上村裕香さん上村裕香(かみむらゆたか)さんは、京都で大学院に通う24歳。難病の母を介護しながら高校に通う女子高生の日常を描いた『救われてんじゃねえよ』で、第21回「女による女のためのR-18文学賞」の大賞を受賞した。
母親の排泄を介助するシーンからはじまるこの物語は、介護と貧困のリアルに目を覆いたくなりつつも、読まずにはいられない吸引力がある。「満身創痍のデビュー作」とうたわれたのは、上村さんの実体験を元にしているからなのだろうか? どんな人なのだろうと強く興味を引かれ、「次作のロケハン」のため上京したという上村さんに会いにいった。
◆高速バスで東京へ。宿泊は「ネカフェでいいかな」
サラサラのおかっぱ頭。丸い眼鏡をかけ、カジュアルなTシャツを着て現れた上村さんは、少女のような可憐さを留めている。こんな華奢な女性が、あんなに力強い文章を生み出すのか、と驚いた。
今日はどこに泊まるのかと尋ねると、「まだ決めてないんです。東京ってホテル高いですね。ネカフェでいいかな、と思って……」。注目の新人作家は、屈託のない笑顔でそう言った。京都からの行き来は格安の高速バスを利用しているという。大きな文学賞を得て知名度も上がれば、取り巻く環境はずいぶん変わるのではと想像するが、上村さんは淡々としたものだ。
初めて小説を書いたのは、小学校4年生。卒業文集にも、「小説家になりたい」と残している。
「最初に読んだ本がSFの本だったので、それに影響を受けました。だから初めて書いた小説も、SFでしたね。だけど、教室でずっと本を読んでいるとか、そういう文学少女という感じではなかったです。休み時間は、外でサッカーをして遊ぶような小学生でした」
◆主人公と作家自身を重ねられるのは仕方がない?
現在は京都芸術大学大学院で、メディア論を研究している。文芸表現学科に所属していた大学時代から、ゼミで小説の読み方、書き方を学んだと話す。小説を書き、意見を交わし合える学友に囲まれて過ごしてきた。ゼミ生の仲間たちは、上村さんの作家デビューについてどう反応したのだろう。
「うーん。私という作者自身に対するコメントはほとんどなくて。『ここはもう少しこうした方が良かったんじゃないか』とか、テクストに対するコメントはいろいろ、してもらいましたね。作品は作品、作者は作者、基本的には、そういうスタンスの人が多いです」
仲間たちは作品と上村さんをきちんと切り分けて考えてくれるというが、一般読者はどうしても主人公と作者を重ねてしまうものだ。そういう見方をされることについて、どう考えているのだろうか。
「私自身がモデルというわけではなく、実体験を元にしている部分もあるということ。作品はフィクションで、物語の中で起こっている出来事の多くは創作です。でも、その根底に流れている感情というか、主人公が抱いている、この世界に対する視点とかは、自分の経験を反映している部分が多いと思います。読んでいただいて、どう感じてもらうかは、読者の方に委ねたいですね」
◆「満身創痍のデビュー」その意味とは
「救われてんじゃねえよ」の登場人物たちはそれぞれに個性的で、インパクトが大きい。
築50年のアパート、八畳一間とユニットバスに家族3人が生活している。難病の母と、支給された母親の障害年金を使い込んでしまう父。ヤングケアラーの一人娘は修学旅行も諦めざるを得ない。……この家族構成や家の描写は創作であり、現実としては上村さんには兄もいるという。
「作品が最終候補に残って公開されたときには、『うちがこういう家庭だと思われちゃうでしょ』って親は言ってましたね。実際受賞して、雑誌に掲載されたときには、ちゃんと喜んでくれました。でも母はずっと、『私はこんなんじゃない』って言ってますけど(笑)」
書籍「救われてんじゃねえよ」には、「満身創痍のデビュー作」というキャッチコピーがつけられている。“満身創痍=作者のヤングケアラー体験”と思われがちだが、上村さんの思いは異なる。
「そう捉えられることは仕方がないとは思うんですが、『満身創痍のデビュー作』という帯文は、基本的には“作品についてかかっている言葉”です。担当編集さんが私に対してこの満身創痍という言葉を使うときには、“作品に取り組んだ姿勢”についての意味合いとして使われていました。私はこの作品の主人公を『ヤングケアラーの女子高生』という記号的な人物として書いたつもりはないんです」
「救われてんじゃねえよ」は自伝的エッセイではない。一部の実体験から生まれた、唯一無二の短編小説なのだ。
書籍には、続編「泣いてんじゃねえよ」、「縋ってんじゃねえよ」も収められている。家族から離れて成長していく姿にホッとしたり、引き戻されるのではとヤキモキしたり、読み手の心は終始揺さぶられるが、どの作品も、なぜか不思議と読後感は清々しい。
これからどんな世界を見せてくれるのだろうと、早くも次作が待ち遠しくなった。
【上村裕香】かみむら・ゆたか
2000年佐賀県佐賀市生まれ。京都芸術大学大学院在学中。「救われてんじゃねえよ」で第21回「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。受賞作品を含む全3作品を収めた書籍『救われてんじゃねえよ』(新潮社)が発売中。
<取材・文/山野井春絵、撮影/藤井厚年>
【山野井春絵】
ライター。愛知県出身。広告代理店、編集プロダクション、リゾート施設広報を経てフリーに。得意分野はインタビュー、ライフスタイル、フード、ワインなど。フランス語をマイペースで勉強中。X:@3mo6ab3jK2IHBoV