
パリ・サンジェルマン(PSG)対インテル。ミュンヘンのアリアンツ・アレーナに6万4327人の観衆を集めて行なわれた2024−25シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝は、戦い方のコンセプトが真逆な両チームの対戦だった。
「前から行く」と「後ろを固める」。簡単に言うならば攻撃的サッカー対守備的サッカーの対戦だ。
両者の関係は世界的には7対3といったところだろう。攻撃的サッカー系のチーム7割。守備的サッカー系のチーム3割。CLのベスト8に残ったチームでは7対1の関係だった。インテルはつまり、守備的サッカー陣営にとって最後の砦だった。
準決勝では攻撃的サッカー陣営の草分け的存在とも言えるバルセロナに対して大接戦の末、劇的な勝利を収めていた。PSGの監督は10年前にそのバルサの監督としてCLを制しているルイス・エンリケだ。バルサで選手としても活躍した彼にとって、インテルとのこの一戦は雪辱戦に値する。絶対に負けられない戦いだったはずだ。
下馬評でもPSGはインテルに勝っていた。となれば普通、穏やかに試合に入りたくなるものだ。ことを慎重に進めたくなる。準決勝で、同様に優勢が伝えられたバルサがそんな感じだった。第1戦、第2戦とも持ち前の攻撃的サッカーを開始直後からは全開にしなかった。その間隙をインテルに突かれた。
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決勝戦、ルイス・エンリケ率いるPSGは違った。開始直後から前に出た。攻撃的サッカーを全開にしてインテルに向かっていった。
攻めるPSG、守るインテル。0−0で推移している間はインテルペースということになる。
ところが均衡は開始12分、早々に崩れた。PSGはインテルの右ウイングバック、デンゼル・ダンフリースの背後を左ウイング、フヴィチャ・クヴァラツヘリアが突く。切り込みながらファビアン・ルイスにパスをつないだところでチャンスは拡大。ヴィティーニャからパスを受けたデジレ・ドゥエが、左サイドからマイナス気味のラストパスを送ると、逆サイドからゴール前に走り込んだアクラフ・ハキミは触るだけでよかった。
【ガードを固めすぎたインテル】
完璧な崩しで先制点を奪ったPSGはその8分後。追加点を奪う。インテルが得たCKからのカウンターだった。左のライン際を走るウスマン・デンベレにクヴァラツヘリアから縦パスが通る。デンベレは切れ込むフリをして逆サイドを走るドゥエにサイドチェンジ気味のパスを送ると、次の瞬間、その胸トラップ&シュートはネットを揺らしていた。
5バックで後ろを固めたにもかかわらず、前半20分で0−2。インテルの戦略が破綻した瞬間でもあった。0−4にも感じられそうな0−2。絶望的なスコアである。どうせ2点も取られるなら、最初から攻撃的に出て撃ち合ったほうがよかったと考える人も少なくないはずだ。
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決勝は90分1本勝負だ。本来なら2点負けているほうは、手をこまねいているわけにはいかない。5バックを断念し、オーソドックスな4バックに転じるべきと考えるが、シモーネ・インザーギは守備的サッカーへのこだわりがある監督だ。それを哲学にしている。その結果、インテルは5バックのまま残りの70分間を戦うことになった。
これで勝負は決まったも同然となった。案の定、PSGは後半18分にはドゥエが、後半28分にはクヴァラツヘリアが、そして後半41分には交代で入ったセニー・マユルが次々加点。インテルの5バックをモロともせず、5−0でタイムアップの笛を聞いた。
決勝で5点差がついたのは現行の33年間のCL史では初の出来事だ(これまでの最多得点差はミランがバルサを4−0で下した1993−94シーズンの決勝)。守備を固めたにもかかわらず早々に失点すると立ちゆかなくなる、守備的サッカーの本質的な矛盾を露呈させることになった決勝戦だった。
インテルはガードを固めすぎたことで、逆にPSGから必要以上に決定的なパンチを浴びた。
もっとも攻撃的サッカーと守備的サッカー攻防の歴史を振り返れば特段、驚くべき結果ではない。両者の関係において攻撃的サッカーが興隆した理由は、守備的サッカーがいくら守りを固めても守りきれなくなった経緯を見逃すことはできない。攻撃力の伸び率が守備力の伸び率を上回ってきた欧州サッカーの歴史的背景がある。
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それをあと押ししたのはトータルフットボールとプレッシングサッカーで、実際に今回のPSGの勝因も、前から行くプレッシングの産物であった。
【PSGのサッカーの斬新さ】
それだけではない。今回のPSGを語る時、触れなければならないのはアタッカー陣の多機能性である。出場選手の全員が複数ポジションをこなすことができる。右、左、真ん中とすべてこなす選手もいる。それに0トップという要素が加わる。「この選手はこのポジション」という定位置のないサッカーを実現させている。選手の高いクオリティや若手の存在も大きいが、PSGのサッカーが斬新に見える一番の理由は、選手の多機能性と、その産物である定位置のないサッカーだ。
最強チームと優勝チームが一致しないことがしばしばあるサッカーにおいて、今季のCLはこれ以上ない順当な結果に終わった。PSGは群を抜いて強かった。サッカーのマックス値を塗り替えるパフォーマンスを披露しながら優勝した。時代を塗り替える、新しい時代の到来を予感させるような優勝だった。
リバプール(2021−22)、マンチェスター・シティ(2022−23)、レアル・マドリード(2023−24)という過去3年の覇者も、それはそれでマックス値を更新するサッカーを披露してきたが、今季のPSGの更新の幅は、それ以上だったように見える。画期的な優勝と言いたくなる。
シーズン前にキリアン・エムバペをレアル・マドリードに放出した時、あるいは、今季のCLのリーグフェーズのなかば過ぎまで、PSGの優勝を予想する人は少なかった。ブックメーカー各社の優勝予想でも当初は10番手前後に過ぎなかった。シーズンが深まるにつれ、チーム力は飛躍的に上昇していった。
監督の力を思わずにはいられない。
リオネル・メッシやネイマールに依存した単なる金満クラブから脱却させた功績も光る。好チームに変貌させながら、欧州チャンピオンにまで輝いた。
監督自身にとっては2度目の欧州一である。ルイス・エンリケはクラブにも自分自身にも箔をつけることができた。
フランスサッカー界にとってもこれは画期的な話だ。1992−93シーズンに始まったCLで、フランスのクラブチームがチャンピオンになるのはこれが2回目だ。初年度に優勝したマルセイユは八百長問題で、タイトルこそ剥奪されていないが、チャンピオンとして活動する権利は奪われた。以降30年余り、フランスサッカーの象徴と言えば代表チームだった。
CLとW杯が影響し合う関係にあるとすれば、フランス代表にも追い風が吹くことになる。W杯が1年前倒しになるなら、デンベレ、ドゥエ、バルコラを擁すフランスは大本命だろう。大会後にW杯本大会が控える来季のCLの行方はいかに。攻撃的サッカーはさらに更新されるのか。目を凝らしたい。