
語彙の少なすぎるパート仲間
「パート先で親しくなった女性がいるんですが、アラフォーになっているにも関わらず、語彙が少ない。何かあると『気持ち悪っ』とよく言っています。最初は何か気持ちの悪いことがあったのか、気持ちの悪いものを見かけたのかと思っていたけど、そうではないんですよね。たとえば職場の責任者がちょっと無理な仕事を押しつけてきたときに『気持ち悪っ』、出入り業者がうっかり言い間違いをしただけで、あとから『気持ち悪っ』とつぶやいている。彼女にとっての『気持ち悪っ』が、どんな感覚なのか分からないんですよ」
そう言って苦笑するユリカさん(43歳)。その女性は30代半ば、幼い子をもつ主婦だという。みんなで芸能人の不倫話になったとき、彼女がいきなり「気持ち悪っ」と吐き捨てるように言ったのが印象に残っているそうだ。
世の中「気持ち悪い」ことばかり
「じゃあ、彼女が潔癖なのかというとそんなこともなさそうだし。あるとき気持ち悪っという発言が多いけど、どういう意味なのと聞いたことがあるんです。そうしたら『文字通りですよ。世の中、みんな気持ち悪いことばっかり』って。彼女によると米が高いのも、他の物価が高騰しているのも、子どもの保育園の先生が寄り添ってくれないのも、みんな気持ちが悪いらしい」
一時期、なんでも「かわいい」で済ませる女性が多いと話題になっていたが、それと同様なのかもしれない。だが、「かわいい」という言葉にはほっこりさせるものがあるが、「気持ち悪っ」には聞いている方にも不快感を催させる恐れがある。
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というのは、ユリカさんの中学生になる娘もまた、「気持ち悪っ」を多発するからだ。
賛同しないときに言ってしまうらしい
ユリカさんの娘は、「賛同しがたい」ときに「気持ち悪っ」とつぶやく。嫌だとはっきり言えないとき、言う必要すらないときに、ぽろっと吐き出すように言うのだ。「私はいちいち、『何が気持ち悪いの?』と尋ねることにしています。嫌だからなのか、それならどうして嫌なのか。そういうことを考えて、きちんと自分の気持ちを説明しなさいと。そうじゃないと人とコミュニケーションなどとれませんから」
感情を言葉にしていくには技術と習慣が必要だと彼女は言う。そして言葉にしていかないと、自分がどうして「気持ち悪い」と言ったのかすら分からなくなってしまう、と。
「実は私自身が若いころ、感情を言葉にするのが苦手だったんです。仕事でもプライベートでも自分の意図や思いが伝わらなくて、うまくいかないことが多かった。変わったのは、夫と知り合ってから。夫自身、それほど口数が多いタイプではないんですが、自分の気持ちや状況をきちんと説明してくれる。
ケンカになるときって、だいたい誤解が元だったりするので、そんなときは必死に言葉を尽くしてくれた。『あなたもちゃんと自分の言葉で説明しないとダメだよ』と言われ、気持ちを言葉にしていく訓練をしたんです。私にとっては本当に“訓練”だった」
自分の言葉を持つ必要性
人に言葉で真意を伝えるのは難しい。相手がその言葉をどう受け止めるかは個人差もある。それでも伝え合って、相手との感覚に齟齬(そご)が少ないと分かったとき、「理解」がうまれる。ユリカさんにとって、それは極上の喜びだった。
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最近では、「気持ち悪っ」と言われると気持ちが悪くなるから、別の言葉で表現してくれないかと娘に言うようになった。
「そうすると娘も、『えーっと』と言いながら一生懸命考えています。今の自分の気持ちに一番ぴったりくる言葉を選ぶのは大変だけど、人間っていくつになっても初めて味わう感情があるような気がするんです。だからなるべくたくさんの言葉を持ちたいし、見つけたい。私はそう思っているんです」
ひと言で済ませるのは簡単だが、大事な話のとき、そのために誤解されたら人間関係もうまくいかなくなる。日ごろから「今の気持ちを表す言葉」について考えるのも大人にとって大事なことなのかもしれない。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))