発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する連載企画。数多く出版されている新刊小説の中から厳選し、今読むべき注目作を紹介します。(編集部)
嫉妬を理由に兄を殺した弟が、その罪を隠すために兄の居場所を「知らない」と答えた。それが人類にとって最初の殺人であり、最初の嘘。それがすべて、誰かのためではなく、自己の承認欲求と保身のために行われたものだということが、なにより罪深いことである気がする。でも、嘘って、そういうものだ。子どもが最初に意思をもってつく嘘も、たいていは、失敗したり悪戯したりしたことを隠すため。ほんの一瞬、この場さえやりすごせれば。その保身が、さらなる悲劇を起こすことになったとしても、誘惑に打ち勝てずにごまかしてしまう。
『嘘と隣人』は、元刑事の正太郎が、そんな日常にあふれるさまざまな嘘を見抜いていく物語だ。「地獄は始まる あなたの隣の悪意から」と帯にはあるけれど、悪意と呼ぶにはあまりに必死な、自分の立場や評判を守ろうとする気持ちに覚えがありすぎて、読みながらぞっとしてしまった。とくに、妻の友人に依頼されて、彼女の夫が痴漢冤罪でつかまった真相をさぐる短編「最善」。正義感が強く、間違ったことを許さないはずの、夫の真の顔が明らかになっていく姿に、私たちはこうして、嘘を嘘と気づかないまま、自分に都合よく現実を受け止めていくのだろうなあ、とも思わされて、ひやりとした。
外国人技能実習生の死をめぐる「祭り」でも、「息子のように思っている」と言いながら、実習生を過酷な環境に置く経営者が登場するけれど、それもまた彼女が無意識に現実をねじまげて、自分についている「嘘」なのだろうなあと思ったりもして、事件の本筋に関係ないところでも浮かびあがる小さな嘘の数々に、こうしていつしか人間関係がひずんで事件は起きるのだろうと思わされるところも、怖かった。本当に、他人事ではない人の弱さを突いて物語にするのがうますぎる作家である。
本作の主人公・アリーチェも一つの嘘をつくけれど、こちらは自分というより世界を守るためのもの。
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ありふれた書店に見える彼女の実家は、実は魔法使いたちの御用達。というのも店には、この世に一冊しかない、あらゆる呪文をおさめられた「魔法の書」が保管されていて、魔力をもたず呪文を知ることの決してできない《守り手》の一族――アリーチェの家族が管理しているからだ。ところが13歳の誕生日の夜、正式な守り手として承認される儀式でアリーチェは、自分が「読める」ことを知ってしまう。読める者が「魔法の書」を手にするということは、呪文を独占できるということ。そうなれば、魔法使いのあいだでも、書物の奪い合いが起きてしまうということで、彼女は「読めない」と嘘をつくのだけれど。
これが、期せずして、アリーチェを最悪の事態から救う。もし「読める」ことがバレたら、忘却の魔法をかけられて天涯孤独にさまようはめになっていた、と聞かされてアリーチェはぞっとする。守り手は書物の管理者といいながら、その実、魔法使いのために生かされ、子孫を生むことを義務付けられているのだ。本人の意志とは関係のないシステムに縛られている今を、打破するためにアリーチェは旅に出ることになるのである。
誰かが命がけで守ってきた伝統と、それに支えられたこの世のありさま。それをくつがえすのは簡単なことではないし、何より大事な家族を傷つけることにも繋がってしまう。けれど、それでも「こんなのおかしい」と思う世界を変えるために、自分の大切な人たちと、なによりもともとは憧れであった「魔法」を守るために、友達と一緒に戦うアリーチェの姿に、読みながら心が強くなっていく気がする。「こうあるべき」に屈しないアリーチェを通じて新しい景色をも見せてくれる、心躍るファンタジー小説である。
こちらもファンタジー。タイトルどおり「竜のお医者さん」の物語なのだが、こちらの主人公・リョウもまた自身の出自に縛られていて、教育を受けることすら許されていない一族。ところが、育ててくれた孤児院の院長は「手伝いをさせているうちに勝手に学んでしまった」というていで、リョウに文字と知識を教えてくれた。それがバレて追われる身になりながらも、〈この国の良心は、あの方と同じ姿をしているだろう〉〈またこの国の幸運は、おれと同じ姿をしているだろう〉と回想する二行にまず、ぐっとつかまれてしまった。表現が美しいし、リョウの心根のまっすぐさが伝わってくる。それを育んでくれた孤児院の院長の優しさも。
そんな彼が、やはり家を捨てたレオニートとともに、竜の医師団に入るための試験を受けたのは、まずもって、出自にとらわれることなく自由に生きる権利を得られるのが、その場所だけだったからだ。けれど、この世界に生きる竜とリョウの出自は深い因縁をもち、とある優れた能力をもつリョウは、巨大な命に真摯に向き合いながら、医師のたまごとしてレオニート(と、こにくたらしいところがかわいい“先輩”のリリ)とともに成長していく。
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庵野さんは二人の作家の共同名義なのだが、おひとりは医師でもあり、その知識にもとづく竜の病症もとても興味深い。人間と似ているようでまるで違う生態に向き合いながら、病理を明らかにしていく過程はミステリー小説のようでもあるし、安楽死・尊厳死の問題や、優勢思想にもつながっていく、人間とも無縁とはいえない命の問題に向き合っていく姿には、人間ドラマとして胸打たれるものもある。竜と人の歴史を重ね、巻を追うごとに世界の奥行を広げていく同シリーズ。はやく新刊が読みたくてたまらない。
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