「貞子が出現する村」はどうなった? 奈良・下北山村、次は”未確認生物”で勝負

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2025年06月03日 06:20  ITmedia ビジネスオンライン

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のどかな風景に突然あらわれる貞子!

 「貞子が出現する村」は、その後どうなったのか――。


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 奈良県下北山村が2022年にリリースしたAR(拡張現実)アプリ「貞子の村巡り」は、当時大きな話題を呼んだ。ホラー映画の代名詞である貞子が、スマホを通して村内の名所から出現するという斬新な取り組みは、SNSで「バケモンGO」などと呼ばれ、多くのメディアにも取り上げられた。


 リリースから3年が経過した現在、村を取り巻く状況はどう変化したのか。


 「貞子の村巡り―下北山村でさだキャン―」は、凸版印刷との共同開発。村内9カ所のARスポットを巡りながら、貞子と一緒に写真撮影ができる観光周遊アプリだ。VPS(ビジュアルポジショニングシステム)技術を採用し、数センチメートル単位の精度でAR表示を実現している。


 VPSとは、画像認識技術で現実世界との位置を合わせることで、端末の場所や向きを特定する技術だ。人工衛星からデータを受け取る「GPS」よりも、高精度な位置情報を取得できる。


 初年度(2023年)のアプリダウンロード数は、約3800件を記録した。リリース当時の村の人口が815人だったことを考えると、インパクトのある数字だといえる。しかし、2024年は約1200件と前年の3分の1に減少し、2025年1月から3月は約200件にとどまるなど、一時の勢いは衰えつつある。


 それでも、下北山村の地域振興課の担当者は「自治体リリースのアプリとしては悪くない数字だ。尖った企画で、注目してもらえた」と手応えを語る。イベントなどに参加すると、「貞子の下北山村」と声をかけられることも多く、村の認知度向上を実感する機会が増えたという。


●話題性の先にある課題は「継続性」


 アプリをリリースした背景には、村が抱える課題があった。日本最大級のキャンプ場予約サイト「なっぷ」で、西日本・予約件数部門1位を通算3回受賞した「下北山スポーツ公園」のキャンプ場には多くの来場者が訪れるものの、村内の他の観光スポットを巡らずに帰る人がほとんどだった。


 そんな中、2022年10月に映画『貞子DX』が公開されたことをきっかけに、村が進めていたデジタル施策との縁を感じ、貞子とのコラボレーションを決断した。


 目指したのは、単なる観光客の増加ではなく「関係人口」の創出、ひいては移住の促進だった。関係人口とは、移住でもなく観光でもない、地域と多様に関わる人々を指す。貞子をきっかけに村を知ってもらい、好きになってもらいたいという思いがあった。


 当初の狙いのひとつである「村内周遊の促進」では、バイクツーリングの愛好者を中心に、観光客が少なかった民俗資料館などのスポットにも足を運ぶ人が増えるなど効果が見られた。


 しかし、村の認知度向上や観光スポット周遊促進などの成果を上げた一方、取り組みを通じて見えた課題は継続性だ。「話題をつくれたが、村を訪れるリピーターを増やす仕組みづくりが重要」と担当者は振り返る。


 下北山村には観光協会がなく、観光ガイドなどの人材も不足している。そのため、貞子アプリをきっかけに訪れた観光客に対し、さらに深く村の魅力を伝える体制を整えることが簡単ではなかった。これらは、ほかの観光施策でも共通する構造的な問題でもある。


 さらに、「貞子の村巡り」アプリは2025年10月末でサービスが終了する。著作権の関係で、もともと利用期限は3年間と定められていた。


●未確認生物の「つちのこ」を観光資源に


 下北山村では、貞子の村巡り以外にもさまざまな観光施策を打ち出している。2026年度には、新たに道の駅が完成予定であり、既存のスポーツ公園、キャンプ場、温泉施設、合宿施設などを統合した総合的な観光拠点として位置付ける計画だ。


 また、昭和60年代に下北山村でブームとなった未確認生物「つちのこ」をテーマとした「下北山つちのこパーク」も立ち上がり、自然を活用したアクティビティや、ものづくり体験を提供している。下北山村も立ち上げに関わり、現在は民間と地域おこし協力隊が運営している。


 こうした観光施策の成果も見えてきた。2025年5月現在、村の人口は800人を割ったものの、社会増減数(転入者数ー転出者数)は、2023年にプラス14人となった。人口に対する社会増加の比率では、全国の町村で7番目に高い数値を記録した。2024年もプラスとなり、マイナスが続いていた社会増減数が2年連続でプラスに転じた。


 背景には各施策に加え、空き家バンクの活用やSNSでの情報発信強化なども挙げられる。移住者からも「いろいろな取り組みをしていて楽しそう」といった声が寄せられており、担当者は「施策を実行したことで、動きのいい村という印象を持ってもらえた」と分析する。


●話題性から持続性へ


 2023年には、「日本の滝百選」のひとつである「前鬼・不動七重の滝」へつながる森林浴歩道の整備のため、クラウドファンディングを実施したところ、目標を上回る120万円が集まった。


 寄付者の半数はリターンを求めない純粋な寄付であり、村に愛着を持つ人たちの存在が確認できた。もともと、貞子プロジェクト発足時に掲げていた「関係人口の創出」という点においても、成果が出たといえるかもしれない。


 「貞子の村巡り」アプリは、累計ダウンロード数が約5200件に上り、村の知名度向上にも確実なインパクトをもたらしたといえる。しかし、その数字以上に価値があったのは、村の「動きのある姿勢」を全国に発信できた点だろう。


 社会増減数が2年連続プラスという成果は、貞子アプリだけの効果ではないが、話題性のある取り組みが地域ブランディングの起点となり、移住促進にまで波及する可能性を示した。


 10月末で「貞子の村巡り」は終了するが、下北山村の観光・移住促進の取り組みは続く。道の駅建設、つちのこパークなど、一時的な話題で終わらせず、持続的な地域振興につなげられるかが問われる。


(カワブチカズキ)



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