「子供一人ひとりの“違和感”を大切に」現役中学生の研究成果が100万回再生。“研究の楽しさ”と出会った科学教室の“斬新な教育方針”とは

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2025年05月30日 16:10  日刊SPA!

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宮崎香帆さん
日本最大の化学学会に関する地方局のニュース動画が100万回近くも再生された。何のトピックが世間の注目を浴びているかというと、現役中学生が研究成果を発表したことだ。若き俊英に向けて、日本中から熱い視線が集まっている。
3月26日から29日まで開催された「日本化学会」の第105春季年会で、「老化を促進する要因である“糖化”の進行を可視化させる研究」を発表したのが、宮崎香帆さん(中学2年生)。

宮崎さんが研究の楽しさと出会った場所が、大分県にある科学教室「うちらぼ」である。代表を務める加世田国与士(かせだくによし)さんは、情報工学・医学博士である。

本記事では、生粋の研究者である加世田さんが「子どもが学べる場」を提供するに至った経緯と、背景にある思いを語ってもらった。

◆生徒に訪れた異変がきっかけで一念発起

研究者として企業の研究所を担う一方で、週末限定で近所の子どもたちに英語や、研究について教えるボランティアをしていた加世田さん。

新型コロナウィルスの感染拡大で一斉休校になった時期、加世田さんのもとに通っていた生徒の一人は、「自分のペースで勉強ができる!」と喜んでいた。だが、次第に元気がなくなり、話しかけてもボソボソとしか喋れない状態になってしまったという。

「コロナ禍でも、オンラインを軸に子どもたちとのコミュニケーションを続けてたのですが、ある日『学校行きたい。友達に会いたいです』とその子が泣き出して……。週末だけでは生徒さんを補いきれないと思っていたこともあり、『子どもと一緒に研究ができる場所があったほうが良いんじゃないか』と思い至ったんです。妻の後押しもあって『うちらぼ』をつくりました」(加世田さん)

◆「科学を専門的に学べる場所」だけではない

これまで、出張講座やイベントで延べ3000人の子ども達と触れ合ってきた。「うちらぼ」には、現在進行形でたくさんの子ども達が訪れている。

「ピアニストになりたければ、専門的にピアノを学んでいる先生から教わるし、野球選手になりたければ、野球のコーチに教えてもらうと思います。ですが、日本では科学を専門的に学べる場が少ないのが現状です。ハードルになってしまっているのは、バイオ系の研究にはコストがかかるためだと考えられます」(加世田さん)

「科学を専門的に学べる場所」という当初の目的以外にも、“ならでは”の役割を果たすようになる。

「発達障害、アスペルガー、ギフテッドなど、特定の個性や才能がある子ゆえに、他者とのコミュニケーションをうまく取ることができず、学校などで心の居場所がないというお子さんが来るケースも少なくありません。そういう特性を持った子どもは、興味のあることに関しては知識量がすごく、良くも悪くもずっと話していられるもの。

ただ、学校ではその性質がマイナスに働いてしまうこともあります。ここでは、そうした子どもの話を「もっと教えて!」と前のめりで聴いているのですが、気づかされることは山ほどあります。うれしいことに『うちらぼ』は心の受け皿としても機能しているようです」(加世田さん)

子どもたちの個性や才能を伸ばし、突出した人材を社会に結びつける教育を実践ーーまさしく「うちらぼ」のストロングポイントといえよう。

◆子どものなかにある“違和感”を大切にする

さて、才能を伸ばすために大事な要素とは何なのか気になるところだ。キーワードは「自主性と達成感」だという。

「子ども一人ひとりにさまざまな“好き”や“興味”があります。これを前提にどんな研究材料が合うのか、私は必死で考え、提案します。そして、まずはニコッとするぐらいの小さな成功体験を作るんです。その次は、ちょっと難しいところを目指して、ちょっとした挫折をさせる。あえて答えは教えないんです。

どうするかというと、子どものなかにある“違和感”を大切にして、『どうしようか?』と一緒に考える。この積み重ねで、挫折を経た成功を体験すれば、ずっと大きな喜びが生まれます。『疑問を持ったところからのひらめきがすごいね』などと褒めると、自己肯定感も上がりますから。試練を与えて、一緒に考えて前進する……その繰り返しです」(加世田さん)

もちろん、どの子どもに対しても同じやり方が通用するとは限らない。ケースバイケースで対応しているそうだ。

「主体的に行った成功体験を繰り返し、その楽しみを知ることができれば、さらに頑張る気が起きるはずです。たとえば、研究コンクールで賞が取れなかったときでも、積み重ねに慣れた子だったら、“レジリエンス力”がありますから気を取り直して頑張ることができます。

また、その場しのぎで褒めたとしても、子どもは“大人の嘘”を見抜きます。きちんと問題点を指摘しながら、褒めるに値することを心を込めて褒める。このような積み重ねが奏功して、50ページにも及ぶレポートを書くようになった小学生もいるんです」(加世田さん)

◆以前は新しいことに挑戦するのが苦手だったが…

宮崎さんと共に行った研究は、「お菓子教室の先生が、『糖化でシミが増える』と言っていた……」という雑談からスタートしたそうだ。糖化の進行を可視化するために、まずは科学的に統一されたルールをもとに数値化した指標が必要となった。

調べてみると、まだそのようなデータは世界に存在しなかった。それだけではなく、さまざまな病気の予防にもつながる研究になり得るということが明らかに。おのずと宮崎さんは前のめりになっていった。

「先生が『何でも知ってるわけではない』と知ることによっても、子どもの自立心が生まれると考えています。宮崎さんは家でも研究を続け、実験に使った容器は1300本にも及んだそうです。自己肯定感が身についているこそ、トライアンドエラーを繰り返すことができたんだと実感しました」(加世田さん)

宮崎さんには、「研究を通して得られたこと」があるという。

「学校でやる『実験』は、結果がありきで進めていきます。片や誰も知らないことを調べるのが『研究』です。『研究』は大人でもどうなるのか分からないことが多く、実験方法に関しても自分で考える必要があります。以前は失敗を恐れて、新しいことに挑戦するのが苦手でした。でも、今はたとえ失敗しても加世田先生が一緒に解決策を考えてくれるので、新しい世界を探求することに面白さを感じるようになりました」(宮崎さん)

◆イギリスの学校で見た驚きの光景

失敗と成功が「自主性」を伸ばし、その上「達成感」にも結び付く。日々研鑽を積み続ければ、十人十色の才能が発展し、突出した人材が生まれる土壌になる。これが加世田さんが理想とする教育のあり方だという。

「現行の日本教育では、個人の才能を伸ばすのが難しい側面があると感じています。イギリスの小学校で算数の授業のを見学したときに印象深い光景を目にしました。授業の途中なのに帰り支度をはじめた生徒に対して、教師が『この子は今からバイオリンをしに行きます』と一言。あっけにとられた私は『なぜ授業を受けないんですか?』と質問したのですが、『バイオリンの才能があるからです。何か問題でも?』と返されて……」(加世田さん)

イギリスには、「個々の性質に伴う取捨選択をするのは当然」という価値観が当たり前。子どもたちが生き生きする姿を目の当たりにした加世田さんは、能力を伸ばしてあげる環境を整えることが、成熟した社会の形成につながるのではないかと感じた。

「海外だと長いスパンでの研究でも躊躇しないケースが多く、投資も惜しみません。日本にも同様の視野が必要ではないでしょうか。『うちらぼ』でも、子どもが答えにたどり着くまでの時間が待てない親御さんの姿を見ることがあります。でも、どこに引っ掛かっているのか見極めた上でヒントを与えなければ、結局分からないままになってしまうのです」(加世田さん)

研究の世界では、“世界初”や“世界唯一”であることが求められがち。とはいえ、大切なのは「自分らしさとは何かを知っておくこと」だと加世田さんは主張する。

「子どものころ、学校から家までを毎日別のルートで帰っていました。スケールが小さい話かもしれませんが、その時は本気で『こんな組み合わせを考えているのは世界で僕だけだ』と思っていたのです。おそらく、その時点で『オンリーワンとナンバーワンは違う』と感覚的に理解していたのだと思います。研究者として、それから子どもたちと関わってきた人生を通して、自分らしく生きることが“世界一”なんだと身にしみて感じます」(加世田さん)

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個性の良し悪しに正解はない。にもかかわらず、他者と比較し、自分の持っているものをつまらないと思ってしまうこともある。当然、何の個性を持たずに生まれてくる人間は一人もいない。生まれながらにして、“世界で唯一の存在”と考えるべきなのだと、取材を通じて感じた次第だ。加世田さんの挑戦を心から応援したい。

<取材・文/SALLiA>

【SALLiA】
歌手・音楽家・仏像オタクニスト・ライター。「イデア」でUSEN1位を獲得。初著『生きるのが苦しいなら』(キラジェンヌ株式)は紀伊國屋総合ランキング3位を獲得。日刊ゲンダイ、日刊SPA!などで執筆も行い、自身もタレントとして幅広く活動している

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