
【「このままじゃ危ない」】
全日本大学駅伝の関東地区選考会が5月24日、レモンガススタジアム平塚で開催された。例年より1カ月早く行なわれ、比較的好コンディションだったため、例年以上に高速のレースが繰り広げられた。
そんななか、トップ通過を果たしたのが中央大だ。エントリータイムでも他校を圧倒していたが、本番でもその力を示した。
10000mの4レースが行なわれ、8人の合計タイムを競うのがこの選考会。トップの中大は3時間50分27秒09(1人当たりに換算すると28分48秒)で、2位通過の大東文化大に1分以上の大差をつけて伊勢路への切符を掴んだ。
それにもかかわらず、中大の選手からはこんな厳しい言葉が漏れ出た。
「全員連戦のなかでのレースになったので100%の状態ではなかったんですけど、正直(2位に)もっと差をつけたいと思っていたので、このままじゃ危ない、しっかり練習していかなきゃいけないなと思いました」
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この言葉の主は、最終組を担った4年の溜池一太だ。
約1分の差は十分に大差と言えるが、当人たちにとっては"圧勝"と言えるほどの結果ではなかった。
「1位通過というか、ここで他校を圧倒できるようじゃないと本選に行った時に、優勝なんて絶対に無理だと思っていました。本来ならシード権を取っていないといけなかったですし。『ここは君たちが戦う場じゃない』ってことは常々言っていました」
藤原正和駅伝監督がこう言うように、そもそも全日本選考会に回るようなチームではない。実際に、中大は今年の箱根駅伝で総合5位に入った強豪チームなのだから。
しかし、昨年11月の全日本大学駅伝では、優勝候補の一角に名前が挙がりながらも、序盤から流れに乗れず12位に終わっていた。
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今季、チームは箱根駅伝の総合優勝を目標に掲げている。だからこそ、藤原監督も、選手たちに意識を高く持つように徹底してきた。圧勝してもなお、溜池が「悔しい」「このままじゃいけない」と口にするのも、その高い意識の表われだった。
【アメリカ遠征で受けた刺激を力に】
今年に入ってから溜池は5000mを中心にレースに出場してきた。
2月のボストン大デヴィッド・ヘメリー・バレンタイン招待(アメリカ)では、室内のショートトラックのレースで13分39秒11をマーク。新年度を迎えると、4月12日の金栗記念選抜で13分35秒33、4月29日の織田記念国際で13分37秒12、5月11日の関東インカレで13分36秒93と、自己記録(13分28秒29)の更新とはならなかったものの、高いレベルで安定した結果を残している。
「ここまでアメリカの室内レースを含めて4戦走って、全部13分40秒を切って、高いところで安定感が出てきた。去年よりもう一段階強くなったかなって思います」
溜池もまた、自身の成長に手応えを口にしている。
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箱根駅伝後には後輩の岡田開成と共に、昨年に続きアメリカに渡ってトレーニングを積んだ。しかし、そこでは世界のトップランナーの走りを目の当たりにし、思わぬ挫折感を味わわされた。
「今年もフィッシャーの走りを見せてもらったんですけど、去年よりも強くなっていました。正直、ちょっと遠いなというか、追いつけないなと思ってしまいました。
ニコ・ヤングも去年より強くなっていましたし、彼らと走って、最後まで競り合うイメージがつかなくなってしまった」
フィッシャーとは、昨夏のパリ五輪で10000mと5000mの2種目で銅メダルに輝いたグラント・フィッシャー(アメリカ)のこと。そのフィッシャーは、溜池も出場したボストンの室内競技会で5000mのショートトラック世界新記録(12分44秒09)を打ち立てた。
ニコ・ヤング(アメリカ)は溜池の1学年上の選手で、5000m12分台、10000m26分台と、共に日本記録を大きく上回る自己記録を持つ。
1年前からさらに力をつけた彼らの走りを目の当たりにし、溜池のなかにネガティブな感情が芽生えていた。
しかしながら、視点を変えれば、より実感を伴って世界との距離を測れるようになったと見ることもできる。
「そういう視点で世界のトップの選手を見られるようになったのは、去年から成長していると思います」
溜池自身もこのように前向きに捉えていた。
5月の関東インカレの際に溜池が口にしていたのは世界への思いだ。
「世界陸上はまだあきらめていません。6月に海外でレースがあるので、13分01秒(世界選手権の参加標準記録)をしっかり見て、そこで切って、日本選手権に勝ちたい」
固い決意を口にしていた。
【"エース"という肩書きへの強いこだわり】
世界を見据える一方で、もちろんチームのことも疎かにするわけにはいかない。溜池は"エース"としての役割を全うしようと、全日本選考会では各校のエースが集まる4組を担った。
"27分台チャレンジ"と位置付けて臨み、後輩の岡田と共に積極的に挑んだ。
記録は28分04秒39と、惜しくも27分台には届かなかったものの、留学生に割って入り4着と健闘を見せた。2年前に東京農業大の前田和摩がマークしたこの選考会の日本人最高タイム(28分03秒51)にもあと1秒と迫った。
「あれだけ突っ込んだなか、我慢してくれました」と藤原監督も溜池の走りを称えていた。
「27分台にいくかいかないかというところなら、調整しなくても出せるところに来ていると思う。今日は100%では来ていないので、今の練習を考えれば、こんなものかな」
溜池自身、ここでも高い安定感を示し、好感触があったようだ。
箱根駅伝で花の2区を経験し、今季の溜池のコメントからは、"エース"という肩書きへの強いこだわりが感じられる。
「今年はエースなので、しっかりエースとしてチームに貢献していきたい」
「エースは自分なので、しっかりやっていきたい」
この日だけでも、レース後の囲み取材で幾度となく"エース"という言葉が飛び出した。
後輩の本間颯(3年)や同期の吉中祐太の台頭があり、さらに同学年には、今季の駅伝主将を務める吉居駿恭がおり、学生の枠を超えた活躍を見せている。その吉居にさえも、溜池はエースの座を譲るつもりはない。
「駿恭は1年生の時からエースとして自分の前を走ってくれている選手なので、負けていられない。自分だけがエースと呼ばれるようになっていきたい」
そこには"自分がチームを牽引するんだ"という強い意志がある。その意志を貫き、チームを箱根路の頂点へと導くつもりだ。