ゼンショーホールディングス(HD)は、2025年3月期決算において、日本の外食企業で初の売上高1兆円を達成した。売上高1兆1367億円(前年同期比17.7%増)、経常利益718億円(同41.2%増)は非常に立派な成績だ。
一方で、傘下の主力業態「すき家」では、4月の既存店売上高が対前年同月比で92.8%。既存店客数も84.0%と、前年実績を割り込んでしまった。客数の減少率は15%を超えていて深刻だ。ネズミ入りみそ汁に続き、ゴキブリの混入が発覚した。連続異物混入事件の影響が顕著に出てしまった。
ちなみに、3月の既存店売上高は111.0%ながら、既存店客数は99.%と前年を割れた。ネズミ混入事件が報道により広まったのは、3月22日。それからまだ3月の営業日は休業した31日を除外して、8日間残っていたが、そのわりには売り上げが落ちなかった。それだけ、4日間の休業で失った顧客離れが大きかったということだろう。
牛丼チェーン3社の中でも、すき家はとりわけ業績好調だった。既存店売上高は、2021年3月から2025年3月まで、49カ月も連続で前年同月を上回っており、絶好調と言っても過言でなかった。
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これまでのすき家は、24時間常時オープンしていることで、食のインフラとして使命を果たそうと努めてきた。油断したわけではないだろうが、さすがにネズミとゴキブリのWショックは大きかった。小さなネズミの死骸がまるごと混入したみそ汁を提供。さらには、ゴキブリの一部が入ったテークアウト商品を販売してしまった。特にネズミに関しては、ゼンショーHDの社員も「こんなことが起こるとは信じられない」と驚くレベルの失態であった。
●「なか卯」でも24時間営業を終了
同社は立て続けに発覚した連続異物混入事件により、全店休業による店内清掃を決断。3月31日から4日間の徹底的な清掃を実施した。飲食チェーンが、衛生上の理由で店舗を一斉休業するのは、極めて異例だ。
4月4日の営業再開後も、5日以降は24時間営業を取り止め、午前3時から4時までを閉店して毎日清掃を行っている。もしもう一度、同様の異物混入事件を起こしたなら、どうなっただろうか。二度あることは三度あると言われる。すき家が長年築き上げてきた信用は大きく毀損(きそん)し、この程度の落ち込みでは済まなかったのではないだろうか。
ゼンショーHDでは、同じく24時間営業を続けてきた親子丼と京風うどんを中心とするチェーン「なか卯」も、5月15日に24時間営業を終了。午前3時から4時までを、集中的な清掃作業に充てるように変更した。
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同社としては、いくら安くておいしいものを迅速に提供しても、クレンリネスがおろそかになったのでは、最終的に食のインフラとならないと、身に染みたための措置と考える。
5月13日には、ゼンショーHDの会長と社長を兼任していた、創業者の小川賢太郎氏が会長に専任することになり、次男の小川洋平副社長が社長に就任する人事を発表。連続異物混入事件との関連を同社は否定しているが、売り上げが1兆円を達成したこともあり、創業以来初の社長交代で経営が刷新を狙った感はある。
●混入事故後の対応を振り返ると?
SNSで拡散された、ネズミがまるごと1匹入ったみそ汁の写真は衝撃的だった。こんな大きな異物を店員が見落とすとは、考えられないことだった。顧客は、さぞかし仰天したことだろう。喫食前のみそ汁にネズミが混入していることを顧客が指摘し、店員も目視で確認している。
もう一件、ゴキブリの混入も偶然なのか朝の時間帯に発生している。深夜から朝にかけては顧客が少なく、飲食業界のスタッフ不足もあって、経験の浅いアルバイト店員に任せきりになることも多いかもしれない。たまたま店が混んでくると、早く提供しなければと慌てふためいた結果、異物を見逃した可能性もある。
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ネズミ混入事件でゼンショーHDは、店内の監視カメラを確認。みそ汁の具材を椀に入れて複数個準備して冷蔵庫に保管する段階で、そのうちの1個にネズミが入ったと認定した。混入が発生した鳥取南吉方店は大型冷蔵庫の扉が店の外に直接面しており、劣化したゴム製パッキンのひび割れた隙間からネズミが侵入し、椀に入った後に、寒さのため凍死したのが原因だったという。みそ汁をつくる大鍋に入って、具材と一緒に煮込まれたのではないそうだ。
当該店舗は、事件発覚後に営業をいったん中止し、所管の保健所に報告。衛生検査と、専門の害獣駆除会社による駆除施工を実施した。その後、異物混入につながる可能性がある冷蔵庫のパッキン交換や建物のクラックなどへの対策を講じた。
あらためて従業員に対する厳格な衛生管理の教育も行った。発生の2日後には保健所の担当者に現地を確認してもらい、営業を再開していた。冷蔵庫が店の外に面している他の72店舗でも、パッキンの交換と懸念箇所の修繕を行った。
●実はもう起こっていた「もう一つの事件」
ゼンショーHDは、公式Webサイトへの掲載を控えていたことで顧客に不安と懸念を抱かせたと、3月22日のプレスリリースで謝罪している。プレスリリースを読む限り、異物混入に対して、適切に対処しており、特段責められることをしたとは思えない。しかし、結果的にネズミ入りみそ汁を提供したことを隠蔽(いんぺい)したかのように見えてしまったのはまずかった。
それに追い打ちをかけたように、今度は昭島駅南店でゴキブリ混入が起こってしまった。混入した経路はついに特定できず、当該店舗のみならず、ほぼ全店舗を休業して徹底的に清掃する事態に追い込まれた。
鳥取南吉方店と昭島駅南店はともに改装を行い、再オープンが他の店よりも遅れた。すき家は順次、白い外装の新しいデザインの店舗に、全国店舗をリニューアルしており、両店ともちょうど良い改装の機会になったかもしれない。
4日間の休業中にすき家を訪れてみたところ、店員を集めてミーティングをしている様子が見られた。SNSにも「ちゃんと掃除をしていた」といった書き込みもあり、概ね好意的に受け止められていた。もちろん営業すればそれだけの収益が上がっただろうが、目先の利益より、損してでも普段は行き届かない隅々まで清掃をしただけの成果はあったのではないか。再開後にすき家に行った人からは「見違えるようにピカピカになった」といった感想が多く聞かれた。
このように、すき家のクレンリネスは改善されたが、今度はグループ内の回転すし業態「はま寿司」中津店で4月18日、吸水シートが「まぐろ大葉はさみ揚げ」に混入していたことが発覚した。
同店は4月10日から23日までプレオープン期間中で、スタッフが慣れない手つきで調理していたため、誤って混入させてしまったと考えられる。ネガティブな情報は載せない方針なのか、報道がなされてもはま寿司の公式Webサイトにはこの件に関するプレスリリースは載っていない。果たしてスルーしていて大丈夫なのか。今のところ、SNSで大炎上までにはいたっていないようだが、もう一度何かやらかすと非常にまずい状況だ。料理提供前の目視が、ついついおろそかになる傾向が、グループ全体にあるのではないかと既に疑われかけているからだ。
●すき家から逃げた客は、どこに行ったのか
視点を変えて、すき家の失われた顧客はどこに流れているのかを見てみたい。まずは直接の競合である牛丼チェーンで、3〜4月の既存店売上高と既存店客数の動きを比較してみよう。吉野家は既存店売上高が102.9%→108.0%、既存店客数96.7 %→99.8%。松屋は既存店売上高107.8%→114.2%で、既存店客数は100.9%→105.8%。
偶然かもしれないので引き続き観察を続けないと断定はできないが、吉野家と松屋はともに売り上げと客数ともにかなり伸びている。やはりすき家から顧客が流れているのではないかと、推定される。
とは言え、すき家はロードサイドが中心。吉野家と松屋は駅前が中心と立地が違うのではないかといった意見もあるだろう。同じようなロードサイドに強い丼チェーンというと、かつ丼の「かつや」はどうか。こちらも既存店売上高は102.0%から106.9%、既存店客数も97.9%→100.7%に伸びた。3月は値上げもあり顧客離れが懸念されていただけに、すき家の自滅が追い風になった可能性がある。同様にロードサイドで強いラーメンチェーンも基本的に3〜4月は成長基調だった。
すき家は強固なファンを持つ一方、一部の顧客は競合の吉野家と松屋を中心に米飯の和風ファストフード業態に相当数流れている模様だ。データからはラーメンなどにも流れているかもしれない。
成熟した牛丼の市場で長らく好調が続き、すき家のひとり勝ちとまで言われてきた状況が、まさか異物混入という自らの不祥事により顧客離れを招くとは、ゼンショーHDの経営陣も思ってもみなかっただろう。ここは派手な宣伝よりも、クレンリネスの徹底という日々の地道な積み重ねにより、信頼を回復し、同社の大目標である「フード業世界一」「世界から飢餓と貧困を撲滅」に邁進してほしいものだ。
(長浜淳之介)
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