
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――米国は「パックスアメリカーナ」(アメリカの覇権によって形成される平和)をやめようとしています。その先には「北米帝国」ができればいいのですか?
佐藤 そもそもそれが本来のアメリカですよね。
――と言いますと?
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佐藤 ヨラム・ハゾニーが書いた『ナショナリズムの美徳』は、トランプの参考書と言われています。
それはなぜかというと、カルバン派の原理は旧約聖書が基軸になっているからです。旧約聖書で重要なものといえば「約束の地=イスラエル」ですが、アメリカもその建国の歴史から約束の地とみなされています。
プロテスタント、特にカルバン派は旧約聖書を重視するので、その外側の地まで出ていく必要がないわけですよ。
――アメリカは第一次世界大戦まで、その地から一歩も出ていません。
佐藤 第二次大戦でも真珠湾攻撃が起きるまで、出るつもりはありませんでしたよね。
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――約束の地から引きずり出したのは、大日本帝国......。それで、いまのアメリカが目指しているのは「北アメリカ帝国主義」と呼べばいいものなのでしょうか?
佐藤 まさに北米帝国主義ですね。パックスアメリカーナは終焉して、アメリカによる平和は担保できなくなりました。
――それは、どんな世界構造になるということなのでしょうか?
佐藤 ヨーロッパから逃げてきた信徒が、アメリカに約束の地を組み立てました。なので、ヨーロッパから離れていくという本来の軌道に戻ってきたということです。そして、約束の地であるアメリカを豊かにし、グレートにしていくのです。
――日本はアメリカと中国からほどよく離れている国として自分の道を行く、と。
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佐藤 そう、日本は亜周辺の国(前回参照)として正しいあり方を行くべきです。中国に近寄りすぎると飲み込まれますからね。
――西暦894年に、日本では菅原道真が260年続いた遣唐使を廃止。9世紀には中国に近寄りすぎるとヤバいということを学んでいます。
佐藤 ただ、室町時代の北朝は日明間の勘合貿易を始め、中国に接近しました。だから、足利義満みたいなことを言い出すと、早死にするんです。
――義満は、中国と500年以上途絶えた国交を回復させようとしましたからね。とにかく、日本は大昔から隣国・中国との付き合いでたくさん苦労をして、さまざまな努力をしました。
■トランプの「全方位同時戦争」
――トランプは対中国どころか、イラン、ウクライナ、ロシア、NATO、そして日本と、全方位と同時に戦争をしているような気がします。これは無謀なのでしょうか? それとも、この外交攻勢はトランプの宗教観に繋がっているのでしょうか?
佐藤 宗教観にリンクしています。だから、これまでアメリカはグローバリゼーションで帝国化してきましたが、それはアメリカの本来のあり方ではありません。アメリカは限定されたところでの約束の地であり、そこにはアメリカンドリームがあります。要するに、アメリカは地上の楽園のはずなんです。
――昔、米国の銃砲店で見かけたウインチェスターモデル12散弾銃には「メイドイン ニューヘブン アメリカ」と刻印されていました。新天国であります。
佐藤 そう。アメリカの原点に戻るということ、それはアメリカの宗教でもあるんです。
――約束の地であるアメリカに戻るための最初の戦争が「世界関税戦争」?
佐藤 はい。
――それをドンと出して素早く引いて、北米大陸帝国主義を作る、ということですね。
佐藤 トランプは世界を棲み分けさせて、「お互いにライバルだから頑張っていこうじゃないか」といった切磋琢磨の時代にしたいわけです。
――そして、お互いの土地を侵略したりはしない?
佐藤 しません。ただ、自由や民主主義は北米のローカルルールにします。それから、北米の競争原理は重視します。
――そこを支配しているトランプはカルバン派だから、自分たちの主張は北米に押し付けない、と。
佐藤 と同時に、人間は平等ではないという思想もあります。
――あ、そうです。俺たちは神に選ばれた、と。お前たちはそうじゃないから勝手にやってくれと。
佐藤 そう。だから、ヨーロッパの人権思想が許せないんですよ。人間は平等ではなく、国家も平等ではない。こういう不平等思想を蘇(よみがえ)らせようとしています。平等はアメリカには馴染まない思想であると考えているんです。
――すると、4年後の米国大統領選は地球の運命を決めますね。
佐藤 そうですね。
――民主党が戻ってきたら、再び地球はグチャグチャになるということですか?
佐藤 はい。あってはならないことです。
――下手に価値に振り回されないほうがいいですね。
佐藤 その通りです。それに、日本の若者たちは無理に英語を学ばなくてもよくなり、日本語の中で生きられますしね。
――その大統領選の時に、バンス大統領候補が一番警戒するのは、今のカルフォルニア州知事キャビン・ニューサムでありますね。
佐藤 カリフォルニア的な発想はまさに民主党ですよね。
――確かに。
佐藤 でも、面白い時代になってきているでしょ。
――はい、まさにその通りです。
次回へ続く。次回の配信は6月6日(金)を予定しています。
取材・文/小峯隆生