
同居介護が嫌なら離婚だと言われて
「夫から『俺の実家で同居介護してくれ。嫌なら離婚だ』と突然言われてしまいました。私、どうしたらいいのでしょうか」今回、介護の悩みを打ち明けてくれたのはアケミさん(仮名/50代女性)。病に倒れた義父の介護のため、無理矢理同居介護をさせられそうになっていると言います。
アケミさんは結婚して30年ほど。両親はすでに他界していて、2人の子どもはそれぞれ成人して独立しています。現在、夫の実家から車で30分ほどの場所で夫と2人暮らし。
「子どもができて専業主婦になった私は、自分なりに家事や子育てを頑張ってきました。2人の子どもは幼い頃から野球をしていて、早朝からお弁当を作ったり、練習に付き添ったり試合の応援をしに行ったりと忙しい毎日を過ごしてきました」
一方、夫は仕事の忙しさにかまけて家のことは何もしてくれなかったと言います。
「夫は典型的な亭主関白です。責任のある立場で働いていて稼ぎもいいのですが、家庭では自分の好きなこと以外は何もせず、休日はゴロゴロしているか友人と遊びに行っています。家のことは本当に何もしません」
また、資産管理は全て夫がしており、預貯金がいくらあるのかも知らないそう。毎月まとまった金額を夫から預かり、それで食費などを賄っています。正直、夫がいくら給与をもらっているのかも分からないそう。
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「お嫁さんだけの同居でも構わない」
そんな中、昨年、義父が脳梗塞を発症。症状はそれなりに重く、病院で要介護認定や通所リハビリなどを勧められました。しかし、義母は「全てわが家でお世話をするので不要です」と、夫を通して拒絶したそう。「夫からその話を聞いたときは思わず『えっ?』と声が出てしまいました。自分がしっかりしているから大丈夫だという自信があったり、できる奥さんであるとアピールしたかったのかもしれません」
正直なところ、アケミさんは義実家とよい関係とは言えないそう。義母は結婚前の顔合わせの頃から、アケミさんと2人きりになると嫌みを言ったり、小さな嫌がらせをしてきたりしたとか。反論すると義父や夫の前で大げさに泣き出し、結局アケミさんだけが悪者扱いされることに。
「義母は一人息子である夫を溺愛していて、その妻である私のことが気に入らないみたい。私も最初は義母と仲良くなろうと努力しましたが、なかなかうまくいかず……。最近は諦めてなるべく関わらないようにしてきました」
ただ、当初は義母だけでなんとかなっていた介護生活も、義父に認知症の兆候が見えたこともあり、早々にギブアップ。「私も若くないから同居介護をしてほしい」と夫に連絡してきました。
夫が「仕事があるから同居はできない」と言うと、義母は「あなたに介護をさせるつもりはない。お嫁さんだけの同居でも構わない」と。夫も「それなら構わない」と受け入れてしまった。
「こんなに大事な話を2人だけで勝手に決めるなんてあり得ない。腹が立ったので夫に反論したんです。そうしたら『何十年も養ってやったんだから恩を返せ。俺と離婚したら野垂れ死ぬだけだ』と言ってきて。もうどうしたらいいのでしょうか……」
本気で戦う姿勢を見せないと後戻りできなくなる
まずアケミさんに伝えたいことは、状況を改善するには、離婚も辞さないと本気で戦う姿勢を見せるしかないのではないかということです。
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程度に差はあれど、アケミさんのように夫から一方的に義両親の介護を押し付けられるケースは珍しくありません。筆者もとても多くの人から相談を受けています。
義実家との関係が良好なものであればまだしも、今回のケースでは介護を頑張ろうと思うほうがおかしいと筆者は考えます。これまでの義母の所業を考えたら、言うことを聞くのも嫌でしょう。
そして夫は、稼ぎはあるかもしれませんが、それ以外は何一つせずに普段から威張り散らしている。そんな相手を好きになれるはずがありませんよね。そんな人たちのために献身的な介護を頑張れるほうが珍しいと思うのです。
そもそも、介護の義務があるのは実子である夫です。その妻であるアケミさんが介護の全てを押し付けられる法的な根拠は存在しません。民法上では、長男の嫁だからといって介護しなければならないというルールはないのです。基本的には「何もしません」という一言で終わってしまう話です。
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つまり、義父の同居介護を受け入れたら、義母の介護も続けざまにしなければいけなくなってしまう(あるいは並行してやらなければいけなくなってしまう)可能性がかなり高いと思うのです。
ただでさえ義父の介護だけでも大変なのに、かなしいかな、好きではない相手、嫌いな相手を長期間にわたって介護し続けることになってしまうわけです。
もしもアケミさんだけが義実家へ同居する毎日を受け入れたとします。介護に専念しているからといって、夫の分の家事や炊事を何もしなくてよくなるでしょうか。いえ、そんなはずはないでしょう。実家と夫のいる家を往復して、夫の面倒は今まで通り見なければいけないはずです。
なぜなら、夫は家のことは何一つできないし、稼ぐだけが取り柄なのですから。
これから先、アケミさんに残された人生はあと何十年もあります。その残りの人生の中で、義実家での同居介護によって失うものはとても大きいと思うのです。そして、基本的に得られるものはないでしょう。
「ありがとうございます」とか「お金は私が払うから」などと感謝やいたわりの言葉をかけてくれる……そんなことはほぼないでしょう。どれだけ献身的に介護をしても、「これぐらいはやって当然よ」や「もっとうまくやれないのか」と不満をぶつけられる可能性のほうがよっぽど高い気がしてなりません。
実は心の安定につながること
そして、離婚をちらつかせてくる夫の言動は最悪そのもの。義母のこれまでの言動も明らかにモラハラだと思います。なので、夫や義母と話す際には、常にスマホの録音アプリを起動して、ひどいことを言われた証拠として残しておくことをおすすめします。もし可能なら、どこかに隠しカメラを置いて録画しておきたいところです。証拠を集めておけばここぞというとき役に立つはずです。
もう1つおすすめしたいのが、夫が仕事に行っている昼の時間帯にできる仕事を見つけることです。最初はパートでもいいでしょう。しばらく働いていないとのことですから、いきなりフルタイムで雇ってもらうのは簡単ではないかもしれません。ただ、どんな仕事でもいいので“いったん働き始める”のです。
働くことによって自分で何がしかのお金を稼ぐ。実はこれ、とても心の安定につながるのです。もしかしたら「自分は養われているだけで価値がない」などと思われているかもしれませんが、決してそんなことはありません。家事や育児を頑張っただけで十分すぎるほど価値があるのです。
自分で稼ぐことによってもっと自己肯定感を高められると思います。きっと精神的な安定につながっていくはずです。
弁護士に相談を
さて、先述した「証拠を残す」ことと、「自分なりの収入を得る」ことの準備が整ってきたら、弁護士に相談することをおすすめします。夫と話し合いを行う際、2人だけで進めようとすると、今まで通り圧力をかけられて負けてしまう気がします。そこで、第三者に入ってもらって2対1の構図を作ると、いくばくか言いたいことが言える安心感が生まれるのではないでしょうか。
話し合いではできる限り自分の気持ちを正直にぶつけてみましょう。それでも難しい、夫の前に立つと言いたいことも言えないといった場合は、あらかじめ弁護士と打ち合わせをしておいて、代弁してもらうのがいいでしょう。
夫の反応次第では離婚も視野に
その結果、うまいこと夫が変わってくれれば儲けものです。夫がこれまでの非を認め、「親との同居はしなくていい。とんでもないことを言ってすまなかった。これから母さんとは関わらなくていい。全て俺がやる」とまで言ってくれたら、まずまずでしょう。しかし、それでも油断はできませんが。もしも夫が非を認めず「自分は悪くない、全てお前がやれ」といった具合で話してきたら、夫から言い出してきたわけですから、離婚もありではないかと筆者は思います。
アケミさんが夫のことが好きで好きでたまらない、どうしても一緒に暮らしたいという思いが強ければ、ある程度自分自身を犠牲にする必要があるのかもしれません。しかし、そうでないとしたら、何にこだわる必要があるのでしょう。
今、アケミさんは子育てが終わって一段落ついている状態。これから大きなお金が必要になるライフイベントはそうそうないわけです。それならば、自分がこれから生活していくのに十分なお金があればなんとかなるのではないか。嫌な思いをし続ける必要はないのではないかと筆者は考えるのです。
もし義実家の介護を夫が担うことになったとしても、夫はすぐに音を上げるはず。なぜなら、自分の家のことすら満足にやったことがない人ですから。介護という難易度が高いことを賢くこなせるはずがありません。おそらく、義母との間でもすぐにけんかになってしまうでしょう。
このタイミングで「介護保険を使ったらどう?」「お父さん、リハビリをやってみたらどうかしら」「将来的に施設への入居も必要になるんじゃない?」といった話をすると、夫は受け入れやすいかもしれません。
夫は実際に経験して「介護はとても大変だ」と気が付いたわけですから、さらなる苦労はなんとか回避したいでしょうし、夫婦で協力すればうまく対処できるだろうと思う可能性もあります。
また、夫の言うことなら、義母も嫌だとは言いにくいでしょう。もちろん親子げんかは起きるでしょうが、夫が本気を出して何としてもこうするのだと言ったら、義母がそれに抗う術はあまりない気がします。
横井 孝治プロフィール
両親の介護をする中で得た有益な介護情報を自ら発信・共有するため、2006年に株式会社コミュニケーターを設立。翌年には介護情報サイト「親ケア.com」をオープン。介護のスペシャリストとして執筆、講演活動多数。また、広告代理店や大手家電メーカーなどでの経験を生かし、販促プロデュース事業も行う。All About 介護・販促プロモーションガイド。(文:横井 孝治(介護アドバイザー))