外食大手ゼンショーの牛丼チェーン「すき家」は、異物混入事件への改善策として、2025年4月から1時間の清掃時間を設け、それまで原則としていた24時間営業を23時間営業に切り替えた。同様に、ゼンショーグループの丼・うどんチェーン「なか卯」も、5月から23時間営業となっている。
【画像3枚】すき家による「営業再開と今後の対策についてのお知らせ」(公式Webサイトより)
この混入事件が明らかになった2025年4月、すき家の月次売り上げは前年同月比で全店ベース▲20.2%、既存店▲7.2%、客数▲16.0%(衛生対策休業期間を除いて算出)と大きく落ち込んだ。今回の対策が消費者に評価されるかどうかは、6月第3営業日(5月月次売上速報)の結果を待たねばならないが、顧客の信頼回復には再発防止が確認できるまでの相応の期間が必要となるだろう。
●減少する24時間営業
ちなみに、この話を聞いて再認識したのは、牛丼チェーンではいまだに24時間営業が主流であるという点だ。
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コロナ禍で大きな打撃を受けた外食業界の売り上げは、コロナ終息後、急速に回復し、ほとんどの業態でコロナ前の水準を取り戻している。
しかし、アルコール比率の高い業態(飲み屋業態)は7割程度までしか戻っておらず、その影響もあって深夜帯の人流もコロナ前に比べ大幅に減少しているようだ。このため、外食の各業態はコロナ後に営業時間を延長してきたが、深夜帯の人流減少もあり、24時間営業に戻す企業は多くない。牛丼チェーンのように24時間営業が復活している業態は、実のところそれほど多くないのである。
すき家は24時間営業が原則である。すき家は2020年の「ワンオペ問題」が発生した際、1167店舗の深夜営業を休止し、24時間営業の店舗は700店ほどとなった時期もあったが、コロナ後には復活し、ほぼ全店が24時間営業となっていた。他の牛丼チェーンも24時間営業している店は多く、店舗検索で「24時間営業」と指定して検索すると、吉野家は317店/1248店、松屋は832店/1121店と、かなりの数が24時間営業を行っている。
●24時間営業は採算が取れるのか?
しかし、ファミリーレストランでは、すかいらーくグループ、ロイヤルグループなど24時間営業はほぼなく、コロナ後に営業時間を繰り下げる動きがあったものの、人手不足の時代に24時間営業を再開することには否定的なようである。では、なぜ牛丼チェーンはいまでも24時間営業(実質)を行っているのだろうか。
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牛丼チェーン各社は大手であり、その業態は複合化しているため、上場企業として財務情報を開示してはいるものの、牛丼チェーンのみの損益構造を分離して検証することはできない。また、営業時間帯別の売り上げデータも開示されていない。ただ、概算で考えてみると、深夜帯の営業でも採算は合っているようだ。
店舗のランニングコストのうち、賃料や冷蔵電気代といった設備関連の固定費は、店を開けていても閉めていても変わらないため、深夜帯の採算は主に人件費に左右される。すき家ではかつて深夜のワンオペが問題となったが、現在では2〜3人での運用が可能とされている。すき家の深夜時給は検索すると1625円と出ており、1時間当たりの人件費は3250円〜4875円となる。
牛丼屋の粗利率を7割程度と想定すれば、おおよそ5000円÷70%=約7000円の1時間当たりの売り上げがあれば、採算は取れる計算だ。実際に深夜帯で4万〜7万円の売り上げがあるという声もあり、この水準であれば利益も出る。そして、なにより客数の少ない時間帯に清掃や材料管理、翌日の準備などが行えるので、24時間営業でも損はしないと考えられる。
ただし、この前提は、深夜のアルバイトによる2〜3人体制というオペレーションであり、非正規雇用のスタッフが確保できるという環境下で成り立っている体制だという点は忘れてはならない。
●「下がり続けた」賃金
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2000年代以降、デフレが続いた日本では、物価が上がらない一方で賃金は下がり、低位安定が続いたことで、人件費を安く抑えることができた。図表1は2000年代以降の消費者物価指数と名目賃金、実質賃金の推移を時系列で示したものである。日本の賃金が上がっていないという話はよく聞くが、この表を見ると、実際には下がり続けていたことがよく分かる。
ざっくり言えば、(1)2000〜2012年は物価が上がっていないにもかかわらず賃金が下がったため、実質賃金はゆっくり目減り、(2)2013〜2020年は物価と賃金がともに緩やかに上昇し、実質賃金は横ばいからやや減少で推移、(3)2021年以降は物価が急上昇し、賃金も上昇傾向にあるが物価上昇に追い付かず、実質賃金の目減りがさらに加速。
そして現在は、実質賃金が最低水準まで低下した後、賃上げが加速してやや持ち直している状況である。つまり、この四半世紀、われわれの実質的な所得は減り続けており、外食産業などの労働集約的業態も、そうした労働環境を前提に設計されてきた、ということだ。
しかし、状況は大きく変わりつつある。ご存じの通り、生産年齢人口は急速に減少しており、人手不足は深刻化している。非正規従業員の安い人件費を前提とした労働集約的ビジネスモデルは、もはや維持が難しくなりつつある。
すき家や松屋では深夜加算料金を設定するなど、人件費上昇への対応を図っているが、今後も消費者に価格転嫁できるかどうかは不透明である。物価の高騰により、低所得者層の財布には余裕がなくなっており、低価格帯業態では値上げ後に客数が減少する傾向も見られる。実質賃金の底上げが進まなければ、外食の価格転嫁も難しく、稼働率の低い深夜帯の営業は、従来のままの構造では採算が合わなくなるかもしれない。
●チェーンストア型経営で効率化する外食業界
ただし、こうした環境変化は、私たち労働者にとっては必ずしも悪い話ではないとも思える。
そもそも、外食チェーンの経営理論は物販チェーンと同様に「チェーンストア理論」を基礎に構築されており、集中化・標準化・マニュアル化をベースに店舗数を拡大することで、収益を極大化するという考え方が基本だ。
つまり、仕入れや物流などの共通業務を本部で集中処理し、コストを最小化する。店舗はどこも同じ作りで統一し、未経験者でもすぐ作業ができるようマニュアル化することで、店舗を迅速に展開し、チェーンとしての利益を最大化するというものだ。
ここでは、店舗従業員はマニュアルに従って作業をこなす存在であり、人としての個性などは求められていない。そのため、外食業界ではセルフレジや配膳ロボット、調理ロボットなど、省人化・無人化の試みが数多く実施・導入されている。
この業界にはブラックなイメージも付きまとい、実際に過去にはブラックな事例もあったが、それは労働集約的構造の下で「形だけの生産性向上」を求めた結果、労働強化が手っ取り早いという構造によるものだったともいえる。
その意味で、人手不足と人件費高騰という環境は、低賃金労働への依存を不可能とし、AIやロボティクスといったテクノロジーによる代替の転換点になる可能性もある。
●「やらされ仕事」をテクノロジーで無くすことができるか
チェーンストアが主流でなかった昭和の時代でも、外食産業は厳しい仕事であった。徒弟制度下での長時間労働など過酷な環境は昔から存在したが、外食人としてのキャリアアップや独立といった将来展望が描けるなら、その「厳しさ」には意味があっただろう。
しかし、チェーン店スタッフとして、ただマニュアル作業をこなすだけで、汎用的なキャリアにつながらないのであれば、長期的な貢献に対するリターンが少なすぎて職場の定着率が上がるはずもない。人間には、貢献に応じたキャリアアップが得られる仕事を与えられるべきだ。
外食に限らず、現代はこうしたマニュアル労働的な仕事にあふれている。短期バイトや一時的な副業としてはありがたい存在だが、これを長期間続けると、心の病の原因にもなりうる。
近年、うつ病など心の病の患者数は急速に増えているという(図表2)。これが労働環境と直接の因果関係にあるかどうかは不明だが、現在のサラリーマン社会において、世の中の仕事の多くが「やらされ仕事」であるため、そのストレスに耐えられない人が増えてきたのではないかと、個人的には感じている。
産業革命以降、雇われ仕事は存在し続けているが、やらされ仕事に従事する割合は現在がピークなのではないか。
就業者に占める雇用者(サラリーマン)の比率は、1953年には42%だったものが、2000年代以降は85%、2024年時点では9割を超えているという。就業者のほとんどが雇用者であるが、これは向かない人もかなり多いはずだ。私自身が30年ほどサラリーマンとして働いてきた経験と、周囲を見渡しても、そう実感している。今こそ、テクノロジーの進展が「やらされ仕事」を少しでも減らしてくれることを願うばかりである。
●筆者プロフィール:中井彰人(なかい あきひと)
みずほ銀行産業調査部・流通アナリスト12年間の後、独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。執筆、講演活動:ITmediaビジネスオンラインほか、月刊連載6本以上、TV等マスコミ出演多数。
主な著書:「小売ビジネス」(2025年 クロスメディア・パブリッシング社)、「図解即戦力 小売業界」(2021年 技術評論社)。東洋経済オンラインアワード2023(ニューウエイヴ賞)受賞。
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