、涙出るくらい感じるものがあった。

――お神輿を見ても、拝む人は減っている気がしますね。

原さん:神輿を見たら、神さんが乗ったはるのでちゃんと拝んでくださいっていうのが、一番伝えたい最終目標かな。

(まいどなニュース/Lmaga.jpニュース特約・太田 浩子)

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