フジテレビ「8つの改善策」が不十分すぎるワケ 第三者委員会にも責任あり?

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2025年05月30日 05:51  ITmedia ビジネスオンライン

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新たな役員人事を発表したフジテレビ(出所:ゲッティイメージズ)

 フジテレビは、自社に所属していた女性社員が出演タレントから性暴力を受けたとされる件への対応について、第三者委員会の調査報告を受け、4月末までに改革案と親会社フジ・メディア・ホールディングス(HD)を含めた役員人事を発表しました。企業不祥事研究者の立場から筆者が考える改革案および役員人事への評価と、改革案に残る課題点についてまとめてみます。


【イメージ画像】甘い役員人事が、ダルトン側を怒らせてしまった


 フジテレビが第三者委員会の調査報告書を受けて公表したのは「フジテレビの再生・改革に向けた8つの具体的強化策及び進捗状況」と題した改革への具体的な取り組み方針でした。方針は大きく「人権・コンプライアンス意識向上・体制強化」と「ガバナンス改革・組織改革」の2つの領域に区分けされています。


 「人権・コンプライアンス意識向上・体制強化」では、「(1)人権ファースト(表現は筆者が要約。以下項目も同様)」「(2)人権・ハラスメント被害者保護」「(3)コンプライアンス違反処分の厳正化」「(4)リスク削減の仕組みづくり」の4項目を掲げています。しかしながら、(1)〜(3)は内容的に上場企業としては今さら感が強すぎる改革策のオンパレードであり、逆にここまで基本的な人権擁護体制、コンプライアンス体制ができてなかったのかと、あらためてその組織管理のずさんさが明らかになったといえます。


 (4)に関しても同様ではありますが、一般的な大手企業においてはバブル経済崩壊後の金融危機などを契機として、四半世紀ほど前からリスク管理部門を設置しており、あらゆるリスクを管理し事前察知できる体制が確立されています。さらに、可能なものは計量化することで日常的にそのリスクの軽減を狙う、といった対応がとられています。2025年段階で初めて、「リスク評価・対応チーム」やら「リスク対応コントロールセンター」を設置するというのは、驚きに近いほどの時代錯誤感を禁じ得ません。


 これらを総合して言えることは、同社がこれまでいかに一般社会から乖離(かいり)した独自の常識の下でビジネスをしてきたのかということの現れであり、この事実をしっかり自覚した上で、形式整備に終わらない魂の入った改革を実行しなくてはいけない、ということでしょう。また、この実態が果たしてフジテレビ特有の異常さであるのか、それともテレビ業界共通の文化であるのか、個人的にはこの事象とは別に気になった次第です。他局も本件を他山の石として、自社の組織風土を再確認する機会とするべきであると思います。


●もう一つのテーマ「ガバナンス改革・組織改革」はどうか


 「ガバナンス改革・組織改革」に関しては、「(5)編成・バラエティ部門の解体とアナウンス室の独立」「(6)役員指名の透明性確保」「(7)女性・若手登用」「(8)企業理念の見直し」の4項目が挙げられています。これらに関しては、元女性社員の擁護や実権者の実質長期政権化の防止など、どれも今回の問題発覚を受けた類似事象の再発防止を目的とした対症療法のイメージが強いです。従い、同種のトラブル発生時には同じ轍を踏まぬ対応を可能にするかもしれませんが、あらゆる不祥事を生まない本質的な組織風土改革に資するのかという点からは、底の浅さを感じざるを得ない印象が漂っています。


 役員、役職者における女性比率の向上や若手の登用については、考え方への言及が不十分です。資料の物言いは、取りあえずの数合わせで形を作ったという印象が拭えません。企業理念の見直しについても同様で、ありきたりのお題目を並べているにすぎないかのような内容の薄さが感じられます。改革案全体の印象を一言で申し上げるなら「真の危機感を背景とした、魂のこもったものになっている」とは言い難いのではないか、と思うのです。


 筆者が感じた危機感の乏しさについては、当初3月27日に発表したHDの役員人事に強く表れていました。不祥事発覚以降、組織管理の専門家らから長年実質的な経営者として君臨し、悪しき組織風土の元凶と目された日枝久取締役相談役(当時、以下同)によるその日枝支配が問題視されている中で、直系の金光修HD社長をグループの実質トップである会長として登用を続ける、という役員人事です。


 第三者委員会の報告を待たずしての、日枝氏の相談役退任発表とセットでの金光氏の代表権のある会長就任という人事は、不祥事に対する危機感を微塵も感じさせないガバナンス不全を世にさらすことになったと言えます。


●危機感の欠如が、アクティビストの付け入るスキを生んだ


 フジ・メディアHDの危機感欠如は、不祥事がいかなるものであろうとも、あるいは広告出稿の激減でフジテレビの業績が悪化しようとも、サンケイビルをはじめ継続的な安定収入が見込める不動産事業(同社の呼称では都市開発・観光事業)がグループ業績を強固に支えている(2024年3月期は営業損益の約6割を占めていました)という安心感に起因しているのではないでしょうか。


 主業であるメディア事業がつまずいても経営危機に陥る心配は皆無であり、いずれはメディア事業も回復するであろう――という甘い考えが、何の問題意識もないまま金光氏を会長に頂く人事につながったように思うのです。


 金光氏を会長に据える人事に対しては、フジ・メディアHD株を約6%所有するアクティビストの米ダルトン・インベストメンツが即刻、強い反発を示しました。6月に予定する定時株主総会で、会社側の役員人事案に代わる株主提案を提出すると表明しています。フジ・メディアHDの出直し役員人事が、いかに非常識なものであったかがよく分かると思います。


 フジ・メディアHDはこれを受け、当初の役員改選案を取り下げて金光氏の退任を決めました。ダルトン案が新陣容にふさわしいものであるか否かは別としても、フジは思い切って自社の思惑とは離れた外部の血を投入して、根本からその風土を作り変える必要があるのではないでしょうか。


 最後に、筆者がフジの改革案に欠けていると感じる部分について、申し述べておきます。第三者委員会報告書で個人的に最も気になったことは、被害者の元女性社員がタレントから自宅での2人きりの会食を誘われたとき、断りたかったが誰にも相談できず、断れば仕事の上で自分に不利になると思って出かけた、というくだりです。無言の組織内の圧力によって「言いたいことが言えない」「断りたいことが断れない」――これは近年続発している昭和をけん引してきた名門企業の不祥事に共通する組織風土なのです。


●トヨタも東芝も、同じだった


 東芝の会計不正も、三菱電機の品質不正も、トヨタはじめ自動車各社の認証不正も、全てその原因として指摘されてきたのは「言いたいことが言えない」「断りたいことが断れない」組織風土です。


 改善には、誰もが「言いたいことを、言いたいときに言える」組織風土づくり、すなわち「心理的安全性の確保」こそが再発防止に不可欠であり、各社は組織内コミュニケーションの活性化をはじめ、具体的な心理的安全性の確保施策に取り組んでいます。筆者が先に「ガバナンス改革・組織改革」に関して底が浅いと申し上げたのは、まさにこの点への言及の薄さゆえなのです。


 フジ側の改革案を見るに、心理的安全性確保についてはかろうじて「(7)女性・若手登用」の項の中に「心理的安全性を保証して発言しやすく ・リスペクトにあふれた職場で誰でも何でも言える環境に 」などと申し訳程度には記載されているものの、改革の具体策に言及した「改革アクションプラン」では一切触れられていません。


 フジ・メディアHDは今回の事象を経てなお、企業不祥事を発生させる根源である心理的安全性確保の重要性を十分に認識しているとは思えず、この点からも改革案は対症療法に終始し根源的な風土改革にまでは届かないもの、と言わざるを得ないと考えるのです。


●第三者委員会にも責任がある


 もちろんこの点に関しては、フジ・メディアHDだけではなく、不祥事を調査した第三者委員会にも問題があったと考えます。第三者委員会報告書では、不祥事における大きな問題点である人権問題軽視への言及に多くが割かれ、事象発生の根本原因として指摘すべき心理的安全性の欠如について、十分な問題指摘や対応策を求める記述がありません。


 フジの改革案が報告書への対応をベースとしたものであると考えれば、心理的安全性確保策の欠如について同社を必要以上に責めるのは、やや酷なのかもしれません。むしろその責は、第三者委員会の報告内容にあるといえるからです。


 以前、拙稿でも取り上げておりますが、第三者委員会は決して絶対的な存在などではありません。特に今回のような弁護士だけで組成されたチームでは、組織論や企業経営の専門的な視点を欠くがゆえに、本来なされるべき重要な指摘が欠落しているケースも散見されています。


 これは「第三者委員会報告書格付け委員会」およびそのメンバーが、世間的に注目を集めた第三者委員会報告書に対する格付において、委員が厳しい評価を下している論点の一つでもあります。今回の報告書においても、調査における重要ポイントの欠落として指摘されてしかるべきではないかと考えます。筆者の企業不祥事研究者という立場からは、フジ・メディアHDの改革案がまだまだ魂のこもったものに至っていないという指摘とあわせて、この点についても提言として記させていただきます。


(大関暁夫)



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  • テレビ屋に常識を求めてやるなよ。そもそもカタギの業界じゃないんだからさぁ。
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