藤井聡太七冠に挑む杉本和陽六段、「棋聖戦」への意気込みを語る「(藤井七冠には)畏敬の念を持っていますが、絶対に勝てない相手ではない」

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2025年06月03日 06:50  週プレNEWS

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年齢制限ギリギリでプロになった非エリートの星・杉本和陽六段が、得意の「振り飛車」で藤井聡太七冠に挑む!

6月3日から始まる将棋の棋聖戦で、絶対王者の藤井聡太棋聖(竜王・名人・王位・王座・棋王・王将も保持)に挑む苦労人の遅咲き棋士がいる。それが杉本和陽六段だ。近年のプロでは数少ない振り飛車党で、抜群の終盤力が持ち味の挑戦者に、今回の意気込みを語ってもらった。

【写真】苦労人の遅咲き棋士・杉本和陽六段

■全国の"観る将"が熱い視線を送る!

――初のタイトル挑戦、おめでとうございます! 挑戦者決定戦を制したときに「くさらずにやってきてよかった」と言われてましたね。

杉本 棋士養成機関である奨励会時代に、かなり足踏みをしまして......。精神的に苦しい時期が長かったので、本当にくさらずにやってきてよかったなと思ったんです。

――奨励会は「26歳の誕生日を迎えるリーグまで」という年齢制限があるので、25歳でのプロ入りはリアルにギリギリでした。しかも、現制度になって、25歳でプロになった棋士のタイトル挑戦は初めてとのこと(トップ棋士の大半は10代でプロになる)。反響も大きかったのでは?

杉本 そうですね。特に、師匠(故米長邦雄永世棋聖)の奥さまですとか、学校の先生ですとか、お世話になった方々に喜んでいただけたのはとてもよかったです。

――観る将(プロの対局観戦を楽しむ将棋ファン)を自認する枝野幸男衆議院議員もSNSで大絶賛。「感情移入したくなる苦労人の杉本五段(当時) 挑戦者決定戦は二転三転で、棋力の乏しい観る将でも大興奮 藤井七冠との本戦が楽しみです」と。

杉本 こんな有名な方が自分を知ってくれていることに驚きました。ありがたいです。

――まず、将棋を始めたきっかけから教えてください。

杉本 6歳のときに、父親がパソコンの将棋ソフトで指しているのを見て興味を持ちました。将棋は運の要素がないところと、個人戦なので勝っても負けても自己責任という部分に惹かれたんです。

――将棋道場に通いながらメキメキと頭角を現して、小5のときに全国大会で優勝。小6で奨励会に入りますが、米長邦雄門下になられたのはなぜですか。

杉本 師匠の気品があって粋なところに魅了されたからです。例えば、ファンの色紙を書くときも、当意即妙に相手に合わせた言葉を選ぶんですね。

年配の女性であれば「女房は宝である」とか、妙齢の女性であれば「笑顔は最大の化粧」とか。子供ながらに、そういう姿がカッコいいなって。それで弟子にしてくださいと手紙を書きました。

――全国から集まった俊英としのぎを削る奨励会でも、途中までは順風満帆でしたね。

杉本 最初はポンポン昇級できて、16歳で三段になりました。ここを突破できればプロなんですが、9年近くとどまることになってしまい......。

――タイムリミット(26歳で退会)がどんどん迫ってくる恐怖はどんな感じでしたか。

杉本 20歳を超えたあたりからけっこうきつかったです。自分は善戦するものの、昇段まであと一歩ということが多くて。そうこうするうちに、後輩が次々と追い越していくんです。すると、今度は自分から後輩たちと距離を取り始めて。四段と三段では、収入も待遇も天と地ですから。

――相撲でいう、十両(関取)と幕下の違いと同じですね。

杉本 ええ。後輩の対局にお茶を出したこともあります。でも、今になって思えば、当時のつらかったり、みじめに感じた気持ちは、根底の"負けず嫌い"に火をつけてくれたというのはありますね。

――そして、2017年に晴れて棋士(四段)へ!

杉本 感無量でした。ただ、師匠(12年逝去)に直接ご報告ができなかったことだけが心残りで......。実は、師匠の奥さまにお会いしたとき、私がプロになったときにお祝いで渡そうと思っていたという駒をいただいたんです。

ボロボロ泣いてしまいました。私がプロになることを信じて、師匠はそこまで思ってくださっていたんだなって。

――深き師弟の絆です。普段の将棋の勉強はどのように?

杉本 メインは棋士仲間で集まって行なう研究会ですね。生きた球を打つというか、人間と指したほうが"勝負勘"が磨かれる気がするので。

――振り飛車の魅力とは?

杉本 方針がはっきりしていることです。飛車を振って、玉を囲い、攻撃態勢をつくって攻めていくという。しかも、自分の型にハマれば、格上相手にも勝てるという爽快感があります。

――杉本六段のような終盤のねじ伏せる力が強い人ほど、振り飛車が合う気がします。

杉本 終盤の競り合いは振り飛車の花形です。ギリギリの戦いの中で相手をねじ伏せることができたときは、振り飛車冥利に尽きますね。

――ちなみに、一番好きな将棋の駒は?

杉本 香車(きょうしゃ)です。いつも隅っこにいて、忘れられがちで。一局で一回も動かさないこともザラにあるんです。そこにシンパシーを感じるのかもしれません(笑)。

――絶対王者の藤井聡太七冠にはどういった印象を?

杉本 畏敬の念を持っていますが、絶対に勝てない相手ではないと思っています。

――では、どうすれば勝てますか。

杉本 それは全棋士の課題かと(笑)。とはいえ、誰が相手でも戦うからには勝つつもりで臨まないと、自分も面白くないし、見ているファンも面白くないと思いますので。

――ところで、元プロ野球選手の落合博満さんの本をすべて読んでいるそうですね。

杉本 人間性が豊かな上にプロフェッショナル。練習嫌いと言いながら陰で努力をされたり、監督時代は選手の練習に付き合ったり。また、私情を挟まずに若手もどんどん起用するといった生きざまが心に刺さりました。プロは実力が第一という姿勢にも、とても共感しています。

――最後に、今、壁にぶち当たっている人へメッセージをいただけますか。

杉本 自分がつらいときに、陰ながら支えてくれたり、気にかけてくださる方が必ずいます。なので、紆余曲折があったとしても、孤独感にさいなまれず、自分を信じて頑張ってほしいなと思います。

●杉本和陽(すぎもと・かずお)
1991年9月1日生まれ、東京都出身。米長邦雄永世棋聖門下。2003年9月に奨励会入会。2017年4月、年齢制限ギリギリの25歳で棋士に。棋風は終盤巧者で、劣勢になっても粘り強く、師匠譲りの"泥沼流"とも

取材・文/浜野きよぞう 撮影/内山一也

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